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小説「怪異談 忠臣蔵」07

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載7)

 赤穂浅野家家来の高田郡兵衛(たかだぐんべえ)は、二百石十五人扶持の槍術の名人で、子供の頃から、竹槍で雀や川の魚を突くという妙技を持っており、若いうちから宝蔵院流の槍の師匠のところへ弟子入りし、めきめきと腕前を上げたのだった。

 異名を「槍の郡兵衛」。

 積極的でまことに頭が切れる男だが、短慮が玉に瑕。

 活発な者はとかく粗暴に流れたがるもので、仲間からよく心配をされた。

 父の代から浅野家に仕えているが、年頃も背格好も似ている新参の安兵衛とは、たいそううまがあった。

 御用に槍を使うようになったのは、のろまと距離をおけるからで、これは高田郡兵衛からの提案である。

 

 もうひとりの武士は名を堀部安兵衛(ほりべやすべえ)と言い、越後の生まれだが浪人し、武芸の修行のために江戸に出てきて、数年前に高田馬場で、義理の伯父の決闘の助太刀をして、ひとりで相手を十八人も斬り倒した豪傑であった。

 元禄の世にあって、珍しく勇ましい侍であり、おかげで江戸では、ちょっとした評判になった有名人でもある。

 そもそもはおっちょこちょいで、気随気ままな大酒飲みであるが、仕官してからはそれを自分で諌めるために、努めて身を慎み、すべてを控えめにしようとこころがけている。

 元来、無欲であるにもかかわらず、そのくせ他人から羨まれるほどに、なにかと評判が立つ男であるが、お世辞にも「運が良い」とは言いがたい。

 神仏に好かれているのか、試されでもされているのか、不思議な難題と良縁がつねに入れ替りにやってくる。

 高田馬場の一件は災難であったが、それがきっかけで、いまの主君に二百石の馬廻り役で召し抱えられたし、良縁にも恵まれ所帯を持っている。

 しかしそれがまた…

 これから彼らに振りかかる災厄は追って話すとして、ともあれ安兵衛は生来肝が太く、腹もできているところに武芸が備わって、その上明るい性格で洒洒磊落としている。

 このふたりはなんの因果か気が合った。

 

 

 

 

 さて安兵衛は矢立を取り出すと、ようやく明けてきたのを頼りにして、懐紙に

「右の者、餓鬼患者につき、かくのごとく斬首そうろう事、

 死骸の儀はよろしくお取り捨てくださるべくそうろう。

 尚、役割をしているもの以外 決してさわるべからず

 赤穂浅野家 堀部安兵衛」

 そう書いてそれぞれ二遺体の帯に、文字が見えるように挟んで、松の根方へ寄りかからせた。

 亡骸には、言付けを書き添える…。

 この一晩中、彼らがやってきた作業である。  

 郡兵衛は斬られて飛んでいった職人の「額」部分を、遺体の側まで折れ枝でコロンコロンと転がしてきた。

「あーばよ。きーばよ…。か」

「また、斬ったな。」

 と、安兵衛が諫めるように言う。

「うむ。のざらしにしておけば町方が来る前に、タヌキかカラスの餌食だな」

「そういうことを言っておるのではない」

 安兵衛は死んだ勝助の代わりを、自分の家来に託した。

 書付を渡しながら

「善三郎。大儀ですまんが、できるだけ宿場中央を避けて江戸まで走れ。この書状を持って、御囲いのことを赤坂の下屋敷に知らせ、助勢をできるだけ大勢たのむのだっ」

「へい」

「道すがらのろまがいて、それがたとえお前の見知った顔でもけっして構うなよっ」

「おまかせください。委細、心得ましてございますっ」

 はじめから自分にいいつけてほしいと思っていた善三郎は、死んだ郡兵衛の小物よりも十ばかり若かった。

 健脚を自慢にしており、待ってましたとばかりに書類を受け取ると、猿(ましら)のように、すばしこく飛び跳ねながら、揚々と坂を駆け下りていく。

 のろまと言われるだけに、緩慢な憑依者たちは、敏捷な人間を捉えることはできない。

 安兵衛は頼もしく思って、背中を見送った。

 

 

