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小説「怪異談 忠臣蔵」17

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載17)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 
BGMに、「死霊のえじき」のサウンドトラックをBGMにして(53min18s分強経過したあたりからでもいいかも)いただくのがよかろうと存じます。


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

++++++++++++++++++++


 

 安兵衛が颯爽と道場を飛び出し、郡兵衛が続いた。

「隣の爺婆(じいばあ)だ。ホリ!子どもたちを!」

 安兵衛に言われてホリは子供をかばおうとしたが、正太郎がすり抜けて壁にかかった木刀を取り上げると、安兵衛たちの後を追う。

 さっきはうろたえて手も足も出なかったが、ここで勇ましいところを見せようというのであろう。

「あッ!正太郎さんッ!」

 安兵衛が、隣の糊屋のばあさんの家の戸を開けると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 天井からは、まじないの切り紙がまるで満開の藤の花のように、どっさり垂れ下がっており、壁には、魔除けのものだろうか、お札がそこいら中、ところ狭しと張り巡らされている。

 すわ火事か?と思うほどに香が焚かれて、視界が遮られ、煙たい。

 だんだんと煙がはれる中に、中央でそこのうちの主人らしき老人が、髪もぼうぼうでさしうつむき、力無さそうに突っ立っているのが見えてくる。

 腰に巻かれていたと見えるじいさんの足もとの縄には、たくさんの御幣が挟み込まれている。

 その灰色い顔は、明らかにのろまに化けていた。

 郡兵衛は安兵衛を押しのけて、じいさんにまっしぐらに飛びついていった。

 なにやらたいへん積極的である。

「なんだい安さん。出て行っておくれっ。おじいさんは今日は具合いが悪いんだよ」

 裸足で土間で立ち尽くしているばあさんを、安兵衛はなだめるように肩を軽く叩いた。

 ところがこのばあさん、間もなく入ってきた正太郎にハッとすると、彼の小さな体にむしゃぶりついた。

「うわあ」

 てっきり悪漢かのろまを退治てくれようと勇んだ正太郎であったが、まさか、煙幕の中から再び、ばあさんに襲いかかられるとは、思ってもみなかったので、不意をつかれてたじろいだ。

「坊や!おしっこだよ!お前さんのおしっこをおくれな!」

 ばあさんは正太郎の急所あたりをまさぐり始めた。

「血まよったかッ!不埒なばばあだッ!」

 安兵衛は正太郎から、年寄りの帯際を掴んで引っぺがす。

「わあん!」

 と、尻餅をついたばあさんが年甲斐もなく、また泣いた。

 郡兵衛のほうを見ると、なにやらまだ、じいさんともみ合っている。

 かつての、のろまに対する容赦無い態度を思えば、なんだか手こずって見えるのは、正太郎の目を気にしているからか?

 安兵衛が割って入り、郡兵衛に掴みかかってる爺さんの足もとの縄紐(おそらく、これで動きを制限されていたのだろうが、それが解けて、ばあさんはおののいたようである)を掴むと、爺さんの腕と胴体を縛り上げた。

 爺さんの腹からは、いつの間にか、血が流れ出ている。

「かくれのろまだ」

 血のついた刀を収めながら郡兵衛が言う。

「爺さんはのろまなんかじゃないよっ」

 ばあさんが叫ぶ。

「後生だから、坊やのお小水を、爺さんにかけてやっとくれ…」

 正太郎に懇願するばあさんは、のろま対策の間違った民間療法を未だに信じていた。

 いつか回復するだろうと、かくまっていた爺さんは、すっかり化け切っている。

 先ほど人さらいのまね事をしようとしたのは、正太郎の小便が薬になると思っての事だったらしい。

 茶箪笥の上を見ると、仏壇代わりのそうめんの木箱に燈明が上がっており、そばにいまでは廃れた奇薬の袋が何服か乗っている。

「手荒なことをしてすまなかったなばあさん。じいさんは手遅れだよ。おまえさんもこれを飲んでたならお医者に診てもらったほうがよい」

 

 

 

 

 まもなく役人が来て、年寄りふたりが召し捕られ連れて行かれるのを見送ると、郡兵衛は正太郎たちを道場の中に誘った。

 ホリは、正太郎たちの仇が元赤穂の武士ということについて、安兵衛にいろいろ聞きたいことがあったが、日をあらためようと思った。

 そして帰ろうとした時、郡兵衛が正太郎に向かって

「正太郎。お前の腕前なら人の首も一刀のもとに斬れるだろう」

 と物騒なことを言い出すと、腰の長いものを少年につきだした。

 なにが始まるのだろうとホリは、表戸を途中まで締めたところで止め、思わず見入る。

「はいっ」

 よくわからないが、なんとなく胸を張って刀を受け取る正太郎。

 初めて持つ本身はズシリと重たい。

 すると郡兵衛はその場にベタリと座り、襟首をガッと押し寛げた。

「さっ、俺の首を斬れっ」

「えっ」

「郡兵衛。なにを」

 神棚に手を合わせていた安兵衛がハッと振り返った。

「ここを少し汚すぞ。お前たちふたりにあらためて申すが…俺はな。俺は、御ん身らのためには父の仇だ」

「ヒェッ」

 姉弟は驚いて郡兵衛の顔を見る。

「内藤新宿で下坂十太夫殿を斬ったのは、俺なのだ。…こうしてお前たち姉弟と会ったのも、親父殿のお引き合わせだ」

 郡兵衛は息が荒くなっている。

 ただただうろたえるばかりの姉弟。

 安兵衛もホリも固まっている。

「早くしないと、俺はのろまになるぞっ」

 郡兵衛はそういうと袖をまくって血にまみれた二の腕を出した。

「先ほどのおじいさんが…?」

 思わずホリが言う。

 どうすることもできない姉弟。

「さあ、抜くのだっ」

「郡兵衛ッ」

 姉弟には、いままで郡兵衛が足りない生計(くらし)の中から、彼らをを養ってくれていたことは、子供ながらにもわかっていた。

 そんな恩のある男を出し抜けに親の仇と言われて、どうして恨むことが出来よう。

 子どもたちは、三人の大人の顔を交互に見ながら、混乱を極めた。

「おい郡兵衛。もしや内藤新宿でも、その下坂殿はこうであったのではないか?」

 安兵衛の言葉にハッとする姉弟。

「どういうことですか」

「言うな。安…長左衛門」

「話してわかることなら、あたら命を落とすこともあるまい」

「そうですよ郡兵衛様。この子たちにはあんまりです」

 ホリがなだめるようにして口を挟んだおかげで、張り詰めた空気が少し変わった。

「おそらく、お前方の父上もあの騒動でのろまにやられたのであろう。コレと同じように懇願されて、郡兵衛は仕方なく下坂殿をあの世に送ったのに違いない」

 郡兵衛は決心が揺らぎ、その場にガクッと両手をついてうなだれた。

 姉と弟は父親の勇気と、郡兵衛との関係、そして郡兵衛の恩情に感動したが、これまで父のかたきを討つことが心の支えとなっていたので、複雑な心持ちであった。

 仇を討ち果たす事こそが、郡兵衛への恩に報いることだと、ソレを一途に来たのに、恩師が仇なのだ。否、仇は仇ではなかった。

 ふたりは戸惑いを隠せなかったが、おそるおそる郡兵衛に近づくと、なぐさめるようにソット肩や腕に手をやった。

「せんせい…」

 小雪は泣いていた。

「お父上は、俺をのろまから助けてくださった。でもその時、とうにお父上は化け物に食いつかれておったのだ。済まぬ。御身たちの孝心を知ったら、さぞかしお喜びになるぞ」

 郡兵衛は姉弟を抱えるようにして、三人はしばし涙に暮れた。

「それからお前…」

 安兵衛はそう言って、郡兵衛の腕を取ると傍にあった雑巾で血を拭った。

 噛みあとは、無かった。

「隣の爺さんの歯は土手ばかりなのだ。なんだってこんな真似まで」

「…ふたりで、話させてくれぬか」

 ホリは姉弟を外へ連れだした。

 

