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衛星クオリティ


2018年のCS放送(衛星劇場、東映チャンネル)ではほんとにもう貴重な忠臣蔵映画が数々放送されました。
元禄あばれ笠〜浪曲忠臣蔵より〜」「元禄水滸伝」「四十八人目の男」「赤穂義士(大映版)(東映版)」「忠臣蔵 暁の陣大鼓」などなど!
ほとんど戦中戦後の作品でございまして、そういうところが貴重。

で、これがすごくクリアで綺麗なんですね。

東宝ビデオからリリースされていたビデオテープの画質と比較してみても歴然。
ちょっと「元禄あばれ笠」見てください。




▲ビデオテープの画質(部分)。


▲今回、放送されたもの。



この画像はテレビ画面をスマホで撮ったものですが、そんな環境でもクオリティの差は歴然。

もうひとつ。橋の上のシーン。これも部分のUPですが…




▲「まあ、橋だなあ」というシーンですが



▲人物がいるんですね。



まーとにかく、さらに感激なのは字幕がつくんですね(スカパー!の場合)。

新作の公開も待ち遠しいですが、古い作品をより良い状態で見ることのできる時代がやってきて、なんかもう生きていこうという欲が絶えません。



 
| もりいくすお | - | comments(4) | trackbacks(0) |
港区歴史フォーラム2018


 2018年12月はじめ、ニッショーホール(というところがまた泣かせる)において「港区歴史フォーラム」に登壇させていただいた備忘録。


 忠臣蔵大好きなあたしがテーマに選んだのは、吉良さん。
 題して


「ステキなワル役 吉良上野介」


 彼の「存在感」無くしては忠臣蔵が成り立たないと思ったからなのであります。
 あの人は「ただのおじいちゃん」ではないのであります。
 難攻不落のラスボスである吉良様をご来場の皆様に思い出してほしかった次第。




▲吉良軍団(もりい画)



 近年のドラマがもうひとつ「忠臣蔵を見た!」というカタルシスを感じないのは、脚本上でなにかと吉良に「言い分」を与えてしまうからじゃないかと。
 敵役のバックグラウンドや言い分を劇中に出せば出すほど最後の討入にラスト・バトル感が無くなる。それどころか殺伐としたものに映ります。
 これは、料理を美味しくいただく食レポに屠殺シーンを差し挟むくらいよけいなことで、かつ間違っていると思うのです。
 たとえば、ハリウッドもイギリスも生涯この一本(映画)をアンケートすると入選する「七人の侍」。
 アレがどうして痛快に面白いかと言われれば、野武士の家庭の事情が表現されないからであります。
 悪役に言い分を持たせないのは大事な「コツ」なのです。

 勧善懲悪を認めてもらえない昨今の風潮はポリティカル・コレクトネス(平等主義)などの影響があると思うのですが、往年の作品のように吉良は徹底した悪役に戻ってもらいたい。
 そうすることで「良い忠臣蔵」を今後も作り続けてほしい。

そういう願いを込めた構成を考えました。

 とはいえ、吉良上野介は実在した人物であり、イビリの内容などまったく伝わっておらず(イビリの事象は伝わっている)、元・ご領地の人たちの気持ちを考えると昭和以前のようなステレオタイプの描き方にはいささか配慮が必要かとも思います。

 そこで解決策を考えるというオチを目指します。


 奇しくも前半の講演の加来耕三先生も(2部構成のイベント)テレビや映画の忠臣蔵劇と大衆について言及しており、良いつながりが出来てよかったです。

 先生は
「わたしは平成の終わりとともに忠臣蔵も終わると思います」
 という絶望的な結論。
 それを受けてわたしは
「終わらせないためには・・・」
 と、やったわけであります。







 まずカンタンに忠臣蔵物語では吉良がどのように扱われてきたか「早わかり忠臣蔵絵本」から3場面(いじめ〜刃傷〜討ち入り)を抜粋。
 講談本のセリフを重ねて振り返ります。

 美術品を愛した吉良は絵のように屏風を破壊したりしなかったろうと言ういっぽうで、鹿島藩や津藩で香炉や花活、雪舟の掛け物なんかをせびったと伝えられる話を紹介。
 しまいにゃ
「吉良さんが来るときは良いものは出しておかないほうがいいですよ」
 という噂が立つようになった。っていうエピソードも話しました。