 宿場は、東西に走る大きな通りに面して、何十軒と宿屋が並んでいるが、どこもピタリと木戸を閉めきっている。

 道には人っ子一人いないが、あちこちにてんてんと、死骸が転がっていた。

 どの亡骸も御囲いの寝間着姿だ。

 そこかしこから念仏や銅鑼、太鼓や鉦の音、赤ん坊の鳴き声などが聞こえてくる。

 そこにフワフワと、ときどき煙が漂い、三人を包むのだが、それが悪い夢でも見ているような、前日に通りかかった時とは、同じ宿場とは明らかに違う、この世のものとは思えない異様な光景だった。

 安兵衛も郡兵衛も息を呑んだ。

 

 宿場の一番手前の、うすぐらい木戸番小屋を覗くと、もぬけの殻。

 安兵衛は、土間に放り出された突棒を拾い上げると、中間の新吉に黙って渡した。

「え」

 という顔で新吉は、安兵衛の顔を見たが、特別な言葉はかけてくれない。

 新吉は生きている心地がしなかった。

 安兵衛は宿場に漂う殺気をうかがいながら、あらためて表に出てあたりを睨みつけている。

 風とともに流れて向かってくる煙が幕となって、ときどき視界を遮り、寝不足の目に染みる。

「内藤家の屋敷はここをまっすぐだ」

 安兵衛は、こんな大事になるのなら、はじめに通りかかった際に、役場なり内藤家に、注意を促しておけばよかったと悔やんだ。

 しかし、明らかに御囲いから抜けだしたと見えるのろまが、遠目に何人も見えたので、それを宿場に近づけまいと気が急いたのと、なによりこの宿場とて、町方や宿役人がいて丸腰でもあるまいと、その時は判断したのだった。

 三人はなんとなく、宿場の奥の方へ向かって歩き出す。

 通りかかった町屋の表窓の格子ごしに、中から安兵衛たちに声をかける者がある。

「旦那がた!火の手は二丁場ばかり先に行ったところでございます!」

 ふたりの風体が、火事装束に見えることから、火の手の報告をしてくるものがいる。

「まかせておけ。みな家を出てはならんぞ!」

「取り憑きものがいるところを申せ!見たものはおらんのかっ!」

 どこからも返事がない。

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」06はこちら

 

 

++++++++++++++++++++

〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

「槍の郡兵衛」だっつってんのに、前の回で、大刀振り回しております。

あしからず。(*´ω`*)

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

どうぞごひいきに!

 

 

もりい

| もりいくすお | - | comments(0) | trackbacks(0) |
とよおか忠臣蔵(3)
ノベル版・講演
「勝手な夫とシングルマザー
〜大石りくという生き方〜」


 大石りくさんの生まれ故郷、兵庫県・豊岡。
 おじゃまいたしました!!
 令和元年。10月のことでございます。




▲豊岡コミュニティセンターにて。


 残念ながら、諸事情で、毎年やっていた「りくまつり」が、一昨年をかぎりに終わってしまったそのあとも、地域ではりくさんを語り継ごうとイベントを続けています。
 新たなスタイルを模索して去年からスタートいたしましたのが、子育てグループや商店街、図書館等にも呼びかけて、バラバラにやっていたイベントを同日開催で盛り上げようという企画。

その名も

「てくてくりくりく」

 あちこち、てくてく歩いて、楽しむイベントです。
(あたしも参加しましたが、そのようすは「観光編」で)

 そしてこのたび、目の利く観光協会の事務局長のHさんが、一昨年、せっかく豊岡に遊びにうかがったのに、台風で「りくまつりFINAL」を見そこなった、哀れなもりいくすおにお声がけ。
 ただもうシンプルに忠臣蔵が好きなだけの男・もりいに出動のご依頼をくださいました。
 それも、りくさん生誕350年というアニバーサリー。
 喜び勇んで出かけた次第でございます。

 講演の時間は1時間でございました。
 以下、概略をお話いたします。




▲約70名のキャパのほとんどが埋まって幸福。



さて近年、
吉良さんっていう人はじつは良い人だったらしいですね」
というような、忠臣蔵にまつわるアレコレが、昔といろいろ変わってとらえられてきてる昨今。
りくさんは、どうか。
これが「決算!忠臣蔵」にいたるまで、りくさんはりくさんなのであります。

