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小説「怪異談 忠臣蔵」10

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ
※お読みの際には「死霊のえじき」のサウンドトラックをBGMにしてください(53min18s分強経過したあたりからでもいいかも)

 

 

+++++++++++++++++++

 

 

 ふたりが音のするほうに向き直るとまもなく、建物の角から馬に乗って槍を抱えた武士と、お供をして走ってくる六尺棒や天秤棒、さすまたを小脇にかかえて鉢巻をした男衆(おとこし)数名が派手に飛び出してきた。

 火の付いた松明を持っているものも何人かいる。
「こっちにウヨウヨいやがったーっ!」
 相当数をこなしてきているのか、息は多少切らしてはいるが、捕り方たちは手際よく器用に棒を扱って、のろまをひっくり返させていた。
 のろまは松明の火におののいているようで、それが付け入る隙となっている。
 大立ち回りとなった四ツ辻は、とたんににぎやかになった。
 馬上の男がふたりの装束を見て、すぐに素性を心得、手綱を掻い繰りながら声をかけてきた。
「おおっ赤穂浅野家の方とお見受けいたすっ。これは心強い。拙者ことは、内藤家物頭、磯部又五郎ともうします。馬上より御免こうむります。お怪我は!?」
「大事ござらん。拙者は播州赤穂浅野家家来、堀部安兵衛と申しまするもの。今しがた、たまたま宿場に参り、このありさまに驚いております。これから加勢も来ましょうほどに。まずは仔細をお聞かせくだされっ」
 さて、未明に大量ののろまがこの宿場を襲ったようで、一時は騒動になったが、みな閉じまりをして家内に引きこもり、自警団のようなものがすぐに結成されたという。
 ほどなく代官所からも応援が駆けつけると、お互いが助けあってひとりずつ患者の捕縛を頑張っていたが、要領を得ず、取り捕まえてるそばから噛まれるものがいたり、祟りを怖がって及び腰になるものがいて、その者もまた襲われ、といった具合でいっこうに、はかがいかなかった。
 そうして、みるみるとのろまがあちこちに増えていったのだという。
 のろまの群れは、楯突くように襲い掛かってくる手合と、火の手や捕り物から逃れるようにウロウロするものとに別れたらしい。
 安兵衛たちが出会ったのは、火に追い立てられてきた後者のようである。
 郡兵衛は、馬上の男とやりとりをする安兵衛の様子をうかがいながら、事情を聞くより、退治をすればいいのにと苛立ちながら、寄ってくるのろまを蹴倒し続ける。
 いっぽうで、周囲ではもうのろまをていねいに捕縛しようとしているものは、ほとんどいなかった。
 中でも捕り方に混じってのろまに向かってなにやら「くたばりぞこない!」「ここまでおいで甘酒進上!」などと口汚くののしり遮二無二片っ端から薪雑把で張り倒し、頭を叩き割って回っている、乱暴な連中が目立っていた。
 宿場の侠客や、ならずものが意外な奮闘を見せているのだ。
 のろまよりも、とりつかれていない連中のほうが、よっぽど異常に見える。
「無法な奴があるものだ。これ!手荒な真似をいたすな!かならず蹴って倒すのだ。」
 誰も安兵衛の呼びかけに従わない。
 引きつった笑顔でカラカラと笑いながら
「冗談言っちゃいけねえやっ」
「まっぴら御免をこうむりやすぜお役人様。こっちだって生命が惜しいや!」
 見るからに悪相の、端折った尻に彫り物のある男は、一人ののろまの背後に回ると、そののろまの懐に手を突っ込んで、胴巻きのようなものを引っ張りだし、中身を簡単に数えてそれを自分の懐に入れると
「チェッいつもシケていやがるっ。ええい、くたばれ喜三郎!仕方がねえや!おめえに貸した一両二分は負けといてやらあ!」
 そう怒鳴りたて、力任せに友達?の頭を薪雑把で張り飛ばした。
 現場の雰囲気に飲まれたのか、郡兵衛の鼻息はいっそう荒くなっている。
「やるぞっ!いいなっ!」
 そう安兵衛に言うと返事を待たずに
「やっ」
 と叫んで一番近くののろまに向かって槍を突き出した。
 安兵衛も、もはや進退ここに極まったと気合が変わり、「エエままよ」かくなるうえはと、赤鞘から腰の長刀をギラリと引き抜いた。
 さて、「やる」と決めれば堀内流の達人のこの男、腕に狂いが無い。
 前後左右から襲いかかってくるのを真っ向ナシ割り唐竹割り、袈裟斬り、胴切り、車切り。
 当たるを幸いバッタバッタと斬り倒し、あっという間にのろまたちは、安兵衛の刀の錆となった…かに、見えたが、安兵衛に倒された者達は足や腰を折られて、立てなくはなっているものの、皆地べたに這いつくばってうごめいている。
 安兵衛はあくまで、自分の手では始末しなかった。
 刃を返してみな峰打ちにしたのだ。
 周囲の大騒ぎも聞こえないかのように関せず、とにかく当人の帯や腰紐、そこいらへんの長いもので、倒した連中をご丁寧に縛って回った。