 夜の部だったかMCさん(主催の信頼も厚い野口菜菜さんは明るく勘ばたらきが良く、ずいぶん助けられました。)がここで
 「ほしがりやさんだったんですね」
 と振ってくれたので、ついでに息子を養子にやった上杉家に出向いてはリフォーム代を無心したりして家老に煙たがられたというハナシもしちゃいました。
 映画「赤穂浪士」の抜粋もして、里見浩太朗の綱憲から
「その方はわたしの父が嫌いであろう」
 と図星を指されて上杉家家老の千坂兵部の市川右太衛門が狼狽するシーンを再現しました。
 歌右衛門の真似と言っても
「ッパ」
 しか言わなくても笑ってくださるのだからご年配のお客様はうれしい。
 あと、津軽藩で吉良が、出された膳に「このごはん、まずいね〜」と言ってぶち切れられたハナシもした。
 「思ったことをクチに出しちゃう性格なんですね」
 と野口さん。彼女の切り返しがすごくやさしくわかりやすい。
 おかげで「嫌われ者」を説明していくカードが揃ってまいります。
(内匠頭の小姓を所望したとか、畳替え事件とかはハナシの流れ的にリアリティを欠くと考えて話題にしませんでした。)



 さてそれから吉良上野介という人の血統や家格に触れました。
「1000年以上前の清和天皇からの流れを系図にすると毛細血管みたいになるので代略に代略を重ねてこうしました!」




▲サッパリ!



 そもそもわたしは忠臣蔵以外は浅学であり、平安時代からの話なんかとても出来ません。
 だからこれでちょうどいい。ウケたしw。

 血統もさることながら、室町の武将時代は(<義尚さんという先祖について)天皇の警護をして菊の御紋章をもらったとか、六代将軍が亡きあと将軍の代理を務めたりという実績やトップクラスの人たちとのパイプについてここで話すのに系図は役立ちました。

 われらが(?)吉良上野介義央も若いときにお父さんと一緒に天皇に退位の勧告に行ってそれを成功させたりしてるという。きょうびバイトをクビにするのにも神経をつかうのに、天皇様ですよ!…みたいなかんじでとにかく吉良家の輝かしい功績を紹介したのです。
 時代が、チカラが本意ではなく儀礼社会になって高家という職業が出来たときも、選ばれた26家の中でもおじいちゃま(義彌よしみつ)が知識や仕事ぶりでは他家を抜いてトップクラスだったという。

 そんなサラブレッドの吉良上野介義央も微妙な関係の幕府と朝廷との間を行ったり来たりしてうまいこと取り持ち、仕事のミスが一度もなかったと伝えられる。

 旗本と言っても官位は高く、エリートでセレブ。サラブレットで仕事ぶりに非の打ち所がない。そのうえ美男の貴公子。
 そもそもそんな男、よほど相手へのおもいやりがなければ好かれるわけがない!?
 こういう人から
「そこに飾ってある香炉、なかなか良いね」
 かなんか言われれば断れない。…厄介。

 これだけのバックグラウンドのひとなら目下(めした)に対して傲岸不遜であったことも容易に考えやすい。
 あたしのような昭和世代でもさんざん「上」の人には威張られたものです。
 堀部弥兵衛金丸覚書にも
「伝奏屋敷で用意した品物に悪口三昧だったが殿様はグッとこらえた。でも殿中で諸人の前で武士道が立たない悪口を言われた」
 という記録が残っている。

 また、あまりにほうぼうに通じているからいろんなことを「知りすぎた男」として命を狙われるという歴史ミステリーも、よくある。(家康が征夷大将軍になりたいから源氏の長者である戸籍が必要となり吉良が工作したというテイはゲームにも採用されている)



 ここいらへんで、吉良さんが上等であればあるほど難攻不落のイメージが上がっていき、四十七士がケイパーに苦労するほど討ち入りが盛り上がると念を押しておけばよかったな〜。
 わたしに言わせりゃ「忠臣蔵」づくりには大事なポイントなんです。そうすることで、討入をあたかも通りすがりのおじいちゃんをリンチしたような言われ方は通用しなくなってくると思う。