ちゃんとした、女性。
それがりくさん。

 まず、エンターテインメントで、「大石りく」は、どう作られてきたか。
 つまり、そのキャラクターは、どう捉えられてきたかを振り返ります。

 有名な登場シーンといえば、まずは講談(や、それをもとにした映画など)の「山科の別れ」が有名どころ。
 これから、だいそれたことをしようと計画している大石内蔵助から、家族は形式的、表面的な離縁をされるんですね。



▲絵本「早わかり忠臣蔵」より



 この、絵本の絵を描いた時のりくさんの表情は、決心を秘め、「あとのことはまかせろ」とアイコンタクトで夫にエールを送ってるようなイメージで描きました。

 明治時代の研究本「豊岡と大石内蔵助夫人」によれば、りくが眠る広島国泰寺(こくたいじ)の墓誌(エピタフ)に貞女、淑女、自己犠牲、良妻賢母の模範みたいに書いてあるそうで、ま、とにかくちゃんとしたマジメな女性であるイメージは、まちがいないと。
 凛としたイメージです。とにかく。

 で、りくさんをモチーフにした、人形浄瑠璃や歌舞伎で有名な「仮名手本忠臣蔵」の「おいし」。
 …あ、ちなみに、明治&大正期の講談本では、大石内蔵助の妻は名前がはっきりしないとしてあり、おいし(あるいはおせき)が有力とも言っている。名前からして、身持ちも硬いの硬くないの。などと紹介していますな。
 仮名手本忠臣蔵の九段目。自分ちの息子との婚約を破棄した相手、元フィアンセの小浪ちゃんと、その義理の母・戸無瀬たちと口論。
 おいしは、彼女たちに「破棄した婚約を取り消してほしかったら」と引き出物を所望。
「この三宝へは、加古川本蔵(小浪の父親)どのの、お首を乗せてもらいたい」
 と、サディスティックなことをいうキャラになっています。

 そして今度は映像メディアにおける、これまでりくさんを演じた女優をふりかえってみて、ああだこうだと、作品と演じられぶりに触れます。
 たとえば、竹下景子さんや「峠の群像」の丘みつ子さんなんかは、ガミガミ奥さんな雰囲気もございましてな。







そして、もりいくすおが選ぶ、ベストりく女優トップ3。
かいつまみましたこのように…







 忠臣蔵が引退作品になった、原節子さん。
 なにもかもグッとこらえて耐え忍ぶ姿は、武家の娘として非常に重みがあっていいんじゃないか。
 大柄だと伝えられるプロポーションも再現出来ているかと。
 ただ、原さん、あまりにも台詞が少なく、存在感が希薄。
 そこで、2位の山田五十鈴さんに水を開けられる。
 山田さんは、映画やテレビで大石りくを演じており、(関係ないけど「必殺シリーズ」でも、りく)演技力と存在感で申し分のない出来栄え。
 ところがですね、山田さんの私生活、男性遍歴を見ますと、芸のためとはいえ、りくさんを演じるのにはちょっと、アレかなと。
 そこで堂々の第1位は、大竹しのぶさん。
 後述いたしますが、今回資料として読みふけった、地元豊岡の考古学者・瀬戸谷晧先生の著書「忠臣蔵を生きた女」によると、りくさん、ひじょうにふつうの奥さんなんですね。
 するとやっぱり、山田五十鈴というようなビジュアルよりも、大竹しのぶさんのあっさり感(演技は熱いけど)が、イメージに近いんじゃないかと。

 ちょっと横道にそれますが…
 りくさんは、「くすや」でたいへんお世話になってる研究科・三左衛門さんによると「内蔵助や安兵衛とまではいかないまでも、彼女の手紙がたくさん発見されている」ということで、特に、赤穂事件のあとの関係者の消息について知るのに、有力な資料となっているとか。

 くだんの名資料「忠臣蔵を生きた女」には、りくの手紙がたくさん紹介されていますが、その内容には
「辛味大根とおそばを送ってくださらない?宅のが柔らかくゆでて細く切るのに凝っちゃって。手ぬぐい送るから。」
「うちの子ったらほんっとにいうこと聞かないんだから」
「ご赦免のお礼にお役人の方になにを送ったらいいかしら」
「ほうぼうへつけとどけがたいへん」
 などなど、手紙から伺える「りく像」はほんとうに「ふつう」なんですね。
 ほんっっとに、ふつう。