 

 

 

 道場にふたりきりになると、郡兵衛はゆっくり話し始めた。

「俺は卜一の隠居(吉良上野介)の件が終わったら、腹を切るつもりだった。本当はそのときに、正太郎に介錯してもらおうと思っていたのだ」

「良い考えではないか」

「事情が変わった。俺は仲間から、抜ける」

「なにっ?」

「世話になってる伯父が、こんな素浪人に婿入りと、再仕官の話を持ってきてくれた。亡君三回忌までは心苦しいと考えを話したが、聞き入れてもらえん…」

「似たような話は、仲間連中にいくらもある。みんなじょうずにあしらっているではないか。その日まで方便をつらぬけ」

「ところが伯父は『其方は吉良殿を討つ心底があるから不承知なのであろう』と、こうなのだ…。それを公儀へ訴え出るとまで言い出した」

「伯父御はどうしてそれを」

「迂闊だった。カマをかけられたのだ。俺はうっかり驚いてしまって、挙動を見ぬかれた」

「…」

「『縁談を受け入れれば、決してこの儀は口外いたさん』と、こう申すのだ。もう、受け入れるしか無い」

「それでお前、このところふさいでおったのだな」

「これも前世の悪縁か。ああ憎い太夫だ。さっさと松坂町を訪ねれば良い物を。もたもたしているからこんなことに…」

「なにも死のうとせんでも…」

「不忠武士。犬侍。臆病未練な奴と仲間から後ろ指をさされるのは、たまらん」

「…お前が卑怯な人物でないことは、党中の者はみな知っておるよ」

「…」

 郡兵衛は悔しそうにげんこつで床を叩いた。

 

 高田郡兵衛はやがて、いたたまれなくなってみんなの前から姿を消したが、一緒に連れて行った正太郎たちは、件の伯父の世話で、某家に召しだされて下坂の家を残したという。

 

 友人がそうと言うなら、そうなのだろうと、その時ばかりは疑いもなく、高田郡兵衛の脱盟を素直に飲み込んだ安兵衛ではあったが、日に日に、なんだか化かされたような、少し白けたような気分をひきずるようになった。

 時が経つほどにモヤモヤしたものは膨らんでいき、気が付くといつの間にか

「もとよりあいつは一人きりで腹を切る覚悟は、無かったのだなあ…」

 とか

「はたしてあいつは本当にあの子に介錯を任せる気があったのだろうか」

 などと、フと思いおこすのだった。

 安兵衛は、度々そういうつまらないことまで頭に浮かべる未練な自分自身に苛ついたものだったが、高田郡兵衛の脱盟は仲間たちをはっきり色めき立たせた。

 討ち入りを強く推し進めていた最右翼であった男が、不意に抜けたのである。

「斬ればカタナの汚れ。踏み殺せ!」

 と、なじる者さえあった。

「安兵衛。お前、くやしくないのかっ」

 焚きつける仲間もあったが、そんな時でも安兵衛は黙っていた。

 そして仲間と解散したあとは、稽古場でひとり、汗びっしょりになって剣道修行に励んだ。

 そうしているといつの間にか、安兵衛の中のモヤモヤはどんどんと小さくなっていく。

 

 この頃は高田郡兵衛のほかにも、弓矢八幡に誓詞血判した仲間がひとり、またひとりと抜けていったのも事実だった。

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」16はこちら

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

++++++++++++++++++++

 

〜解説〜

 

 空前のパロディ小説。

 

正太郎くんたちと、浪士のお話。

まんまじゃありませんが、講談のネタが元になってるのを、とっくに気づいた人もいらっしゃることと存じますが、吉川英治先生も池波正太郎先生もやってるので、そういうのやっていいんだと思って、やりました(てへ)。

 

講談ネタとあっちゃあ、「隣人ののり屋のババア」は必須ですが、このお話では旦那がおります。

 

さて

史実でも脱盟者の高田郡兵衛は縁談で抜けたと聴いております。

この小説よりも、討ち入りを推し進めていただけに、抜けた時の周囲からのブーイングもひときわだったようです。

これ、長編にする才能や体力があったら、こどもの正太郎くんが腕を上げて、かっこよくのろま退治をするシチュエーションがあっても良かったかなあなどと考えます。お姉ちゃんのほうが活躍するんでもいいかなあ。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(2) | - |
小説「怪異談 忠臣蔵」16

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載16)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 十一 脱盟

 

 両国橋のそばに居を構える堀部弥兵衛は、元・浅野内匠頭の留守居役。

 八十歳にもうすぐ手が届こうかという、高齢だが血気の壮年。

 留守居といえば、いまで言う外交官である。

 現役の時は相当な働きぶりで、年分千両ほどの豪快な交際費を取っていた。

 世知に長け武術の心得もある、頑固一方、大勇猛の、やかましおやじである。

 安兵衛が堀部家に入ったのも、この老人の猛烈な情熱があったからであった。

 弥兵衛は、安兵衛の高田の馬場における決闘を、たまたま目撃した。

 十八人をやっつけて、自分は薄傷一箇所も負わないという、その立ち回りにすっかり惚れ込み、安兵衛宅に日参して「我が婿に」と口説き落としたのだ。

 安兵衛が闘っていた時に、一緒に現場で見物をしていた娘・ホリが、平打の銀のかんざしを前頭部の保護に、扱き帯を「たすきに」と貸してやった…あれが結納だったというのが、安兵衛に付け入る得意の口実であった。

 それが安兵衛の、赤穂浅野に仕えることになったきっかけでもある…。

 

 この日、ホリが夫・安兵衛の道場まで出かけようとすると、老人は底を抜いた桶を頭から被り、頭の上半分を出して目だけキョロキョロさせ、たんぽ槍を持って庭に立ち尽くして何やら「ウ〜ン」と唸っている。

 肩で支えられたその桶からは、何本かの紐が胴回りにぶら下がっている、これまた底の抜けたたらいにつながっていた。

 まるで庭園の松の枝に装飾された裾縄吊りか、牡丹の霜よけのようである。

「マア、お父様。その格好はいかがなさいました」

「いや、のろまというやつは柔らかいところを狙って来よるでな。特に顔じゃ。侍であれば虚無僧笠でもかぶっておればよいものだが、町民になにか、よい手立てはないかと思案したが…」

「でもそれでは、動くたびに鼻の頭をぶつけやいたしませぬか」

「それなのじゃ。よいところへ心づいたな褒めてやる。お前、なにかよい手をいますぐ考えろ」

「そんなものより、帯でも首に巻いたらよろしいのじゃございませんか」

「タワケめっ。この仕掛けの良い所がわかっておらん。桶の幅は噛もうとするのろまに間合いを取れるのだ。ああそれ、ちょっとお前、のろまになったつもりでこっちへ掛かって来い」