 
 乱闘大騒ぎの中、すっかり興奮して次の相手を!と見回す郡兵衛の目に見覚えのある顔が飛び込んできた。
 先ほどの茶店の娘である。
 口の周りを血だらけにして、相変わらず死んだサカナのような顔つきで、こちらにフラフラとやってくる。
 「むすめっ…」
 声をかけてみるが応えは無く、たどたどしい足取りでどんどんと近寄ってくる。
 郡兵衛は躊躇して娘に槍を振るわない。
 ここはまた縄で縛って両親のもとへ戻すか?などと、柄にもなく考えてしまった。
 腰に手をやると、すでに縄は切れていた。
 そのうちに娘は目の前まで迫って、急に形相を般若のように変えると、郡兵衛にすごい力で掴みかかってきた。
「あぶない!」
 そこへタスキがけ尻端折りで、五分月代の浪人風の男が割って入り、娘を引き離すと一刀のもとにその細首を切り飛ばした。
 我に返る郡兵衛
「はっ、お見事」
「なんの」
 言いながら男は手際よく、落ちた娘の脳天に切っ先を立てていた。
 娘の頭部(こうべ)は、大人しそうな、やすらかな死に顔になっている。
「南無阿弥陀仏。さあこんどはおれを斬ってくれ…」
「えっ?」
 自分を助けた見知らぬ男は、刀を鞘に収めると、腰から抜いて脇に置き、出し抜けにとんでもないことを言い出した。
 郡兵衛に背を向けて両膝をつき、襟を引っ張り、差し伸ばした首に手刀で斬る素振りをしてみせる。
 よく見ればこの男、顔色が悪く、額に脂汗がビッシリと湧いている。
「なんと?」
「それがし、元・薩州は島津の家来、下坂十太夫ともうします。仔細あって、浪人を、しておりますが…」
 息が上がって少しうつろになっているその浪人、下坂とやら言う男が、左手に当てた血だらけの鼻紙を取りさると、痛々しく手のひらの小指球が食いちぎられていた。
「これまででござる。さっ、願おう」
 浪人はあらためて 頭を前へつきだした。
「残された子どもたち、子どもたちをどうかお願い致します。小雪と、正太郎と申します。この先の旅籠…武蔵屋におりまする」
 そう言ったつもりだったが、ほとんどろれつが回らなくなっている。
「なんと申した!?子供がなんといたしたのじゃ!」
「はや…く…」
 と言いながら、郡兵衛を見る男の両眼はもう、血走ってきていた。
 身体もブルブルと震えだしている。
 郡兵衛はまたひるんだ。
 こんどの相手は命の恩人である。
「ええい!しっかりいたせ!」
 男の肩を掴み、揺さぶりながら、声をかけるが手遅れなのはわかっている。
 しかしこの男は「まだ」人間なのだ。
 浪人は首を左右に振って、イヤイヤをするそぶりをみせると、突然に郡兵衛の腕に掴みかかり食い付こうとした。
 郡兵衛ははっとして一歩下がると、思わずそのまま袈裟懸けに切り倒した。
「ウッ!…かたじけない…」
 なんと手遅れにならないうちに「まだ人間」の浪人は、自分を斬らせるためにわざと、郡兵衛に襲いかかったのだ。
「しまった!おい!こどもがどうしたのじゃ!」
 喧騒の中で立ち尽くした郡兵衛だったが、吹き出す血潮にまみれながらすでに物を言わなくなった男を見とると、「戻ってこないように」無念な心持ちで、とどめを刺した。
 