 次に地元、三河国の吉良町(愛知県西尾市)での愛され方。

 西尾市にはそこかしこに馬にまたがった吉良さんの像があることを写真で紹介。
 …しかし、スーパーエリートでセレブの吉良さんが農耕用の駄馬にまたがって堤防工事の巡察をするだろうか??
 しかも旗本は領地に出向かないのでは?(家老を代官にして派遣するのがふつうだそうで…でも一回帰ったってハナシがあるそうですな)という話を遠慮がちに差し挟むところにどうしても吉良さんを褒めきれない、わたしのイサギの悪さが見え隠れいたします。


 ただ、そんなもりい くすおのしょぼい見解はともかく、吉良に仕えた小姓さんの墓から法名が削られてる件(吉良のイメージがあまりに悪いので遺族が削除した)や、東京は中野の萬昌院功運寺の吉良のお墓(三左衛門さんから格式のあるお武家さんならではの宝篋印塔というデザインに関してや戒名も最高ランクであることをうかがって、お墓のハナシも豊かになりました。)は投石によって傷だらけ。

 芝居のヒットによって膨らんだ虚像によって墓まで被害を受けたりしなくちゃいけないのか。そうした同調現象は怖い。

 ここで華蔵寺に行ったときに事務所で働くガイドのご婦人クロヤナギさんから聞いた
「ほめられたって、けなされたって知らん顔。背伸びしたって大したことないです。正直にやっとれば助けられる」
 という言葉を紹介。
 もりいはこのコトバを、吉良町の人たちの堪忍袋と吉良上野介の(霊の)自重というふうにとらえ、現代のネットにおける炎上被害に対する「スルー安定」とかぶせて、いまもむかしもかわらぬ最良の対処法と結論づけた。

 MC菜菜さんここで「吉良さんかっこいい」くださって、いい流れに。


 仏様にまで大衆に牙を向けさせた、これまでの役者の大衆を引き込む演じっぷりはすごい。
 ここで、どんな役者が吉良像を作り上げていったか、もりい くすおが選ぶ「役者ベスト4」を紹介。







 以上の4方をものまね(すごく低いクオリティでw)で紹介して、月形龍之介の時は
「牛のヨダレのようにくどくどと言い訳を」
 とMC菜菜さんに向けて言い、彼女に(あらかじめ渡しておいた小サ刀で)刃傷してもらう寸劇を披露してお茶を濁しました。







 新作は誰がいいかという結論で、これまでのバックグラウンドから片岡仁左衛門を妄想して提案。
 おおむね同意を得られた客席の反応だったが「最後に殺されちゃうのはちょっと…」というファンの感想も頂いた。


 最後に、時節柄とご当地への配慮から、新作ができたら作品公開前につぎの様な字幕を流したらどうかという提案で締めくくった。
 これはこの講演のちょっと前、時代劇専門チャンネルで「座頭市」全シリーズを放映する際にいちいち「製作時は配慮にかけていた時代だったでご容赦を」という何枚かに渡り字幕スーパーに倣ったものであります。













…で、本編


「ジャジャーン!」



 これを1枚ずつスライドで送りまして淡々と読み上げるとなんとも滑稽でございました。

 それで、
「あとは放送中に画面右下かなんかに「※諸説あります」かなんかずっと入れておけばいい。」
 …これに関しては、ギャグが半分。時節に苛立つ本音も半分でございました。


 で、幕。(約40分)


 朋友の三左衛門さんがよくおっしゃってますが、歴史の研究というスタンスではもはやどっちが良かったとか悪かったではなく、吉良と赤穂浅野にどういう確執があったのか。が論点になるべきで、おっしゃるとおり。
 虚像の吉良さんについては、あたしゃ300年以上講談や芝居で日本のクリエーターがこねくり回してきた「伝統」を守り続けてほしいと願うわけでございます。