ふつう美。

 安兵衛や内蔵助といった、突拍子もない事をして世間を騒がせた人物を、稀代の役者が演じるのは、我々にその生き様を翻訳するのに有益ですが、りくさんの「ふつう美」を大御所の女優がどっしり演じるのは、どうにも嘘くさい。

 りくの生涯を描いた「花影の花」の著者、平岩弓枝先生は、こう言っております。
「まるで小春日和の中に身をおいてるような、ごく平凡な一家を、とつじょ赤穂事件が破壊した」

 「豊岡と大石内蔵助夫人」の内海定次郎(うつみさだじろう)先生いわく
「世の不条理に泣き、愛する肉親との多くの別れを経験して強い女に変えていった」

 じゃあ
 誰なら、ふつうで、でも強く生きた「りく」を演技という形で体現できたか。

 結論として
 八千草薫さんを一等賞に選ばせていただきました。

 …といって、ここで、「花影の花」出版の2年後に舞台化された、日生劇場、東宝特別公演のときのパンフレットから抜粋した八千草さんのおしゃしんドーン。(見てない作品の似顔絵は、基本描かない)
 あたしが手紙からイメージする「りく」像のイメージを崩さず、見事に小説にまとめられた平岩弓枝先生自らが、それを原作とした芝居の脚本をお書きになったので、先生納得のキャストだろうし、これは良い着地点ではないかと。

 今後、りくさんをイメージするのにお役立てくださいませと。

 さて
 看板にございます「勝手な男とシングルマザー」
 勉強中のわたしのところに、担当の観光協会Hさんから講演の2ヶ月前に「広告の関係で、とりあえずタイトルをくれ」と。
 そこで表題のようになったのですが、資料を読むと、内蔵助×りくは意志がピッタリ合った「一如(いちにょ)」だと、「豊岡と大石夫人」にもあるとおり、めちゃくちゃ仲が良いんですね。
 勝手な男と言っても、パチンコ行ってくると言って出て行ったきり帰ってこないようなヤカラとは違うわけです。

 当初あたしは、元禄のシングルマザーと令和のシングルマザーを比べてみて、そこからなにかを探ろうと思い、後輩のシングルマザーにインタビューをこころみました。
 しかし、大罪を犯して死罪になり、その後「義士」と讃えられる夫を持つ未亡人なんて、早々見つからないんですよね。

 というわけで、ふつうのシングルマザーにいろいろ伺いました。



▲協力してくれた後輩に感謝。



 ひとり親家庭への助成制度はもちろん豊岡にもありますが、東京の後輩の例で失礼致します。
 ま、知識も無いのに制度についてアレコレあたしが一席ぶってもアレですが、とにかく扶養手当が出ましたり、ほかにもおむつの支給であったり、有料ゴミが無料になったり、医療費の助成や、子供さんの受験も支援の貸付事業があったりします。

 インタビューした後輩の息子さんは今度高校受験のお年ごろ。
「泣いてるヒマはない」と、独りでがんばる母の姿を見ては
「ああ、お母さんのくちびるにできてる帯状疱疹は、俺を育てる苦労のせいだ。」
 と、そう思ってくれてるそうで、現在、禁マン禁ゲーでたいへん勉強をがんばってくれているとか。

 この後輩のように、飲み屋さんで働いて申告しないで手当を受け取るという(←空想のたとえばなしです)ことをしてまで、がんばるお母さんとは別に、実家に帰るパターンもありまして、りくさんがまさにソレ。
 今回、赤穂から駆けつけてくださったマエカワマサミさんと、講演前夜に名店「バラッド」で一杯やりながら「出戻りのほうが生活が楽」と、人の苦労も知らずに盛り上がりましたが、りくさんの郷里、ここ豊岡では実家のお父さんは藩の重役
 生活のご苦労はとりあえず無かったとお見受けいたします。
 ただ、長男・主税の自害を含め、残った4人のお子さんのうち2人も病気でお亡くなりになってたいへんお気の毒なお母さん。