 宿場に応援が駆けつけたのは、安兵衛たちの到着から一時ほど経ってからだった。
 その時にはすでにもう、宿場をうろつくのろまはほとんどいなくなっており、通りは屍山血河の修羅場と化していた。
 心配の火事のほうも、数件焼けたところで、シトシトと降ってきた小雨の恵みも幸いして、奇跡的に鎮火に及んだ。
 火事の何件かは、のろまが侠客たちに、着ている着物に火をつけられ、そのまま燃える身体でうろついたのが原因だったという。
 
 遠くから時折鉄砲を撃つ音がする中、郡兵衛はひとり、今朝立ち寄った茶店に戻って中を覗いてみた。
 薄暗い屋内で、梁からぶらさがった縄(おそらく娘をくくりつけていた)に親父が首をくくっている。
 親父の目は赤く、ぱっちりと開いてこっちを見ている。

 そばには血だらけの鎌とともに、娘の母親の死骸が横たわっていた。
 あれからなにがあったのだろう。
 あれほど「取るな」と言った娘の猿轡を外してしまい、娘は早速両親を襲ったのか。
 狼狽した親父は郡兵衛を頼って、娘の手を取り、表に連れだそうとして、これもまた噛まれ、逃げられた。
 フラフラ出て行く娘を絶望の中で見送ると、ともかく女房を送ってやったあとで、自分も首をくくって死のうとして、死にきれなかった…と、そんなところだろうか。
 親父は郡兵衛に気づくと、おねだりするように腕を動かし、そのたびにぶら下がった体が振り子のように揺れた。
「まだふたりに追いつくだろう。成仏いたせよ。」
 郡兵衛は、屋内に入り、親父の額に槍の切っ先を当てた。
 郡兵衛は騒動のあった四辻に引き返し、家に返してやろうと娘の亡骸を探したが、もう見つからなかった。
 収穫した大根のように重ねて、大八車で運ばれるのろまの遺体(中には動いているのもいる)を見ながら、郡兵衛は途方に暮れるのだった。
「斬り倒したこの連中のいずれにも、親兄弟親戚、知己があったであろうに」
 安兵衛はそう言うと、屠蘇酒の入った升を、ひとくちグイとやって、郡兵衛に渡そうとする。
 これまで活躍の無かった、中間の新吉がどこかからもらってきた酒だ。
「情け容赦が足らなんだかな…」
 郡兵衛は、酒を受け取らずにそう言うと、大八車に手を合わせ、唱名念仏を唱えた。
 少し胸が悪くなっていた。
 
 この宿場の一件は完全な鎮圧や検死、検分に一昼夜かかったものだった。

 

◯<いっと最初はこちら。

++++++++++++++++++++

〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

じつはこのあとに、先に使いに走らせた手下の善三郎のいきさつが用意されておりましたが、次回はそれをカットいたします。

新宿から逃げてくる人に混じりながら、善三郎が千駄ヶ谷あたりまで来たところで江戸城警備から駆けつけた鉄砲隊と出くわします。(彼らの詰め所が内藤新宿にある)

そこで、鉄砲隊と仲良くしている、米沢の三十匁もある鉄砲を軽々と担いだ、清水一学が登場する。…はずでした。
本文にある鉄砲の音は、そこと連動するのです。
早く忠臣蔵的な展開に戻したいと思い、そのシークエンスをカットするものであります。
 

というわけで、いよいよ次回

刃傷!松之大廊下
ご期待ください!
更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

どうぞごひいきに!