「いやでございますよ。わたくしは旦那様に弁当を持って行くところでございますから、御免こうむります」

「オオそれは大事じゃ。早く行ってやれ。こんなところで油を売ってる場合か、タワケめ!」

 小柄な老体のどこにこのような活力があるのやら、いつも夕立のようにコロコロと気性が変わる。

 そしてその娘のホリも男まさり。

 子供の頃から毎日のように、男の子とケンカをしては相手をぶん殴ったりと、なかなかのお転婆であった。

 いまでは文武両道は男子も及ばぬ女丈夫である。

 なぎなたの心得もあるから、のろまなどはいささかも恐れるところではない。

 貞節で才色に秀いで、安兵衛によく仕えた。

 ホリは塀の戸締まりに手を添えると、まず節穴から表通りの様子を見てみる。

 このときに平常どおりの通行人があるようなら、あたりにのろまがいないことが確認できる。

 のろまが蔓延しているこの世界では、町民には、あたりまえの仕草となっていた。

 通りには人影がない。

 ホリは念の為に腰を落とし、裏木戸をまずは少しだけ用心深く開けて、隙間から通りのようすを伺った。

 だんだんと大きく開けて、通りに顔を出したそのとき

「うわッ!」

 と、背後から耳元で大きな声がした。

「あッ」

 とビックリして振り返ると、弥兵衛がカラカラと笑っている。

「油断だ。ホリ」

「殺気がいたしませんでしたもので」

「言い訳をするな。死んでるのろまに殺気などあるものか」

 そう言って家の中へ戻る無邪気な父親の背中を見送るホリだったが、その体制は不意をうたれながらも、相手のむこうずねを蹴らんとする、払い蹴りの構えになっていた。

 すんでで、それを止めている。

 着物の前を直しながらまっすぐ立ち上がり、戸を大きく開け、なんとなく漂う空気を嗅いでみる。

 のろまの独特のニオイはないか。

 表にのろまはいないようだ。

 

 

 堀部弥兵衛一家の家から、隅田川を挟んで間もなく安兵衛の道場がある。

 いずれも本所吉良邸の目と鼻の先。

 長屋を改造した、道場とは名ばかりの稽古場が見える角まで来ると、ふだん仲良くしている隣の糊屋のばあさんと、あの姉弟がもみ合っているのが見えた。

「小雪ちゃん?」

 早足で近づきながら様子を見ていくと、どうやら正太郎を取り合って、ばあさんと小雪が腕を引っ張りっこをしているようだ。

 すわ、隣家のばあさんも取り憑かれたかと、通りがかりに立てかけてあった長箒を手に取ると

「おばあさん、その手をお離し!」

 と、父・弥兵衛から仕込まれおいた薙刀の要領で、箒を天地上段に構えた。

 すごい形相で飛んでくるホリに気づくと、ばあさんは

「はあっ」

 と言って正太郎から手を離してオタオタしている。

「ホリさまっ」

 子どもたちの顔がサッと明るくなる。

 ばあさんはのろまにあらず、なにやらただ血迷っただけのようであったが、イタズラにしては度が過ぎると思ったホリは、少し脅かすつもりで、今度は中段の構えで箒の先をばあさんの鼻先にピタリと付けた。

 とたんにばあさんはハラハラとベソをかきはじめた。

「おばあさん?」

 さっきまで乱暴を働いていた者の態度にしては、いかにも弱々しい逃げ腰に、思わずホリは呆れて声をかけた。

 どういう事情なのかさっぱりわからない。

 ばあさんはなにも言わずに、たよりなくよろよろと自分の家の中へ消えていった。

 

 

 

 

「一体どうしたの?」

 茫然としている姉弟にホリが聞く。

「わかりません。私達が道場につくと、出し抜けにおばあさんが家から飛び出してきて、正太郎をさらおうとしたんです」

「先生たちはお留守?」

「はい。声をかけてもお返事がございません」

 ホリは少し心配になったので、ばあさんの家を覗こうかと思ったが

「ホリさんはお強いんですね」

 小雪にそう声をかけられて、振り返り立ち止まった。

「え?」

「私もホリさんのような、道徳堅固な人になりたいんです」

「オヤ気恥ずかしい。どこでおぼえたの。そんな、こましゃくれたことを…」

 ホリは少しのぼせた。

「私にも剣術を教えて下さい」

「姉上の痩せ腕では無理ですよ」

「またそんなことを。ホリ様を御覧なさい」

「ホリ様は別です」

 無邪気に言い争うふたりは、ここに連れて来られたばかりの頃の暗さが、ほとんど無くなっていた。

 ホリも安兵衛と同じく、高田郡兵衛がなぜ彼らに優しくしているのかを知らなかった。

 ホリは持ってきた弁当を二人に与え、三人仲良く軒下の横手に腰掛けた。

「正太郎さんはみっちり稽古をつけてもらって、たいそう腕を上げているそうですね」

「そうなんですよホリ様。弟は高田先生にいつもほめられて…」

「いいえ。まだまだですっ。これではまだ父上の仇は討てません」

 高田馬場の一件で名が売れた安兵衛と違って、郡兵衛は変名をしていない。

「前から聞こうと思っていたのだけれど、仇のあてはあるの?」

「はい。元・播州赤穂の侍です」

 ホリは目玉をまろげて、固まった。

 この子は…なにを言っているのか。

 冗談にしては、たちが悪い。

 いやいや、自分が元・赤穂藩士の妻であることは、言っていないから知らないはずである。

 魂胆があってわざとカマをかけているのか?

 行儀よく油揚げ飯を頬張っている、気散じない、あどけないふたりの横顔からはそうした邪気はとても読み取れなかった。

 ともかくホリは混乱した。

「相手が武道を尊ぶ赤穂浅野では、到底歯が立ちません。ねえホリ様。高田先生は助太刀をしてくださいますでしょうか」

「え?ああ、そうね…。ああいや、でも、どうかしらねえ」

「ちかごろ先生は、元気が無いんですよ。ね、お姉上」

「そうなんですよホリ様」

「ね、ふたりとももう一度聞いてよいですか。アコウ、アサノ?」

「はい。そこまでは、ようやくわかったのです。のろま退治のおさむらい」

「でもわかったのはそこまでで、相手がどこの誰だかは雲をつかむようなお話です。内藤新宿でたいそうのろまが出たときに、駆けつけたおさむらいなんです」

 いよいよ安兵衛たちに籍が近い。

 奇態なことがあるものだ。

 高田郡兵衛はなぜ、赤穂浪士を討とうとしているこの子らを鍛えているのか。

 知らずに鍛えているのか。

 どうやって望みを叶えてやろうというのか。

 ホリの頭の中は散らかった。

 そこへ仲間との密会を終えて、いつもより遅めに安兵衛が道場に現れた。

 懐中から子猫が飛び出して、子どもたちにヒョコヒョコと駆け寄る。

「長江先生!」

 屈託なく子供らが声をかける。

 ホリはまだ安兵衛の変名に慣れていない。

「待たせたかな。中に入っておればよいものを。高田はどうした?」

 そう言いながら先に立った安兵衛が、ガラリと戸を開けると、道場の神棚に向かって正座している郡兵衛の後ろ姿があった。

 四人はギョッとした。

「いたのか」

 最前からいたとすれば、糊屋のばあさんとの騒ぎも洩れなく聞いていたはず。

 ホリは少し、うろんに思った。

 このところなんとなく、この男の様子はおかしい。

「先生、こんにちは!」

 郡兵衛は立ち上がってコクリッとみんなに一礼をすると、安兵衛のほうを向いてなにか言い出そうとした。

 そのとき、隣の家から

「あれえーっ!」

 という年寄りの悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 〜つづく〜

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」15はこちら

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

++++++++++++++++++++

 

ものがたりはいよいよここからが面白くなるわけでございますが!