<あとがき>
 今回の内容は三左衛門に良書をさんざん教えてもらい、さらに細かくご指南いただいて実現いたしました。
 リアルガチに感謝いたします。
 またしゃぶしゃぶ参りましょうね!
<追記>
 このブログ書き終わった翌日、湯船の中で思いついた!
 今後忠臣蔵を楽しんでもらう手のひとつとして吉良さん関係にどう配慮するかに脳みそを絞るよりも、「吉良さんを出さない」というやり方もアリだなと思った。
 そもそも忠臣蔵はあんまり見たこともない殿様や、もっと見たこともない高家筆頭のためにみんなが暗躍する話であり、討ち入りまでの人間ドラマ=各・見せ場が要なのであります。(「ワンシーンに起承転結がある見せ場の芝居が魅力だ」TBSラジオ「アフター6ジャンクション」より春日太一氏の談話)
 そうすることによって鑑賞者は義士たちの心の有り様だけに注目することが出来る。
 純粋なケイパーものとして楽しめそうではありませんか。
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忠臣蔵泥棒


ネットオークションに
「大河ドラマ忠臣蔵1+2+3完全版

 DVD-BOX12枚/組 日本語音声」
なるモノが出品されていた。

いかにも怪しい。

民放もNHKも大河ドラマに「忠臣蔵」というタイトルは無い。
「1+2+3完全版」の意味も不明。

 忠臣蔵友達の三左衛門さんと話したら
「元禄繚乱のことかなあ
とにかく海賊版であることは間違いないでしょう」

というわけで買ってみた。
7,000円也。

 

 

 

 

ちなみに
著作権法第113条1項では、海賊版を売る人は咎められるけど、買った人は個人で引きこもって鑑賞するぶんには罪にならないという、おおざっぱなネット確認をしました。
(NO MORE 映画泥棒!で取り沙汰されている「違法と知りながらダウンロードする行為」とは違い、そっちは著作権法第30条の改正、同条第1項に第3号の追加項目が適用されて罪になる(ようだ?)。)


はい。
結論から申し上げます。

12枚の内訳
1〜4枚 キムタク版のDVD。
5〜9枚 マツケン版のDVD。
10~12枚 NHK最後の忠臣蔵のDVD。

でしたー。(2001〜2004年の作品)

ヘンな画質でもなく、気になるのは背徳感だけ。
パッケージはだいぶヒントになってたんですな。
言うまでもなく「大河」は一切関係ない。

以上
後進のためにご報告。

 

 

 

 

これしかし…売ってくれた人、通報したら一発なんだけどなあ。

同じタイトルでこんなパッケージのバージョンも出ている。

同じか、似たような詰め合わせでしょうな。

 

 

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ひろしま忠臣蔵(4)
ひろしま忠臣蔵
(Part3から約1年ぶりの更新)

 忠臣蔵サミットで一席ぶってまいりました。

 忠臣蔵サミットとは、赤穂市長の呼びかけで日本全国の「忠臣蔵ゆかりの地」の皆さんが集まり(加盟してる32自治体のうち今年は16自治体が参加)、去年なら兵庫県加西(小野寺十内の供養塔や、浅野家三がく寺のひとつ久学寺がある)、来年は京都(お家改易後に大石内蔵助が住んでいた)といった具合に毎年、開催場所を変えて開かれております。
 第30回。1989年創設。
(このたびの16自治体さん=北海道砂川市。岩手県一尾関市。茨城県笠間市。同・桜川市。東京都港区。同・墨田区。新潟県新発田市。愛知県西尾市。京都府山科区。兵庫県赤穂市。同・加西市。同・加東市。同・篠山市。岡山県津山市。熊本県山鹿市)

 今年の開催地は瑤泉院さまのふるさと

広島県三次(みよし)市!