 

p.s.

通りかかった渋谷の映画館で、あたしがゾンビ好きになるキッカケの1978年の「ゾンビ」やってましたよ。

どういう風の吹き回しなのか。
日本オリジナル版を作った?みたいな記事を読んだけど、ソレかなぁ。


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」09

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載9)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ
※お読みの際には「死霊のえじき」のサウンドトラックをBGMにしてください(49min52s分経過したあたりからでもいいかも)
 

 

(連載9)

 

「だんなさまっ!おっお出ましだぁ!」

 外で待っていた中間の新吉が、突棒を取りすがるように抱え込んで、真っ青になってオタオタしている。

 どういうきっかけなのか、誰もいなかった通りの奥のほうから、ワラワラと五〜六人がこっちへ向かってきている。

 旅籠の戸板を填めていた安兵衛は、パンパンと両手を打って塵を払うと、

「出た出た…ひい、ふう、み…」

 と、のろまをひとりずつ指さして数えてから、手際よくたすきを十字に綾取った。

 のろまと見える連中はいずれも町人風で、御囲いから逃げ出した寝巻き姿の者はいない。

「代が変わったな…」

 そう言いながら郡兵衛が茶店から出ると、うしろで戸がピシャリと閉まり、ゴトゴトと心張り棒をかける音がする。

「門口をよく締めておけ!」

 郡兵衛は念を押してそう言うと、シコロにある面頬(口当て)をした。

 飛び血が顔にかからないようにしているところを見ると、郡兵衛はまた、斬る気満々だな?と気にかけながら、安兵衛はのろまを睨みつけた。

 安兵衛と郡兵衛はどちらともなく、その五人に向かって歩き始める。新吉が続く。

 あちこちから聞こえていた複数の念仏や題目、団扇太鼓の音がいっそう大きくなる。

 ドンドコドンドンドンドン

 ドンドコドンドンドンドン

「そこの宿屋はいかがした」

「え?ああ駄目だ駄目だ。店先で三人、奥でふたりばかり縛ってきた。あそこばかりに手間取ってもおられんので、あとを締めてまいった」

 と言う安兵衛の話を、聞いていたのかいなかったのか、郡兵衛は最初に襲いかかってきた町人風ののろまに、自分のほうからも早足で歩み寄っていき、横面に激しくビンタを見舞って相手を張り倒すと、脳天を槍の柄でしたたか殴る。

 安兵衛は捕縄を出して「これこれ」と指し示した。

 チラと見やったが、応えない郡兵衛。

 黙ってのろまの足首だけ縛る。

 のろまは、ばかになって結び目をほどくことはできないので、事はこれで足りるのだ。

 今後を考えて、縄を節約する心得もあった。

「新吉、物陰に注意しろよっ」

「へっ…へえ」

「このようすだと、宿場の者は御囲いののろまとは、ずいぶんやりあっているな…」

「類焼も厄介だ。さっき誰かが言っておったが、火の手がだいぶん近いらしい。火が回ってはこの宿場ひとたまりもないぞ」

「風が無いのが勿怪の幸い。そういえばお前は、江戸の大火の時はおらなんだな」

「そのころは未だ浪人しておったよ」

 ゆとりを装ってやりとりをしているふたりであったが、その目はかしげた首に出刃包丁をぶっ刺した、血みどろのでっぷりした飯盛女風ののろまに釘付けであった。

 脳天をやっつけなければ、急所をやられても、のろまは平気の平左で動いている。

 女が両手を伸ばして「うわ」とこっちに掴みかかってくる。

 こいつをヒラリと体を開いて、落ち着いて尻を蹴り倒す安兵衛。

 縄を節約し短く切って脚だけしっかり縛って、やはりこれも倒したままでおいている。

 そうこうしている間にも、こちらの路地、あちらの横丁といったところから、別ののろまが現れてはふらふら寄ってくる。

 