なんとなんと!

お時間がいっぱいいっぱいでございます。

(なんつって)

 

 

〜解説〜

 

 空前のパロディ小説。

 

講談ファンには言うまでもなくお馴染みの、前原伊助のもじりでございますな。

ていうか、この作文の初稿では、安さんの相棒は前原伊助だったんです。槍の前原。

 

ただ、堀部安兵衛となんだか釣り合いが取れなくて、そもそも江戸急進派トリオである郡兵衛に登場願った次第。(だから奥田孫太夫さんも出てもらっても良かったですが、ここはトリオよりバディみたいな感じにしたかったので…)

ホリの絵は、ものすごい勢いで掃除してるみたいなかんじになりましたな。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(2) | - |
小説「怪異談 忠臣蔵」15

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載15)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 十 出会い

 

 


 

 

 安兵衛と郡兵衛は久しぶりに内藤新宿まで来ていた。

 あの凄惨な新宿騒動からちょうど三年が経っている。

 この日にわざわざ、ここまで出かけようと言い出したのは、安兵衛であった。

 異常な事件であったからこの何年か、さすがに豪傑の彼らも、いろんなことが気持ちの上で、整理できていなかった。

 特に郡兵衛は酒量が増え、ときどきわけのわからないことを、うわ言のように口走ったり、そうかと思うと、幾日も布団から出てこないなど、不安定なあんばいである。

 安兵衛はお参りも兼ねて、あの事件の後すぐに建立されたと聞いていた、供養碑に線香をあげに行こうと誘ったのである。

 死者を拝むことで、高田郡兵衛の中でしこった溜飲が下がるかもしれない。

 ただ、以前とは違う、塞いだ郡兵衛とふたりきりでいることに、そわそわと気が張った安兵衛は、なにを思ったか、たまたま足をくじいたミケの子猫を道端で見つけて、拾って懐に入れていた。

 これで安兵衛は、少し気分が和らいでいた。

 

 サテ何ごともなかったように平穏を取り戻した宿場町で、人づてに聞いて辿り着くことのできた供養碑は、あのとき侠客たちと共に闘った四辻に、ひっそりと安置されていた。

 火事を案じた彼らは、線香は手向けず、簡単な供え物だけをして手を合わせた。

 御囲いを逃げ出したのろまたちは、あのあとほうぼうでぼちぼちと目撃されたが、みな一様に町民や町方に首尾よく処置されたものだった。

 このところ風聞も落ち着いている。

 先祖の時代から、災害とともに生きてきたこの国の民衆は、いざというときの足並みがすこぶる揃いやすい。

 正しい行いも間違った行いも素直に、甲斐甲斐しく働いては難を乗り越えてきた。

 

「安兵衛。中野まで足を伸ばして、犬小屋も見て行かぬか」

「ああ、それもよいな。ついでかな」

 これまで黙りこくっていた郡兵衛の、前向きな思い付きに安兵衛は、こころよく合意した。

 ふたりはぼちぼちと、いろんなことを話しながら歩いた。

「夢枕に、化け物が出るよ」

 出し抜けに郡兵衛が言う。

「寝ようとすると出る。無法に出て困る。ひょっとすると、俺は取り殺されるんじゃないかな」

「そういうものは自分の気から出るものだ。気を取り直せば済んでしまうものだ。…なにかうまいもんでも食えばよい。そうだ、食おう食おう」

「安兵衛。お前はのろまを、どう思うか」

「?…どう思うか?」

「いまさらだ」

「…ああいうことは、この世に心が残っているから起こるのだ。命を使いきれば、のろまになってあの世から戻ってくることは無い」

「…業だよ、安兵衛。みな因果因縁。前世の業だ」

「…」

「そして、連中が惨めにあのような姿で我々に打たれるのは、天命だ」

 あれこれと、周りくどいことを言い出す郡兵衛の、色の冴えぬ髭面をした横顔を、黙って見やる安兵衛。

 安兵衛は思わず、懐のミケの頭を弄くる。

「砕いて言えば天の言いつけだ」

「のろまは退治されて、あたりまえだと言うことか?もっともあれは、生きてるのか死んでるのかわからんわい」

 空気を和らげようと、少し冗談交じりに言った安兵衛のコトバだったが、それで郡兵衛の口が急に重たくなった。

「…従うべき天命の道を、どこをどう参ればよいかがわからぬ時がある…」

 安兵衛はちょっぴり声を落として

「討ちい…隠居(吉良)の事を申しておるのか?…」

 答えがない。周りはだんだんと森になっていく。

 郡兵衛はなにやらを、言い出しにくそうにしていたが、やっと

「俺はな。俺はあの時、新宿で、のろまではない男を手にかけたのだ」

 それか。

 それが煮え切らないのか。

 やたらにのろまを退治してしまう郡兵衛には、そういう間違いもあったろうなと安兵衛は思った。

「…今日はその供養をするつもりで?」

「斬った男が言い残したことが、耳について離れん…」

 郡兵衛のきれぎれの独白からは、安兵衛になにも届かない。

「お前はとかく、いろいろ考えすぎる。天命だと言うたではないか。ならば仕方もあるまい」

 そう言ってほしかったのかな、と気を回した。

 元来、弱気になってる者を相手にしては居心地の悪くなる安兵衛であったが、精一杯のなぐさめであった。

「…」

「自分で勝手に気を重くしておる。少し、想うがままに身を任せてみたらどうだ」

 これは経験から来る助言だった。

 安兵衛にも身の上に降りかかった、納得の行かないアレコレが、幼少期からいくらもあった。

 ものごころついた時に、病気で母親をなくしたこともそうだったが、特に男手ひとつで自分を剣豪に育ててくれた、尊敬する父親は、実はお役目中にのろまに襲われ、少年安兵衛の目の前で、余儀なく同役に斬られて死んでいるのである。

 彼の故郷、越後新発田の蒲原郡は、事件の起こりを抱えていると言われている、米沢からそう遠くはない。

 東北から越後にかけて、猛威を振るったのろまの災厄は、幼い安兵衛の心に傷をつけている。

 現在にいたり、安兵衛がのろまを出来るだけ斬らないでおこうとするのは、愚直なたちもあったが、実父のことも大きくかかわっていたのだろうか。

 ともかく、業だ因縁だ天命だなどという話は、いやというほど身にしみている安兵衛である。

 彼は、ただただ正しいと信じる道を、生命を的にかけて行くよう心がけ、身を任せている。

 たとえひと目に矛盾と映っても、その都度に、信じる道を選んだ。

 郡兵衛はもっとなにかを話したそうにしていたが、そのきっかけを見つける前に、ふたりは思い出の丘の上に到着した。

「勝助が、ここいらで死んでいたわい」

 ふたりは黙って手を合わせた。

 

 

 

 