▲イラストを担当しました。


 場所は美しい&広い市民ホールきりり。

 各地の代表が「誇れるわがまちと忠臣蔵」をテーマに取り組みなどをお話されたあと、もりいの出番。

 もりいの演説テーマは

「忠臣蔵 テレビのおはなしとゆかりの地と」

 ご依頼をいただいたのは2月でしたが、その時に予定していた演題は「忠臣蔵ゆかりの地あれこれ」。
 あとからテレビのはなしを足しました次第。

 忠臣蔵サミットにとってテレビのはなしといえば、みんなで力を合わせてNHKに「2020年の大河ドラマはぜひ忠臣蔵を!」とこの数年お願いし続けていましたのに、結果的に明智光秀にきまっちゃった残念な件であります。

 ただ、放送のプロがいろいろ判断して「いまじゃない」と忠臣蔵を蹴ったのだから(あたしゃこの判断をボツではなく「先延ばし」と信じております)、今回は残念だけれどもヘタなものをやっつけられるより、「いまだ!」とノッて作ってくれたほうが良いというおはなしを、いろいろ例(松田定次の談話による忠臣蔵映画成功の秘訣。宝塚OGが語ってくれた忠臣蔵を再演しない理由など)を上げてお話しました。






▲会場にお越しの先輩方たちはご覧になってないかもですが広島では、例の「桃色つるべ」が奇しくもこの前日に放送だったそうです!


 ゆかりの地のお話はもりいが訪ねた各地の画像とともに、面白エピソード…どちらかというと現地讃美というよりも、誤解を承知で言うと「ぼやき系」の笑い話。
 どこそこの観光協会さんは電話で質問してもわからなかったとか、某所のタクシーの運転手さんは間違ったことを堂々と言っていたなど。もぉ、きらわれる覚悟でw。

 各地に言えるのは、どうせ他府県からうちの祭りなんぞには来ないだろうという油断。これがいろんなエピソードを産み、そして大切な運や縁を逃す。もしかしたら後に何百万人という観光客増員の手がかりを持っている人物かもしれない相手をのがしかねない、と思うのであります。
 たえず行動と自己愛を忘れずにというナマイキなまとめ方をしました(本心でもあったので)
 出会いは運や縁のなせるワザですが、そうしたミラクルは行動と自己愛で高められるとドイツの研究者が言ったとか言わなかったとか。

 40分しか時間がもらえなかったのでセカセカと話を進め(たぶん手話や同時字幕の方にはさぞやお骨折りだったと事と存じます)ましたが、公演のあとの懇親会では、じゅうぶん語らなかった部分をすごく「深読み」してくださって、いろんな方から「善処します」と言っていただけた。
 なんだか、すいません。
 語り口からはグチってるというより各地への「大好き」が伝わったのだと思っております。

 公演後、地元同好会「わらじ座」さんによる地芝居「南部坂雪の別れ」上演のあと閉会。




▲東京都港区の観光協会会長
 新正堂の渡辺社長撮影。



 まるっきり言い損なったことをココにてつぶやきますが、各地ご当地のPRポスター(およびホームページ等告知全般)にはよみがなを必須にすべきかと存じます。
 赤穂(あこう)も泉岳寺(せんがくじ)も山鹿(やまが)も加西(かさい)も、三次(みよし)も。
 読めて当たり前という姿勢は変えていったほうがいいと思う。
 その気遣いがあるかないかで旅行ビギナーをどう迎えるかの姿勢が示されると思います。
 興味をもった人のアウェイ感をなくしてあげられる。



 さて
 他の自治体の方たちとホテルはいっしょで、チェックインした後にそのホテルの会場でレセプション。

 オトナの集まりですからシンプルにご飯を食べるというわけにはまいらず、名刺交換などをいたします。(や、もちろんおいしいディナーもいただきつつ)

 興味深かったんですがやはり、忠臣蔵とのゆかり度合い&あたしが行ったか行ってないかが、宴会場でのコンタクトとの度合いとリンクした印象。
 おそらくは「今後一生会うこともない」ともりいを判断なさった(?)土地柄の方とはコンタクトの機会がございませんでした。あたしゃ必ず参ります。
(北海道さんはゆかりが薄いし出かけたことがないけど行きの車で仲良しになったので例外)






▲おみやげに地元ワインや菅谷半之丞太鼓もらいました。
 半之丞が三次時代に作った紙太鼓が由来。
 こういう心遣いがかわいらしいから日本、好き。



 三次はお神楽が素晴らしくて、ディナー中にパフォーマンスが始まり、釘付けになって後半の食事が手につかなかった人も少なくなかったのでは?
 ひとりでスタンディングオベーションしちゃいました。(あ、三次市長も立ってらっしゃいました)
 何団体かあるそうで、今回見せていただいたのは茂田神楽団…さんでしたでしょうか。すみません。呆然としていろいろチェック漏れ。