 

 

 

「ウーム。街で一度にこんな多くののろまを見たのは初めてだ。とても縄が足りんわい」

「で、あろう。これじゃあ手数(てかず)ばかりかかって仕方がない。斬って捨ておいたほうが良いのではないか」

 いつのまにか近寄ってきていた、前掛け姿の、目にかつお節が一節刺さったのろまが、安兵衛の鼻先まで躍りかかってきていた。

「うわっ」

 郡兵衛が咄嗟に、槍の石づきでかつお節男のからだを押し戻すと、男はその槍の柄を両手でグッと掴んだ。

「ええい。離せっ」

 槍を前後させるが、のろまが槍の動きに合わせて頭をグラグラさせながらそれでも離そうとしない。

「小癪なっ!離せ、と言うに!」

 グッと軒の柱にカラダを押し付けられても、黙って槍を掴んで赤い片目をこっちに向けている。

 郡兵衛は槍を掴まれたのも癪に障ったし、のろまの口からだらりとだらしなく伸びた舌の先から垂れる、血の混ざったよだれが、槍の柄に尽くのが面白くなかった。

 のろまの背後に回った安兵衛が、手際よく男の兵児帯を脱って首を柱にくくった。

「ううむ。やたらに出て来おるなっ。これはどういうわけだ」

 そう言ってるそばからひとり、またひとりと虫が湧くようにのろまが這い出してくる。

「なんだ?俺たちを喰らいに集まってきているのか?」

 ふたりにも次第に、ゆとりがなくなってきている。

「新吉っ。お前、その火の見に上がっていろ。郡兵衛ッ、とにかく出来るところまで、此奴らふんじばるのだっ」

 新吉は現場放棄するのを一瞬躊躇したが、済まなそうに「御免なすって」と会釈をすると、突棒を足もとに放り出してヒョイヒョイと火の見櫓を登っていった。

 新吉は地べたでは足手まといでも、せめて高いところからあれこれ安兵衛たちにいろいろと案内できるかと思った。

 しかし、櫓の上は遠くを見渡せて火元の所在はわかっても、眼下はおもいのほか周囲の屋根に視界を阻まれて、少しも出る幕がなかった。

 今はただ、間違ってものろまがこっちまで登ってこないよう、そればかりを祈っている。

 

 ええい、ええいと近寄ってくるのろまたちを順に蹴り倒すふたり。

 一度倒れれば、そう簡単には起きてはこないが、数が数だけにあとから出てきたのろまを蹴り倒しているうちに、前ののろまが起き上がって襲ってくるという具合である。

 倒れたのろまを、顔と言わず尻と言わずおかまいなしに踏んづけながら、そこそこの速さの動作でふたりのほうへやってくる者もいる。

 そうかと思うと近くの格子戸が不意に外れて、バラバラと複数ののろまが雪崩出てきたりして、また数が増え、これまた始末に悪い。

 一度に襲ってこられると、いくら緩慢な相手でも油断がならない。

 とてもひとりずつ結いているいとまがなくなってきた。

 倒れてるものや襲ってくるもの、うろついているものも含めて、いつの間にか安兵衛たちは、四十ほどののろまに囲まれている。

 周囲の家々から聞こえる念仏の声の数は増え、いっそう大きくなっている。

 ドーン、チャーン、ドーン、チャーン

 ドーン、チャーン、ドーン、チャーン

 なーむあーみだーぶ

 なーむあーみだーぶ

 ドンドコドンドンドンドン!

 ドンドコドンドンドンドン!

 怨敵退散!怨敵退散!

 七里結界!七里結界!