 すると、雑木林に囲まれた荒寺のほうから、なにやら騒ぎが聞こえる。

 それが大勢の乞食のようであったから、最初はうっちゃっておこうと思ったが、時折子供の悲鳴のような声もする。

 二人がなんとなくそっちのほうまで覗きに行くと、姉弟らしい子供を、十人くらいの大人の乞食がよってたかってワアワアと罵っている。

 乞食のひとりは竹竿の先と、のろまの首とを結わいつけ、竿を器用に使ってのろまの動作をあやつり、羽交い締めにされているふたりの子どもに、食いつかせようとけしかけていた。

 のろまは目の前の新鮮な子どもたちに興奮しているようすである。

「まったく、とんでもねえガキどもだっ」

「面倒だ。一思いに、のろまのエサにしちまえっ」

「待て待て。なんでそんなことをする!」

安兵衛が声をかけた。

 乞食たちはビックリしたようだったが、悪びれたようすもなく

「へえ。どうぞおかまいなく。旦那がたの出る幕じゃございません。こいつら新米が親分に付け届けもしねえで稼業(しょうばい)をしやがる、ふてえやろうなんで。へえ」

 子どもたちは、なりこそ汚いが、どことなくようすに品がある。

 安兵衛と郡兵衛のふたりは、この子らになにか事情があると思い、とりあえず無礼な乞食たちを脅かした。

「待たぬにおいては貴様ら、なで斬りにいたすぞぉーっ!」

 安兵衛が大きな声でそう凄んで、柄に手をかけ、居合腰になってヂリッと進むと、乞食たちは悲鳴を上げて、子どもたちと、棒のついたのろまを置いて逃げていってしまった。

 残されたふたりは

「…ありがとうございます…」

 恐怖に疲れきって弱々しくそう言いながら、丁寧に両手をついたようすは、確かに仕込まれた行儀作法と見えた。

 ふたりは涙を浮かべている。

 郡兵衛は億劫そうにのろまの棒を引き、適当なたぬきの巣穴にその先を突っ込んだ。

 よたよたと後ろ向きにひっぱられてついてきたのろまは、しっかり突き刺さった棒に結かれた首を支点に、茶店の吊り下げ旗か、てるてる坊主のように、その場でか細く足踏みをしている。

「なにか仔細があるようだな。申してみよ」と、安兵衛。

 そう言われても、娘はすっかり怯えきって押し黙っていたが、安兵衛の懐から顔をのぞかせて、こっちをきょとんと見ている子猫の顔に、一瞬顔をほころばせると

「ご親切のお言葉…お隠しするのも失礼ですので、なにもかも申し上げます」

 と、だんだんと話しを始めた。

「私どもは元・武士の子。私は小雪。弟は正太郎ともうします。親代わりの親戚が急に死んで苦労をしております。これもみな親の敵(かたき)のため…」

「なに親御の敵…」

 安兵衛が思わず前に出る。

「どんないきさつだ」

「三年前の内藤新宿での、のろま騒ぎのどさくさで、父は殺されたのでございます」

 新宿騒動はおおきな事件であったから、話の種は事欠かない。

 こうした孤児(みなしご)の話はどっさりあった。

 安兵衛は真剣に話を聞きながらも、これが泣きの入った新手の乞食商法かもしれぬとも、少し胡散にも思っている。

「父君の名はなんと申す」

「父は薩州島津の家来、下坂十太夫と申します」

 これを聞いて、高田郡兵衛の顔色がサッと変わった。

 下坂十太夫と言えばたった今、安兵衛に話していた、のろまではないのに斬った相手である。

 当座、下坂というその男は、手のひらを噛みちぎられており、もはや手遅れに見えたが正気だった。郡兵衛はいささか不本意ながら斬り倒した。

 安兵衛はそういうことを知らない。

「打つべき相手は、何者か知っておるのか」

 と、さらに聴いてくる安兵衛。

「それがわかりません。でも見たんです。真っ黒ななりで頭巾で顔を隠していてわかりませんでした。でもはっきりこの目で父が殺されるのを見たんです」

「ずきん…!?この間の新宿騒動と言うたな。どのような年格好であった。もっと詳しく申してみよ」

 どんぐりのような眼をふたりに向ける安兵衛をよそに、郡兵衛が割って入ると、二人にそっと話しかける。少し鼻息が荒い。

「どうだ、ご両人。この土地におったらまたどのような目に合うかわからぬ。おれの家でゆっくり休んだら。決して悪いようにはせん」

 突然の申し出にありがたい、うれしいというより、戸惑って顔を合わせてうろたえる姉弟であったが、安兵衛の動揺をよそに郡兵衛は、半ば強引にふたりを本所にある自分の住処まで連れて行った。

 

 郡兵衛が斬った下坂十太夫は、たしかに子供のことを言い残して死んでいった。

 しかし断末魔の男の話はなんだかよくわからなかったし、状況の異常さなどから当時、男の遺言について冷静に深く詮索しなかった。

 おかげで遺子たちは乞食になってしまった。

 聞けば姉の小雪は十二才。正太郎は十才だという。

 幼かったこの子らが、どこの物陰から父親の最後を見たものか。

 放っておけば、かならず化け物に変異していた男ではあったが、下坂十太夫の死には自分が責任があると郡兵衛は思った。

 そう思って、あれからずうっと胸になにかがつかえていたのだ。

 これは間違いなく天の導くめぐり合わせだと思うと、この養い手の無い子らに何かしてやる事こそ、あの男への供養、罪滅ぼしになると思った。

 

 それから郡兵衛は、それは丹精して姉弟に武術を教えた。

「敵(かたき)に会っても、決して敗(おくれ)を取らぬようにしてやるからな」

 これが口癖であった。

 姉弟は郡兵衛がそういう度に

「そうしたら敵が討てましょうね」

「ああ討てますとも」

 と、小さな手を取り合って喜んだものだった。

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」14はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」16はこちら>●

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

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〜解説〜

 空前のパロディ小説。

 

羽交い締めにされているふたりの子ども」つってんのに、挿絵では、はがいじめにされておりませんでした。

これはきっとアレですね、羽交い締めにされて、ゾンビ(あ、ゾンビって言っちゃったよ。のろま)のそばまで来たら放り出されたテイですね。

。。

 

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(2) | - |
小説「怪異談 忠臣蔵」14

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載14)
 

お正月増量版。

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 八 幕府のやり方

 

 先の新宿騒動によって御囲いの「患者」があらかた死んでしまった。

 が、その塀は物盗りなどという偶発的なものではなく、じつはたくらみによってわざと壊され、のろまを捕り方の手にかかるよう野放しにし、体よく始末させたのではないか。

 そんな噂が、一部役人の間で立っていた。

 それを裏付けるように、あれだけ血の雨が降った内藤新宿の取り調べは、まことにお粗末なものだった。

 「これは化け物騒ぎである」ということで退治が肝要だと世間が納得していても、人間の姿をしている相手に対し、幕府は将軍直々の「命を大切に」を本領(もちまえ)とするお触れを前に手も足も出ない。

 そんなときに御囲いの事件があった。

 それははかりごとであり、黒幕は幕閣ではないかとささやかれた。

 

 もともと将軍・徳川綱吉は殺伐とした武士気質を嫌い、武断的な政治を目指していた。

 弓は袋、槍は鞘に治まる天下泰平の御代に、化け物相手に堂々と活躍する、赤穂浅野を疎ましく思っても、どうすることも出来なかった。

 ところが間がよく、松之大廊下の出来事で、赤穂浅野をお払い箱にする、恰好のきっかけを得ることとなる。

 同時に綱吉は、徳川家に代々恭順そのもので働いてきた吉良家に対しても、不審を抱いていた。

 家康公以来、吉良家には代々朝廷と幕府の間において、なにかと重要な工作に奔走してもらった。

 その仕事ぶりがあまりにも完璧であったがために、吉良は小身でありながら官位は高く、権利も与えられており、幕廷に勢力もあったから、幕府もしばしば彼の指図に従わなければいけない時があった。