 本当はこの夜は鵜飼いを見せていただく予定でしたが、過日の西日本豪雨の悪影響で川がドロドロなので中止になってしまいました。
 あらためて被災地の一日も早い復興を祈るものであります。







一夜明けまして、三次観光。
(東京港区など不参加の自治体もいくつか有。)

 さあこれが
あたしにとっては大きなイベント!
約1年前にこの三次を訪れた時に見損なった「瑶泉院様の遺髪塔」「尾関山公園の瑤泉院像」が見られます〜!
(バックナンバーはこちら>●)

 で、こちらがソレ!




▲尾関山公園の瑤泉院像


▲鳳源寺 あっ義士堂の右を行くのかあ!


▲瑤泉院さまの遺髪塔(伝)



 去年うかがった時に「エキゾチックなお顔立ち」と先年のブログで申しあげた瑤泉院像は、建立当時放送中だった「元禄繚乱」の宮沢りえのイメージなんだそうです。
 …と、猛暑の中で汗だくになって(何度も言うように鵜飼い鑑賞を計画していたので、この時期のサミット開催となった)ガイドさんが説明してくださった。

 そうそう。
 でね、ガイドさん関係ですが、ちょこっと横の連携があってもいいな(特にこのような気候の場合)と思ったのが、移動バスの中でうかがった市の職員さんの説明が、ガイドさんの説明であらためて繰り返されることがある。話すほうも聴くほうもしんどい環境の中ではちょっとの工夫で状況を少しでも楽にできるかと。
 この年の7月下旬は気象庁が「災害レベル」というほど噛み付くような猛暑だったのです。
 さらに言うと、忠臣蔵の説明も大幅にはしょってイイです。
(そのわりに落合与左衛門の墓がどこにあるのかご存じなかった…。見たかっただによう。)
 でも、ボランティアのガイドさんへのリクエストって限界があるのかもな。

 余談ですが…
 忠臣蔵仲間との史跡巡りとの違いは、自治体の方たちはお賽銭もお線香もあげないところです(や、あたしもうっかり)




▲ご本堂でお茶をいただきました。


▲かわいい器!

 あたしも間違ってお茶の会とかに出ることがあるんですが、マネゴトでよく器をしげしげ見る仕草をすることがあります。が、今回ばかりはほんとうにしげしげ見ましたよ。これ






▲長矩夫妻像。
 瑶泉院様のポーズが印象的。



 お寺をあとにいたしまして、予定していた「君田のひまわり畑」…こちらも大雨被害で見られなくなり、急きょ「辻村寿三郎人形館」へ。ここも去年素通りでしたのでうれしいっ。




▲三次出身の寿三郎先生。



 で、これもまた「しめた!」と思ったんです。瑶泉院様の人形を寿三郎先生がお作りになったのを知ってたから。
 ところが展示されてなかったんです〜!!!!
なんでええ〜〜〜!!??

 地元の有名人のお人形は常設しましょうよぉ!




▲寿三郎先生と関係ないけど印象的なポーズの…
 あれ?さっきの瑤泉院様ポーズ!?
 なアホな。(in売店)




▲うだつの似合う小路(炎天下)をご案内。



そしてお昼ごはん。




▲ピンク色のシャツが職員スタッフさん。
 ありがとうございました!


▲広島三次ワイナリーでお昼をいただく。
 ごちそうさまでした!

 自慢のご当地ワインの試飲ができるので、天国のようなところです。

 食後に、赤を基調とした作品が特徴的な奥田元宋・小由女(おくだげんそう・さゆめ)美術館。
 そしてお土産物屋さんのトレッタみよしへ。




▲トレッタみよしでソフトクリーム。
 みなさんオトナなのでこういうのは召し上がらない。
 黒い扇子は日傘の変わりです。



 さて、こうして解散への運びと相成ります。

たのしかったっ!!!