「安兵衛っ!これは、もう…」

 と、郡兵衛がそう言ってピタッと心のくらいに槍を取って構えた時、蹄の音といななき、威勢のよい声とバタバタという複数の足音が近寄ってきた。

 ふたりが音のするほうに向き直るとまもなく、建物の角から馬に乗って槍を抱えた武士と、お供をして走ってくる六尺棒や天秤棒、さすまたを小脇にかかえて鉢巻をした男衆(おとこし)数名が派手に飛び出してきた。

 火の付いた松明を持っているものも何人かいる。

「こっちにウヨウヨいやがったーっ!」

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」08はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」10はこちら>●

 

 

◯<いっと最初はこちら。

++++++++++++++++++++

〜解説〜

 

ものがたりはいよいよここからが面白くなるわけでございますが!

なんとなんと!

お時間がいっぱいいっぱいでございます。

(なんつって)

 

空前のパロディ小説。

郡兵衛は口当てをしているっていうのに挿絵でそう描いてない。てへ!

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

え〜。

もう少しだけご辛抱いただきますと、「忠臣蔵」になってまいりますゆえ!

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」08

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ
※お読みの際には「ゾンビ」のサウンドトラックをBGMにしていただくと、良いかもしれません。
 

 

(連載8)


 一軒だけ、玄関口を開けっぱなしにしている、大きな旅籠の前に通りかかった。
 表にまで、桶だの帳面だの、位牌まで放り出されていることから、これがあんのんとした事情で、開けっ放しなのではないことが、うかがい知れる。
 表間口は二間ほど。
 安兵衛が注意深く中を覗きこんでみる。郡兵衛が続く。
 広い前土間から通り庭には、外れた障子や表具、膳や茶碗などが散乱して奥へ続いている。
 そして、足もとと言わず壁と言わず、そこいら中に、まき散らしたような血糊が真新しい。
 さきほど安兵衛たちの呼びかけに、宿場の者が返答しなかったのは「いまさらなにを」と呆気にとられていたのか。
 人がほうぼうから集まる各宿場には、特に憑依者の出没の危険が考えられたため、中野も近いこともあって、幕府も内藤新宿の宿場には、いっそう重たく注意を喚起していた。
 しかし、なにぶん肝心な御囲いの正体が機密であったためか、警戒心が行き届いていなかったのかもしれない。
 またひところよりも、のろまの噂自体も、下火になっていたのも事実である。
 なにより、この宿場事態の歴史が浅く、ほんの数年前に開設されたばかりなので、いろいろ連絡も悪かった。
 そしてこの宿も完全に油断していたようだ。
 玄関にかかり
「御免ッ!頼むッ!」
 と声をかける安兵衛。
 しばらく薄暗い屋内を睨んでいたが、人気配を感じない閴寂閑(ひっそりかん)。
「誰もおらぬか」
 と、身を引こうとしたその時、人かネズミか、どこからかゴソゴソ、カサカサと音がし始める。
 それまで気付かなかったが、結界格子(帳場格子)の向こうに、生きた人間では考えられない恰好で(身体が腰のあたりから、ちょうなのように、不自然に曲がっている)ぶっ倒れていた、血みどろの同心が這いずって出てきた。
 返り血なのか、どこかを怪我をしているのかは、もうわからないほどに全身が血潮でビショビショである。
 もうひとり、中央の二階へ通じる階段の下から、その者の手下なのか店の者なのか、中年の小男が、これまた血だらけの顔(どうやら鼻が無い)をのぞかせると、おぼつかない足取りで安兵衛の方へ近寄ってくる。