 そんな折の朗報が、末っ子・大三郎の、芸州広島藩への就職決定のニュースです。
(大三郎は、吉良邸討ち入りの翌年に誕生。就職は12歳で。)
 ここで、りくさんはお父さんも亡くなったし、郷里・豊岡を離れて広島に引っ越しするんですが、こっからがまた、なかなかたいへん。

 「義士の息子」と鳴り物入りで広島に迎えられた大三郎さんでしたが、ゲームを断ってまで勉強に勤しんでいる後輩の息子とは違い、受験も就活も知らずとんとんびょうし。
 ところが、スピード離婚を2回も繰り返すなど、私生活がおちつかない。
 顔を観たこともない、父と兄の名声の余りにものデカさをプレッシャーに感じて、性格までネジ曲がってしまったか…!?
 ウィキペディアには、その性格について辛辣なことも書いてある。

 元・高家筆頭の老人の屋敷に、徒党を組んで夜襲をかけるという人生のいっぽうで、事件に振り回されて、義士であり大罪人である身内として生き続けるところに、りくさんの壮絶なドラマがあります。


 さて最後に、あたしね、
 講演に呼んでいただけたら、今後毎回、「忠臣蔵的、我慢のコツ」を唱えてまとめようと思ってまして、先回吉良さんの時はそのスルースキルを紹介しましたが、今回はりくさんと大石内蔵助のメールのやり取りから。

 内蔵助はりくさんが大三郎の出産を喜んで、近況を述べたあとに日常の苦労を愚痴り、こう結びます。



「とかく因果のめぐり合わせと思うようにしています」


 なんでこんなつらい目に合わなくちゃいけないんだ?
というときに、人智を超えた因果の巡り合わせであると考えることで、とにかく正気を保っていられます。

 おいでいただいた瀬戸谷先生のご家族はクリスチャンでいらっしゃいますが、浅学なあたしにも旧約聖書のヨブ記は印象的でして、神の思し召しであるという考え方に、なにか共通したものを感じます。
 これでずいぶん目の前の難儀に対して前向きに対応していこうとなるものであります。
 手紙のごようすから、大石内蔵助という人物も、三船敏郎のような臨戦態勢ではなかったのかもしれません。

 という感じの1時間でした。

 講演の終わりに、「りく鍋」が振る舞われ、みんなで舌鼓。
 労をねぎらってくださったご参加のご婦人からお菓子など恵んでいただいて、幸せな時間でございました〜。


2017年の豊岡ルポはこちら。
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小説「怪異談 忠臣蔵」06

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載6)

 

 

 四 新宿騒動

 