 現地に詳しい方にご案内いただいて、忠臣蔵ゆかりの地のアレコレを知るのはほんと楽しゅうございます。

 車で山鹿と墨田のみなさんといっしょに広島駅まで送っていただきました。


 さて、この2日の間で新鮮だったのが…
 忠臣蔵サミットにいらっしゃってる(何回も)からと言って、忠臣蔵に詳しいわけではない参加者が少なくないということ。でもいろいろある○○サミットってそういうものかもですね。ご当地自慢っていろいろあるわけだし忠臣蔵だけに特化してらんないと。
 でも三次が忠臣蔵のなんなのかご存じない方もいらっしゃったし、ご自分の故郷についても忠臣蔵とのかかわり合い(に、かぎらず)に詳しくない方もいらっしゃった。
 イベントの時だけでもちょっとにわか勉強できる拙サイト「くすや」に進化させようっと。

 それでも(というか、それなのに?かな)これだけ長いこと続いて、参加者もいっぱいいらして毎年日本各地でお国自慢(それも忠臣蔵について)が披露されあうというのは素敵なことだと思った。
(これはマジで)


p.s.
昨年鳳源寺に行くのに乗せていただいた三江線が廃線になってた

(泣)

 
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きゅうしゅう忠臣蔵(2)

きゅうしゅう忠臣蔵

〜九州が産んだ究極ファンのいたしかた〜

その2 同じの作っていいですか?
(福岡県、福岡市南区)

前編「遺髪、いいですか?(熊本県、山鹿市)」はこちら>●

++++++++++++++++++++++


本題の前に、西日本豪雨被害のお見舞いを申し上げます。
あたしが出かけたとき、この豪雨の前段階で九州北部を台風七号がゆっくり駆け抜けており、テレビでは1年前(平成29年)の九州北部豪雨のことを各局で振り返っていました。
まさかふたたびご災難に見舞われるとは思いもよらず、悔やまれてなりません。
亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。


++++++++++++++++++++++


 念願の九州に出かけてまいりました!ひとり旅。後編

 前回、元禄時代に江戸で赤穂十七義士を預かった細川家の家来・堀内さんがあまりにも愛が熱くて自分の知行地の菩提寺に遺髪塔を作ってしまったというお話をご紹介いたしましたが、今回は時代がグッと下りまして昭和10年。
 篤志家(とくしか。<慈善事業家?)の木原善次郎さん(どちらさまでしょうか)が「赤穂義士の精神を顕彰しよう」と私財を投げ打って、四十七義士が眠る東京は高輪泉岳寺と全く同じフォーメーションの墓石が並ぶお墓(いやそれどころか地形もこだわって)を、同宗である興宗寺さんに建立した。

 すごくないすか!?

 47人分の墓のレプリカを作るんですよ。そうそうできるこっちゃない。
 私がもっとまともなマニア(なんじゃそら)だったら事前に福岡義士会にコンタクトを取らせて頂いて木原さんという人物につい て…あ、本部はまさにこの興宗寺さんだったのか!?…訪ねりゃよかった。


 熊本県・山鹿から新幹線で博多に入り、晩飯にとんこつラーメン食べて駅前ビジネスホテルに一泊。
 翌日、興宗寺へお参りしてそのまま帰路につく計画。




▲ホテルの送迎バスの運転手さん(は、おなかをこわすという理由でとんこつが苦手)から情報をもらって、エキナカの博多めん街道(とんこつラーメン屋がしのぎを削っている)から「元祖博多だるま」を選択。

 朝、博多から地下鉄空港線でいったん福岡空港駅へ行って荷物をロッカーに預け、引き返すように天神駅へ。徒歩で西鉄福岡駅まで行ってこんどは大牟田線で高宮というところまで参ります。






 昨日の炎天はどうしたのかそこそこの強い雨。
(雨はこのまま次の日の記録的豪雨へとなっていってしまいます)

 高宮駅からスマホのルート検索をすると徒歩で10分位で着くような結果が出たんですが、とてもそんなにかんたんには参れません(入力を間違えたのかな)
 タクシーで1400円位の距離。そして土地の起伏が激しい。

「興宗寺さんまでお願いします。」
 駅前で拾ったタクシーの運転手さんはピンとこなかったんですが、「穴観音(あなかんのん)さん」といえば一発だった。
 興宗寺さんには戦国時代から伝わるという、古墳の穴蔵に祀られた観音様がございましてこれがご高名。