 ふたりとも動き出すまで、道具と同化して、すっかり気配がなかった。
 そのようすは、どちらもすでに化けてしまって手遅れである。
 歩行がままならない同心のほうは、柱にしがみついて立ち上がろうとしている。
 その手はブルブルと異様に震えていた。
 よく見るとこの男、どうやら右の膝から下が、無い。
 中身がどこかに行って鞘ばかりになってしまった腰のものが、からげた下げ緒にぶら下がって、それが柱にあたっては、カランカランと音をたてている。
 ふたりともビックリしたような、あくびの途中のような不気味な顔つきのまま、安兵衛たちを睨みつけている。
「これは、何事である」
 安兵衛は重ねて声をかけてみるが、やはり返事は無い。
 同心は血だらけの手をヌルリと滑らせてよろけると、そのままそこら辺の道具をひっつかんだまま、ガシャンガラガラと大きな音を立ててまた倒れた。
「ぎゃああ!」
 通りを挟んで、向かい側からけたたましい叫び声がした。
 郡兵衛は安兵衛に目配せをすると、絶叫の出処と思しき小屋へ踵を返す。
 宿の安兵衛のほうは、ゆっくり屋内に進み入っていき、自分に向かってくる小男のほうを袈裟懸けに打ち据えようと槍を振り上げた。
 その時、この小男が同心のものと思われるちぎれた脚を「持っている」のが目に入って「あッ」と少しくのぼせたか、不眠の疲れが出たのか、そこいらへんに置いてあった何かに槍をぶつけてひっくり返し、大きな音を立てた。
 そもそも慣れてない七尺の槍ではあるが、使うのに屋内では具合がわるいことぐらい承知して、じゅうぶん周囲と間合いをとったつもりだった。
 が、ほんの一瞬の動揺に気が引っ張られて逸(はや)まり、まさかの失敗。
「ん」
 その隙を突いて、中年小男が安兵衛の左の二の腕に「あああううっ」と食らいついてきた。
 これがなかなかのチカラでくわえこんでいる。
 が、着物の下には鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいるので大事なく、安兵衛は恐れる気色もなく、相手に自分を噛ませたまま槍を小脇にかかえ
「チョコザイ千万な…」
 と、うっとおしそうに小さくつぶやくと、腰の大刀から手際よく小柄を抜いて、中年小男の耳の手前あたり(の、むきだし)の骨を突いて、鍵を開けるようにガリゴリと激しくかき回した。
 「メキッ」と音がすると、顎が外れたと見えて、噛んでいるチカラがゆるんだ。
 落ち着いて小柄の血を男の着物で拭うと、もとに収め、中年小男の髻をムンズと引っ掴んで、ちからいっぱい土間へ放り投げる。
 そこへようやくズルリッズルリと、同心が足元までやってきた。
 油断とは言え、むざむざ腕を噛まれて面目玉をすっかり踏みつぶされた安兵衛は、少し癇が高ぶっていたが、呼吸をいったん整えて気を落ち着かせると、槍をそばに立てかけて、倒れている二人の手と足を手際よく縛り上げた。 
 地中から引っ張りだされたミミズのように、ふたつの体がグリングリンと、土間でのたうち回って暴れる。
 暴れるたびに、どこからか血が吹き出しては、血が土間を汚していった。
 一段落と思う間もなく、奥の座敷につながる引き戸に寄りかかって、真っ赤な目をした新造が、いつからそこにいたのか、安兵衛のほうを見ながら、だらしなく突っ立っている。
 上目遣いだが、毛ほどの色気は無く、ただただ不気味。
 耳のあたりを食いちぎられて、せっかくの晴れ着が血で染まっている。
 不意にこちらへ来ようとしたが、足をもつれさせ、そのままドダーンと正面からまともに転んで、顔面を火鉢にしたたかにぶつけ、鼻からダラダラと滝のように血を出しながらゆっくりと顔を上げて、またこっちを見ている。
「ここはもう、駄目だな…」
 役人が入っていながら、また、若い住民までが逃げ遅れてこの有り様では、よっぽどの急襲にあったことが想像され、きっとこの宿の奥には、さらなる惨劇が展開されてるのかも、と思い巡らせると、安兵衛はゲンナリした。
 宿場の被害は思っていたより、でかい。