「まったく。これでは御囲いの見回り役も、ただでは済むまいな」

 赤穂浅野の安兵衛と郡兵衛は、御囲いから抜け出たのろまについて夜詰めで帳簿を調べたり、壊された箇所を検証したり、逃げたのろまを探したり捕縛したりした。

 筋骨たくましいふたりの顔にも、さすがに疲労の色が見える。

 宿場の方から聞こえたけたたましい半鐘の音を聞いて、いま、それぞれの供人と、江戸府内に向かって歩いていた。

 空は摺る墨を流すかのごとく、泣き出しそうに陰々と雲が立ち込み、時折生暖かい風がどこからか流れてくる。

 まもなく内藤新宿である。

 四人連れが雑木林を抜けると、荒寺に着いた。

 ところが、丘の上から見える宿場の様子がチトおかしい。

 黒煙りが何本か立っており、ここまできなくさい匂いが漂ってきている。 

 火の手が上がっているようだが、逃げ惑う人の姿もなければ、右往左往する火消しの気配も無いのが遠くからでもなんとなく分かる。

「先刻から遠くに聞こえていた半鐘は、やはりあの宿場の失火であったか」

「しかし、いまはその音も無い」

「さては…」

 怪訝な顔をしながら、前へ進もうとしたとき、少し先の道端のこんもり茂ったヤブの中からガサガサという音。

 かがみこむひとりの、のろまだった。

 のろまは倒れている人間のお腹をやぶって、臓腑をひっぱりだして食べている。

 そこら中が血だらけで、すさまじい光景。

「あぁッ勝助ッ」

 歯の根も合わぬほどガタガタ震える新吉が叫んだ。

 食べられているのは、一足先に御囲いの事件のこと(塀が壊れてのろまが大勢逃げ出した旨)を、赤坂の浅野家屋敷に伝えるよう走らせた、郡兵衛の中間・勝助であった。

 少し年かさのこの男には、道中に用心が足りなかったのか、それとも提灯の灯りがのろまの目をいたずらに惹きつけたものか。

 もとよりこの男はすっかり怖気づいていたので、指図する相手を間違えたかなと、いまさら郡兵衛は悔やんだ。

 家来二人は息を呑んで立ち尽くしている。

 郡兵衛には、勝助を食べているほうの、のろまの風体になんとなく見覚えがあった。

 おそらく先刻に、御囲いをふらふらと覗きに来た、あの酔っ払った職人のひとりに違いない。

 あわれ、この男も御囲いを逃げ出したのろまにやられたのだろう。

 そもそも安兵衛たちが中野までわざわざやって来たのは、見回りで足を伸ばした内藤新宿の近辺で、御囲いの中にいるはずの、木札をぶら下げた寝間着ののろまを見つけたからだった。

 職人たちが度胸試しにやってきた時は、彼らも薄暗い森の中で、多くののろまとすれ違っていたはずであろう。

 しかし幸運にもそれに気づかず、無傷で御囲い周辺まで辿り着いていた。

 職人たちは、郡兵衛に声をかけられた際に留まっておりさえすれば、こんな哀れな姿にはなっていなかったかもしれない。

 また、中間勝助も、命を落とさずに済んだかもしれない。

 それにしても、ゆうべのうちに襲われて、たちまちこうして変異してしまうのだから、尋常ではない祟りの強さ、憑依の速さがうかがえる。

 なにより、目の前のありさまは、御囲いを抜けだしたのろまが、すでにここを通過していることを物語っていた。

「しまった…」

 郡兵衛は無念そうにそうつぶやくと、一刀抜く手も見せず職人の頭部を「エイッ」と一喝して、横一文字に切り払った。

 安兵衛が

「あ」

 と、小さく言った。

 眉毛あたりから上の部分が宙を舞い、頭が無くなったのろまが、バタリと勝助におっかぶさるように倒れる。

 横たわる勝助は、真っ赤になった目でこっちを見上げ、燃えてしまってツルばかりになってる提灯の棒を握ってか細く「あーうあーう」と言いながらユラユラと持ち上げている。

 おなかを破られているのに、無表情で平然としているようすは、もはや勝助とは認められない。

 だが郡兵衛の目には

「ドジなことで相済みません」「殺してくださいまし」

 …と言ってるようにかすかに映った。

 郡兵衛は持っている槍の穂先を、勝助の額に定めると

「覚悟いたせよ」

 と、小さく言って頭に突き立てた。

 

 

 

 

 勝助の髷ッ節(まげっぷし)には、託された書状が雑に巻い付けてあった。

 どのような経緯(いきさつ)で、腹を食い破られるにいたったかはわからないが、ともかくこの男はとっさの判断か、なにがあっても大事な書付が血で汚れてはいけないと、ここまで逃げながら、懐から取り出したに違いない。

「暗夜の礫は防ぎがたい。傷つきながらあっぱれのものだ」

 安兵衛が手を合わせる。

「我らが見つけたから良かったようなものを、大切な密書をこの様にさらしおって。不心得者め」

 郡兵衛はそう言って仏を諌めたが、書付を取り上げてから手を合わせるその姿には、深い憐憫の情があふれていた。

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」05はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」07はこちら>●

 

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もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」05

小説

怪異談 忠臣蔵

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(連載5)

 

 三 赤穂浅野家の活躍

 

 幕府が事の収拾に手間取っているさなか、特別な機動力を与えられて、のろまの捕獲や退治を奉書を以って命ぜられたのが、播州赤穂の外様大名・浅野家であった。

 ほぼ各地に広がっていたのろま騒ぎであるが、特に江戸ではほとんどの面積が武家地であり、大名屋敷が広大な敷地を占めていたことから、その対応は大名から動員されたのだ。

 