 朝幕関係が安定してきた元禄のいま、綱吉はよいころあいをみつけて、うとましい吉良を潰す好機を探っていたのである。

 そんなとき、うまいことに浅野内匠頭の一件で、吉良が表舞台から姿を消した。

 それでも存外、春の行事のほうはとどこおりなく済み、刃傷事件の三日後には勅使、院使は無事に京都への帰路についたのだった。

 問答無用で赤穂浅野を改易にしたが、次に用済みの吉良上野介を引退に追いやった。

 勤皇な将軍は尊敬している皇室に、今後粗相が及んでは一大事と案じていたし、式典さえ無ければ、喧嘩両成敗で双方とも即日切腹させたいくらいであった。

 目付から吉良について「吉良殿ご病気、ご乱心」との報告が上がってきたのを、待ってましたとばかりに口実にして、松之大廊下事件から半年ほど経って、幕府の指示で家督を息子に譲って、首尾よく隠居をさせる。

 

 厄介払いはつつがなく済んだのである。
 治療のあてのないのろま現象も、防除根絶という形で事態の収拾に近づいていた。

 

 

 

 

 九 東西の暗躍

 

 あまりにも理不尽なお家の改易を、なんとかしてもらえないものか、証明さえできればお沙汰を撤回できることも、あるのではないか…

 大石内蔵助は赤穂を退去し、京都の田舎に転居したあとも、芸州広島のご本家など関係筋に協力を仰ごうと、各所に出向いて嘆願運動をした。

 事件のあらましを知っているものに、証言をしてもらえまいか。

 内匠頭の弟君、大学様をたてて主家再興はできないか。

 たとえ細々ながらでも、赤穂浅野の家名を長く残したほうが、亡君の御心に叶うのではないか。

 内蔵助は縁故ある住職を江戸に派遣し、実力者と会ってもらったりもした。

 とにかく平和主義の彼は、足を棒のようにしてあちこち訪ね歩いたものだった。

 そうした内蔵助の働きには、次第に同情も集まる。

 浅野家と縁戚にあたる、幕府大目付の仙石伯耆守や、大石内蔵助の遠縁に当たる、富田藩の藩主・蜂須賀飛騨守などは、協力に骨身を惜しまなかった。

 殊に蜂須賀飛騨守は、隠居した吉良上野介の住居を将軍のお膝元である呉服橋うちから、さみしい川向うのへんぴな場所に移転させることに尽力してくれた。

 ある日、心安い老中を訪ね

「吉良上野介の屋敷が、しばしば放火にあっている。先年の浅野内匠頭との一件が原因。風向きではご本丸があぶない」

 と、おどかした。

 飛騨守の屋敷は吉良邸の隣であったので、これは説得力を持った。

 相談を受けた老中は、閣老評議の場で話題にすると、そもそも日頃から悪評が高く、病気もすこぶる重体ということで、一日も出府せぬ吉良について、これは老衰によるものと意見が一致し、さらに厄介払いをしたいという思惑が追い風となって、トントン拍子に吉良は閑地にまつりこまれたのである。

 赤穂浪士にとって討ち入りと言っても、兵器をたずさえて見附下をウロウロすれば、たちまち番士に見咎められ、召し捕りになる。

 それがご朱引外の本所松坂町とあれば、討ち入りは、うんとしやすくなったのである。

 

 さらに言えば、吉良が移ってきた場所は、もともと安兵衛が浪人して、棟割長屋の壁を取り払って道場のようなものをこしらえ、長江長左衛門と変名して、剣術や体術を教えている場所と、目と鼻の先である。

 そもそも安兵衛一家は、松之大廊下事件の後、本所の本多孫太郎という、福井藩家老の敷地内にある重縁(弥兵衛の妻の兄が住んでいた)の家に寄食していたことで、その際に本所近辺の地理を把握していた。

 吉良はそうした堀部家に縁類の大名の、すぐ南隣に、わざわざ引っ越しを命じられたのである。

 誰がどこでどう手を回したものか、本所に越してきてまだ三年も経たない、松平登之助という旗本は、上野の下谷に追い払われ、吉良上野介は、その松平家跡に引っ越させられた。

 これほどの助勢はなかった。

 表向きでは関与を逃れるような態度の大名たちが、のろま旗本の制圧に協力してくれているのである。

 また安兵衛は、この松平登之助の家来の某とも懇親の中であったため、手づるで屋敷の地図を手に入れることができた。

 さらに仲間たちの探索によって補足が加えられ、吉良邸の要害はすっかりわかった。

 

 今宵も安兵衛は、麻布の川沿いの暗がりで、年頃三十恰好にもなろうという、流行りの御高祖頭巾をかぶった女と、密書のやりとりをしている。

「思し召しです…」

「千万かたじけない」

「どうかお取り扱いには…。これが知れますと…」

「重々に…。今夜俺は、あんたとは会わなかった」

 安兵衛は、灯りも持たずに早足で去る女が坂の向こうまで、見えなくなる寸前まで見送っていたが、物陰を避け、気をつけて路の中央を歩く女に、不意に横丁から現れた、浴衣姿で裸足の大兵がつかみかかってきた。

「あれえっ」

 のろまだっ!

 安兵衛はパッとかけだして、通りがかりに植木鉢から救い上げるように盆栽を引き抜くと、女のそばまでやってきたところで「おぉいっ」と大兵に声をかけた。

 大兵が動作を止めて、音のした安兵衛の方を向くと、月の灯に浮かび上がるその眼は、真っ赤に充血し焦点が合わず、あんぐりと口を開けてすっかり化けた面付きだった。

 植木鉢から引っこ抜いた盆栽の根をのろまの口に押し込むと、そのまま胸ぐらをつかんで大兵の脚を刈って倒した。

「お早くっ」

 安兵衛が言うと、女はいったんは飛びのいたものの恐怖で顔を歪めながら、手早く腰に巻いたしごきを解いて差し出した。

 なにか縛るものを、とキョロキョロしていた安兵衛はそれに気づくと、硬く微笑んでそれを受け取る。

 数年前に高田の馬場で義理ある伯父の決闘の助太刀に立ち会った時、いま連れ添っている女房・ホリもまた、「たすきに」と真っ赤な緋縮緬の扱き帯を借してくれた。

 フと、そんなことを思い出しながら、のろまの両足を縛り上げて顔を上げると、もう女の姿は坂の向こうに消えていた。

 小さく不気味にうめいて転がっているのろまを、サテどうしたものかと、塵を払いながら立ち上がると、そこへ男が闇からヌッと現れた。

「安兵衛」

 ギョッとして目を凝らす安兵衛。

 安兵衛と年頃を同じくした吉良の附人、清水一学である。

 気配を消してそこにいたのを、うっかりと気取れなかった。

「安兵衛ではないか」

「おおお。…これは一学」

 しまった。悪いところで出会った。

 

 この男はかつて若いころ、剣道において天下の豪傑と聞こえた、小石川は堀内源左衛門の剣術道場で、安兵衛と剣を交わした、腕前のでき得る門人仲間で、百姓の出である。

 子供の頃に故郷・三河で、領主の吉良上野介に直接見初められ、召し抱えられているという珍しい出世をした男で、はなはだ正直者では、ある。

 これまで気にかけていなかったが、ともだちが吉良の付け人であることをすっかり忘れていた。

 

 一学はこの密会をどこから見ていたのか、あるいは見ていなかったのか。

 安兵衛はめまぐるしく、たったいまあった一連のアレコレを回想しながら、一学の出てきた闇との因果関係を探ろうとした。

 そして絶句して二の句が告げられない。

 懐には、たったいま手に入れた、吉良邸の情報を呑んでいる。

 安兵衛が仲間とともに夜襲をかけようとしている、眼前の男が住み込んでいる、屋敷の情報である。

 いま、この男を斬らねばならないのか?