 運転手さんと氷河期のハナシをしている間に到着。

 周囲にはタクシー会社やファミレス(九州発のジョイフル)があるので安心。




▲興宗禅寺 福岡市南区寺塚2-22-11




 境内に足を踏み入れますとすぐに「四十七義士の墓」の表示。


 さあ、ここからが見ものでございます。
 高輪泉岳寺を綺麗に再現した木原善次郎さんのこだわりをご覧ください。

 まず、凝ってるなあと思うのは、導入は天野屋利兵衛の碑でお出迎えしてるところ。




▲福岡・興宗寺


▲東京・泉岳寺

 首洗いの井戸や血染めの石も再現されております。




▲お殿様の墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺



 を〜!
 いつも参っているみなさんのお墓がそっくりに!
 わたしには屋外体験型のテーマパーク・セメタリーでございます。




▲福岡・興宗寺


▲東京・泉岳寺




▲大石内蔵助の墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺

 こうまでサイズもピッタリですと墓石の削れ方のビフォー・アフターを知ることができますな。
 泉岳寺では「縁起モノ」として墓石を削って持って行っちゃう人が多かったようです。なのでだいぶ墓石の変形が見て取れます。

 また、昔の泉岳寺はウッソウとしていたといいますから、興宗寺さんの雰囲気は昔の泉岳寺に似ているのかも。
 ビニール傘にザーザー降る雨音にボタボタいう木から落ちて来る雨だれが混ざってなかなかにぎやか。
 寺坂吉右衛門さんの前あたりが大きな水たまりになっております。




▲大石主税や安兵衛さんのお墓。興宗寺


▲東京・泉岳寺


 おおいに興奮いたしまして、ひきかえし、穴観音様(阿弥陀様、菩薩様といっしょに岩が掘られている)にご挨拶。




▲この中。
 格子越しにお賽銭を投げ入れるのにテクニックが要る。


 さて
 こうして興宗寺さんをあとにしたのですが、実はもう一箇所行こうかどうしようか迷ったのが八女(やめ)市にある寺坂吉右衛門のお墓。
 寺坂吉右衛門の墓は東京は麻布の曹渓寺さん(非公開)と相場が決まっているが、九州には「寺坂吉右衛門が全国の義士の遺族を訪ねて事件のあらましを報告したあと最後に久留米(くるめ)の吉田忠左衛門の義理の弟を訪ね、そのあと八女で切腹しようとしたところを止められて義士の供養のために66歳で死ぬまで庵にこもって読経に明け暮れた」という伝説があるのです。
 そして一念寺というところにお墓がある。

 レンタカーをすれば小一時間で行ける距離だそうで…いやでも知らないところだし雨だし、なにより問題はここは福岡である。
 福岡は以前に運転した経験があるが、東京の常識とちょっと違うところがあって、ちゅうちょ。

 ジョイフルでハンバーグ食べたあと、帰りのタクシーで運転手さんが
「八女は山もありますけんね。慣れん人には運転は難儀やなかですかね。 私に任せてくんしゃったら、飛行機が夕方やったら行って帰ってこられますよ。」<イメージ
 と、チャーターを推してきた。
 料金は3万円行かないくらいじゃないかという。

 ここで、しおりんが読み上げた森井ユカのコトバが想起される。
「忠臣蔵と聴いたら南極に飛んで行くことも辞さない機動力がなくっちゃ」
 マニアは金遣いが荒い。
 アイドルファンは地方公演の遠征に何百万円もかける。
 比べて、もりいはけっこう、シブい…。

どぉ〜〜〜しよっかなあ〜〜!!!

 で、
 やっぱやめました。辞した。

 飛行場でたいそう時間が余りましたが、いろんな意味で、八女行きを次の機会に回したのは悪くなかったんじゃないかと思っております。
 ちなみに帰りの飛行機は雨の影響で30分東京到着が遅れました。

 次回まで、たのしみが息づく旅の秘技

これぞ「やりのこしの美学」

どっとはらい




▲福岡空港、搭乗ゲート近くの「一蘭」。
東京でも食べられる紅しょうがが無いとんこつ。
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