 天下泰平の元禄の世の中では、腕っ節よりも、勘定方に使える武士が重宝されたこの時代に、太閤秀吉時代から活躍している、武勇を誇る、猛々しい家柄の芸州広島の浅野家。

 大鬼の酒呑童子退治で有名な、源頼光と関係が深い、清和源氏の流れをくんでいた。

 その分家の中でも、とりわけ五万石の大名赤穂浅野は山鹿素行の兵法、軍学を尊んでいる。

 なによりこれまで、江戸府内においては火消し、城警備など幕府の用事を幾度も務めおおせてきた、輝かしく、勇ましい経験と実績があった。

「万事それがしへおまかせを願いたい」

 当主・浅野内匠頭長矩は、胸を張って下知に承知をした。

 外様が持ち回りでかかりを務めたが、品行方正と言われる赤穂浅野の働きぶりは、評判がすこぶる良かったものだった。

 

 しかしある日、内匠頭長矩も、憑依した。

 …と、内匠頭本人はそう思っていた。

 それは内匠頭が直々に、馬に乗って供の者と警ら中のことであった。

 槍持ちが、不意に現れたのろまに食いつかれたのを見て、側にいた家来がその場でのろまを無礼討ちにした。

 ズバッと肩先から斬り込まれたのろまからは、思いの外に大量の血が吹き出し、その家来はまともにそれを喰らい、馬と、馬上の内匠頭にも血しぶきがかかった。

 のろまの血が粘膜にこびりつけば、たちまちに憑依するのである。

 供の家来と周囲のものが、すぐにそばの用水で内匠頭らに水をかぶせ応急処置をしたが、抜き打ちをしたその家来は、憑依を逃れられず、すぐに変化した。

 内匠頭の愛馬も狂った。

 その様子をじかに見て、内匠頭は自分もそのうちに、ようすが変わるのではと心配を極めたのだった。

 それからたびたび、つむりが痛くなったり、腹痛を起こすことがあったが、それが憑依によるものかは不確かだったし、ついに内匠頭は、他者を襲うような乱暴は働かなかった。

 それでも内匠頭は、胎毒のような障りがあるのを恐れ、ついに事情を知らない妻のあぐりとの間には、世継ぎを設けなかった。

 

 憑依の疑惑に内匠頭が心を痛めているのを知っているのは、側用人で小姓頭の片岡源五右衛門をはじめ、当時警らに出ていた、ほんの数名だけである。

 彼らは殿さまと一蓮托生と思っていたので「おいたわしい」と、そばを離れず体調を見守りながら、神仏への祈念を忘れないようにして、警備の仕事を励んでいた。

 

 

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」04はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」06はこちら>●

 

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

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もりい

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」04

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

また、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載4)

 

・治療や祈祷

 いっぽう下知が下った医療畑のものは、こぞって研究を重ねたが、絶望的に成果を見せなかったし、どう祈祷しても離(お)ちない。

 治療については、はじめこそ梅干しと南天が効くなどとされたが、次第に手立てがこみいっていった。

 たとえば「噛み付かれた瘡口から血を吸い出して、童貞の小便で洗い、灸をすえるのがよい」などという療法は、ずいぶんと広まった。

 のろまの正体を妖怪として空想で描き、小便を掛けられて、悶え苦しんでる様子に、治療法を添えて記したかわら版も出た

 しかし、それを鵜呑みにして、血を口にしたものが、たちまち乗り移られたりしたものだから、このやり方はやがて廃れることとなる。

 しまいには「毒をもって毒を制す」という発想や、人肉が妙薬として効くといった、一部の迷信もあったことから、自らのろまの犠牲になって死んだと言われる高僧の、ひからびた内臓のミイラから採取して調剤したと言う、怪しげな奇薬が予防に良いとされ出回ったこともあった。

 が、これも寸分の効き目も無く邪毒にしかならなかった。

 心臓部分の粉末が効くとか、やれ肝臓だ胆嚢だと、健康体の人間に能毒もわきまえず振る舞われたのだから、たまったものではない。

 薬効があると信じられてしまった一時期に、粉末はやたら流通してしまい、どの部位の毒を服用した者も、あまねくのろまに変異してしまった薬違い(くすりたがい)。

 だが注目すべきことに、服毒の場合は、直接に噛まれた時とは症状に差異があった。

 つまり、のろまに似た行動(朦朧としたり噛み付こうとしたり)は見せるものの、意思疎通はぼんやりと出来たり、ときどきは正気に帰ることさえあった。

 また、そんな状態の患者に噛まれた者の憑依も遅い。

 それでも次第に容態が悪くなって、しまいには息を引き取る。

 そして、立派なのろまとしてよみがえることには違いはなかった。

 