 安兵衛と一学にとって今回の事件さえなければ、晴れやかな再会であったろうが、皮肉にもいまは敵(かたき)と敵である。

「しばらくぶりだ、安兵衛」

「…おお」

「…いやその、驚かせてすまなんだ。先刻からお前を見かけていたのだが、声がかけられなかった。なにやら、込み入ったような様子で…」

 一学は殺気をこればかりも放っていない。

 どうも、それより一学は、もっと別のことに気が行っているようである。

 そこで安兵衛、ためしにとぼけてみせて

「なあに。…浪人する前にあちこちに貸し与えていた金子をな、戻しておるところなのだ。いまは、いささか嚢中が寂しくなってかなわんでなあ」

「…そうであったか…」

 安兵衛が浪人になったという言葉を聴くと、とたんに暗い面持ちになった一学からは、安兵衛のごまかしを見透かそうというような気配はなかった。

 黙って地べたにうごめいているのろまを見下ろしている。

 安兵衛は念を入れて

「よせよ。けっして不実なことではないぞ」

 と、わざとらしく加えた。

 正直者でウブな一学は、安兵衛を見てニコニコと微笑んだ。

 一学が現れたのは、どうやらほんとうの偶然らしい。

「いやはや、いろいろあったわい」

 安兵衛は、早くこの場から去ろうと、のろまをうっちゃっておいて、女が去っていったのとは逆のほうに、一学を誘うように坂を下り始める。

「…赤穂浅野はのろまを、ぶち殺さんのだなあ」

「もう俺は赤穂浅野はかかわりは無いわい。のろまはそれ、そういう厄介なお触れだからな」

 安兵衛はとにかく、一学の気が自分に行くように行くようにと、子をあやすように、話をしやすい雰囲気を作った。

 一学は素直にその雰囲気に乗っていたが、気を取り直し

「安兵衛。…此度の一件は…自分の身に引き比べて…まことに気の毒に存ずる」

 モジモジしながら、やっとそう言った。

 深刻そうな一学に、安兵衛も気持ちを変える。

「…なあに。お前の案ずるところではない」

「いや。これが地が変われば、他人事ではない」

 自分から声をかけておいて、たいそう居心地悪そうにしている一学。

 この男はどうやら、安兵衛を「敵」とは思っていないようである。

 それどころか、安兵衛に不自由をかけている原因が、自分の主人に関わりのあることだと思うと、この友人を同情し、やりきれない様子だったが、かと言って自分が詫びることとも違う。

 どう言葉を掛けていいものやら。

 一学は重ねて

「な…」

 と、なにか言いかけたところで、「ここまで来ればさっきの女の身柄も安心」と思う、大きな通りまで来たので、安兵衛は一学を振り切るように

「また、会おう」

 安兵衛は走り去っていった。

 やりとりのあんばいから、ここで切り上げても決して不自然ではあるまい。

 

一学は、黙って見送ると、ゆっくりと腕組みをして、思案に暮れるようにトボトボと歩き出すのだった。

 

 サテそうして、まずひととおりの万端準備は整った。

 しかしなかなか作戦決行の運びにならない。

 西からはなんの音沙汰もなく、その間に、病気の吉良は「もう死んだ」などという噂が立っては、関東連はじりじりとした。

 歳月がいたずらに流れるうちに、多くの同志が「もう討ち入りは無い」としびれを切らし、ひとり、またひとりと脱盟して別の道を模索し始める。

 座して喰らえば山もむなし。

 貯えも底をつき貧苦に喘ぎ、その日その日にも困るようになってくる。
 気が、焦る。

 なにしろ浪々の身の彼らも、忠義だけでは食べていけないのである。

 ともかく、やるにせよやらないにせよ、はっきりとした判断が欲しくて安兵衛は東奔西走する。

 一学のようすから、吉良邸の用心の加減がなんとなく伺えた気がした。

 しかし決行を先に延ばすだけ、敵の用心は厳重になると、安兵衛は考えては気色ばった。

 

 

 

 

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」15はこちら>●

 

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〜解説〜

 

 

 あけましておめでとうございます!令和2年がやってまいりました。

 さて空前のパロディ小説。

 

 吉良上野介が本所に引っ越しをさせられるいきさつを書くにあたって、「討ち入り成功の真相は、浅野内匠頭の親戚で周囲を固められた場所に吉良を追いやったおかげで、これに暗躍したのは堀部安兵衛と縁続きの溝口家である」とする(<こんなマトメ方で正しかったでしょうか…)、新潟大学の名誉教授・冨澤先生の説を使わせていただこうと、ご当人にお願いしたが、原稿をお見せしてないうちから

「使ってもいいけど、ヘンなのには使わないでおくれよな」

と、鼻の効く先生に釘を差され、いやもう、あたしに言わせりゃ、我ながら本作ほど「ヘンな」忠臣蔵はないので、こっちから言い出しておきながらなんなんですが、辞退させていただきました。

 蜂須賀家が関わってくるところや、上野介の引越しにまつわるエピソードは、講談や史実ですでにお馴染みの設定を使っておりまする。

。。

 

一学と安兵衛がばったり合うところは、港区の日向坂のイメージでございます。

 

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」13

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載13)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 七 大石内蔵助

 

 


 

 

 赤穂浅野が江戸屋敷を引き払い、刃傷事件から約一ヶ月ほど経ったころ、安兵衛は片岡源五右衛門などと共に、山河を隔て、はるばる百六十五里西にある、国許の赤穂へ旅立った。

 安兵衛には浪人姿となって、初めて訪れる国表。

 良い塩が取れる、広大な入浜塩田が広がる瀬戸内海沿岸と、なだらかな雄鷹台山にはさまれた緑あふれる平野には、中央南北に清流千種川が流れ、まことに気候穏やかで豊かな土地柄。

 が、一度城下領内に入ると、峠からの景色からは思いもよらない、まるで蜂の巣をつついたような騒動になっていた。

 まず赤穂領民は、すでにどこからか江戸の凶報を聴いており、不安を抱えて大わらわとなっている。

 そもそも赤穂では、この年の正月に城の門松が、風もないのにボキリと折れてしまった。

 また、大手門のところでは山蜂と小蜂の大群が合戦をしていたという。

 凶兆の噂が広まっており、年の始めが不吉を極めていた。

「異変の兆しが当たった!」

 手元の藩札を現金に両替するため、領内あちこちに設けられた、札座に群がる領民たちの中には、正気を失っているものさえいる。

 城を受け取りに来る幕府の使者と、藩臣たちとの戦争が始まるという噂を真に受けて、大八車に荷物をまとめて、赤穂を逃げ出そうとするものもあちこちにいた。

 そして右往左往する人の波を、やっとかき分けて赤穂城にたどり着いた江戸組は、城内での騒動に、あらためて巻き込まれる。

 事情を知る現場である江戸でさえ、この椿事に納得がいかないのに、遠く播磨の国では急使により「主君の切腹」「お家の断絶」という凶報だけが、立て続けに届けられたのだから、大うろたえも無理がない。