・民間の取り組み

 難を避けたいと願う庶民は、そこかしこで禁厭や巫呪(ふしゅう)を行ない、鬼神の怒りを退けようと、あちこちで盛んに祭りや豆まきのような、おにやらいを行った。

 こうしたことに乗じて、どの寺社にも所属しない民間の宗教者、祈祷師、占い師が生まれ、彼らは札などを売ってはインチキなまじないをして、荒稼ぎをしていた。

 

 また、噛まれたにせよ、毒を服用したにせよ、変異した者が現れたら、必ず届け出るお触れがあったが、回復を期待して家の奥に憑依者を隔離しかくまう、「かくれのろま」という愚行も流行した。

 噛まれた部位や歯型=噛み跡の形状を祈祷師などが察して吉凶が占われ「そのうちに変異が解ける」と判断されたのろまは、経過を見るために押入れや奥座敷、長屋などにかくまわれたのである。

 回復の期待のほかに、大名家では「身内の恥」として、外聞や面子を第一に考えることから、広い屋敷の奥に「かくれのろま」をする悪習慣が多く見られた。

 ともかく民間療法が役に立たないと知れ渡るまでは、恐ろしいほど多くの犠牲者が出てしまい、騒ぎが済んでひと安心したところで、また不意にのろまが現れるというのを、繰り返したものだった。

 結果的には、うわさ話には耳を貸さずに、ともかく憑依者はふんじばるのが肝要とされ、それから祈祷師か町方役人を呼ぶという手順が次第に主流となる。

 概してどの憑依者も、鉄球を足かせではめて、引きずってるかのように動作がのろいのが特徴で、彼らをふんじばるのは、野犬を取り捕まえるよりもあるていどやさしかった。

 とはいえ噛み付いてくる連中は、たいがいはおそろしいチカラで相手を捉えては生き血を吸ったり、肉を噛みちぎってムシャムシャと食べてしまうことが多かったから、油断がならない。

 

 

 

 

・派生の態様

 いっぽう、祟りを恐れない者たちもいた。

 不幸にも、真相があいまいな「お化け」として処理されるのろまの扱いは、一部で次第に酷薄なものになっていく。

「どうせ娑婆ふさげだ」

 と、のろまをとっ捕まえては飾り立てたり、ひどいのになると人体改造手術をして、上野や浅草などの見世物小屋で出し物にする、心ない一座があった。

 あろうことか岡場所の場末の裏店には、轡をはめた女ののろまの頭に、頭陀袋をかぶせて、娼婦として羊頭狗肉の商売をしていた輩もあったという。

 また、捕獲したのろまを御用でもない武士たちの、刀剣の試し切りのために売りさばく業者も現れた。

 生き胴を斬ったことのない好奇心旺盛な使い手から、思いのほかの引き合いがあったのである。

 

 いっこうに気の利いた対処法が見つからない中で、街にあふれるのろま騒ぎに関して、業を煮やした担当役人のほとんどは、のろまを捕獲しなかった。

 多くの場合、人目に触れないところへ引きずって行って、先述の高田郡兵衛のように、とぼけ澄まして退治してしまうのだった。

 担当の者はみなそれを「慈悲だ」と思ったものだ。

 ところがのろまと誤認されて、斬り殺される酔っぱらいや、耄碌した老人の犠牲者も後を絶たず、日本開闢以来、もっとも厄介な事件となったのである。

 

 ともかく一撃で確実にのろまの運動にとどめを刺すには唯一、急所を頭とし、霊天蓋に強い衝撃を与えてぶち壊せば、相手の運動を止める効果があるということだけは確かだった。

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」03はこちら

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

忠臣蔵はどないしたんじゃー一いっ!(笑)
次回「赤穂浅野家の活躍」に、ご期待ください。

さて

維新や敗戦から遠い、江戸庶民の同時や倫理道徳の感覚というものはこうしたステージにあったのではないかというのが、著者のイメージでございます。

 

ゾンビへの対処法は、ロメロルールを採用させて頂いております。

なんかこれ、怪奇モノというより、SFなかんじだなーと、思っております。

 

 

もりい

 

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