 「江戸でいったい、なにがあったのだっ!」

 そもそも播磨の国までは、のろま騒動も実態としてはほとんど届いておらず、なにもかもが現実味を帯びてないので家来、家臣たちはただただ動揺するばかり。

 江戸からの使者はみな質問攻めにあって、あれやこれや究明もされていない、同じような説明を何度も何度も強いられた。

 赤穂城内では、理不尽な幕府の決定に、断固反旗を翻そうとする意見…つまり城を幕府に明け渡さなければいけないが、これには篭城して徹底抗戦で受け取りに来た使者と、一戦交えて城を枕に、討ち死にしようという意見や、上使がやってきたら一同揃って切腹をして、殉死を以って鬱憤を表意しようなどという意見で割れたのだ。

 なにしろこの城は、公儀がもたらしたものではなく、藩祖と父、祖父が手塩にかけて築いた城なのである。

 なにもかもが腑に落ちなかった。

 いずれにしろ、あの世において殿様に奉公いたさん、という考えだけは、みな同じほうを向いていた。

 それだけに、傍目には対応策がどれもこれもやけくそともうかがえる、乱暴なものであったのは無理もなかった。

 

 噴飯やるかたない家来たちだったが、それでも藩金を分配されると、次第に事態を現実的に飲み込み始める。

 評定を重ねて日が経つに連れて、我が身可愛さも手伝い、歯の抜けるように登城する物が減っていった。

 安兵衛たちが赤穂に着いた頃には、もともと三百人以上いた藩士のほとんどが退散し、百人足らずになっており、実に頼み難きは人心(ひとごころ)であると、安兵衛は嘆いたものだった。

 

 城代家老の大石内蔵助は、曽祖父の代からこの浅野家に仕えてきており、悲憤無念は人一倍である。

 大石は温厚誠実な人柄が誤解されて、上辺こそ昼行灯などとあだ名されるほどに、ボンヤリしているようにも見えるが、じつは大智大才の人物。文武兼備の士であった。

 彼は「去る者は追わず」という態度でつべこべ言わず、最後の評定に臨む。

 そこで彼は

「殿のご無念を継いで、吉良殿を討たんと決心してござる!ご意見あらばご遠慮なく、仰せ聴けられるよう」

 と、沈痛な語気を持って、決心を明かしたのだった。

 

 足利一門の流れをくみ、徳川家がたよりにする高家職筆頭の従四位上の少将・吉良上野介。

 うしろだてには、上杉十五万石が就く、その吉良を殺して、主君の成し遂げられなかった意趣を継いで鬱憤を晴らすなどとは、まさにだいそれた提案。

 江戸城郭内で、しかも奉行所のそばの屋敷に住む吉良上野介に対して、どう挑むのやら。

 それは到底成し遂げることなどかなわぬ、途方も無い提案であり、今のところ、どこをどうすれば実現できるのかなど、誰にも皆目わからない。

 それでも、お金配当、籠城、供腹、と唱えるうちにすぐりあげて、最後まで残った一統の心持ちはひとつになっていた。

「なるほど」

 評定に参加した安兵衛にも、得心がいった。

 一同は喜んで大石のこころざしを受け入れ、起請文をしたためて、すみやかに連名血判をしたのだった。

 

 

 

 

「いやこれは堀部氏か。近うに進まっしゃるがいい」

 その日の夜に安兵衛はあらためて、大石内蔵助の屋敷を訪ねた。

 赤穂の国家老上席、大石内蔵助と江戸詰の堀部安兵衛が会うのは、これが初めてであった。

「さきほど、片岡源五右衛門が訪ねて参った」

 実は江戸から赤穂に向かう道中で、安兵衛と片岡は、お互いに大きな価値観の差異を感じ、喧嘩口論になる前に静かな距離を持っていた。

 すなわち、側用人で小姓頭の片岡にとって、主君浅野内匠頭は幼き頃からの友人でもあり、自分を寵愛してくれていた特別な人物。

 新参の堀部安兵衛が感じている、君恩への情とは思い入れがいささか違っていた。

 お家や殿様を語る際に、小さな食い違いが日に日に積み上がっていったのである。

 そしてついに片岡は、先の義盟にも加わらなかった。

 いわんや内蔵助の思いは「家」にある。

 これもまた安兵衛とは違っているところだ。

「未熟不行き届きの若輩。今後とも…お見知りおきのほどを、よろしくお願い申し上げます」

「なにかとお引き回しのほど」…と、言いたいところだったが、肝心な家がもう無くなろうとしている。

 初めて御意を得たこの国家老とも、今後どのような付き合いになるか、わからない。

 安兵衛は挨拶を曖昧にしたのだった。

「そう固くならんで膝をお崩しなされ。いやあ貴殿の武名のほどは家中一般、もはや誰も知らぬものとてはござらん」

「おそれいります」

「…越後のお生まれだそうだが…。国名物の毒消しというのは、のろまの傷には効かんものかのう」

 本気で問うておるのか戯れなのか、はっきりしないことを急に言われて、安兵衛はあらためて内蔵助を見たが、内蔵助もジッとこちらを見ている。

「生憎と…」

「左様か…」

 この大事に、なんとも間の抜けた事を聞くものだと、ふつうなら思うところだが、このとき安兵衛は内蔵助に度胸を感じて取った。

 それには前々から義父の堀部弥兵衛に、内蔵助の人柄を予め聞いていたおかげがある。

「忠義一徹の君子人」と聞いていればこそ、抜けた風に聞こえる質問にもその裏を読もうとする。

 評定の時の鬼のような形相とは打って変わって、いまは、はなはだ柔らかい表情をしている大石内蔵助。

 ばかか利口か、心の底が読めない策士…。

 あるいは、このあと手間取る城の受け渡しなど面倒が立ちはだかって、ほんとうにぼんやりしているのかもしれない。

 意外にも、至極当たり前の会話をいくつか簡単にかわした後、計略の話などにも触れることもなく、安兵衛は大石邸を後にした。

 ほんとうにあの男は、高家筆頭を殺そうという、大それた計画を実行するのだろうか…。

 みちみち安兵衛はそんなことを考えた。

 やるとなれば命をかけた戦のようなものである。

 一死報恩。そこで自分は終わる…

 

 ともかく安兵衛は、赤穂の諸氏が死生を共にするに足ると思ったし、江戸に戻って早くご家老の意志を、義父の弥兵衛に伝えたいと思った。

 

 

 

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〜解説〜

 

 

空前のパロディ小説。

 

先回も申し上げましたが、ふしぎと、ゾンビに振り回されることで、「理不尽」なお家つぶしや、藩士の悲憤慷慨が、リアルに感じられたんで。書いてて。

お殿様がしばし出かけている間に、とつじょ振りかかる大災難。

「江戸詰めは一体なにをしとったんじゃ〜い!」
そらぁ、赤穂藩氏はびっくりしはりますわ。
しかしなんですな。ゾンビが出てこないと、ほとんど「ただの忠臣蔵」ですな(笑)。出さな。

 

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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