 
 民家に入った郡兵衛のほうは、首から木札を下げたのろまの襟髪をつかんで、ズルズル引きずりながら表に出てきた。
 のろまは、口元を血だらけにしながら、なにやら間抜けにモグモグやっている。
 郡兵衛はどぶ板を蹴散らすと、七寸ほどの溝にのろまを頭から叩き込んで、肩のあたりを踏んでグイグイとどぶの中に押し込み、身動きを取れなくしてから、再び屋内に入っていく。
 この男には、すっかりのろまになっている者に対して、まるで遠慮というものがなかった。
 家の中は商売道具やら食器やらがひっくりかえって、シッチャカメッチャカになっている。
 表の木戸を閉めきっていたので、はじめわからなかったが、建前や散乱している道具を見ると、茶店のようである。
「俺は赤穂浅野家のものだ。噛まれたものはその娘だけかっ」
 薄暗い家の隅で、家族らしい3人が固まってぶるぶる震えている。
 とっくに変化した十ばかりの娘が、周囲に襲いかかろうとしているが、母親がその頭をしっかりと力任せに抱きしめて、噛ませまいとしている。
「おおよしよし。わかったわかった」
 と、泣きはらした顔で、声をかけていた。
 郡兵衛は
「気の毒だが、こうしておいたほうがよい」
 そう言うと、抱えられてる上から娘に轡をはめ、母親からむしりとるように引き離し、そばの柱のほうへと引きずっていくと、持っていた縄でグルグルと縛り上げた。
 母親は、顔をくしゃくしゃにしたほえづらで「ああ」と嗚咽しながら、すがるように娘のほうに手を伸ばし、親父のほうは悲しみとも驚きともつかない顔で、あれよあれよという間に縛り上げられるわが子の様子を黙って見守っている。
 柱に括りつけられて身動きがとれなくなった娘は、猿轡を外したがっているのか、首を激しく振っている。
 犬の耳にノミでも入って、首を振っているようすに似ていた。
「不憫だが、医者が来るまでこれをほどいてはならん」
 医者、と言ったのは、いささかでも家族に希望をもたせる、せめてもの方便であった。
 情け容赦無い郡兵衛にしては、精いっぱいの配慮。
 それから奥を覗き、開いていた裏木戸を締めて戻ってくると
「あらましを申せ」
 と、顎でしゃくって外のほうを指し示した。
「へ?」
「宿場になにがあったのだ」
「あ…ゆうべ「のろまが出た」てんで、どっからか声があがって。でも外の様子をうかがっても、どうということも無さそうで」
「それで用心しなかったのか」
「そんなことちょくちょくあるもんで、慣れっこだったんでがす。誰かがすぐやっつけちまうもんで」
「それで」
「するとどんどん騒ぎが大きくなってって、なんだかいつもと違うなとは思ってやした」
「いつだってぼんやりしてるんだよっ。この人はっ!」
 女房が金切り声をあげた。
「なにしろ真ン前のお宿も慌ててなかったもんで…。半鐘が聞こえてきたんで、とにかく店はなんとなく閉めまして」
「あたしゃさんざん戸締まりのことを言ったんですよっ!」
「起きやがれ。裏はおめえが締めたとそう言ったじゃねえか」
「言わないよ!」
「…すまねえ…」
「ああ。それでどうしたのだ」
「あっしがハバカリから戻ると、さっきのが店にいて…襲いかかってきたんです…」
 母親が縛られた娘に擦り寄って、頭を撫でる。
 娘の目付きは、もはや親を見る眼差しではない。
 郡兵衛は、食べごろをとうに過ぎた、死んだ鯉の目玉を思い起こしていた。
 それでも母親は泣き声で
「どうか娘のために、まじないをしては下さいませんか。あたしはどうなっても…」
 ここで郡兵衛は初めて、母親が手に手ぬぐいを巻いているのがわかった。
 ドブに封じ込めたのろまに食いつかれて叫んだのは、母親のほうだったようだ。
 二度にわたって戸締まりをうっかりした親父のドジで、一家は途方も無い不幸に見舞われた。
 母親もそう長くはないだろう。

 


 

 

「だんなさまっ!おっお出ましだぁ!」

 外で待っていた中間の新吉が、突棒を取りすがるように抱え込み、真っ青になってオタオタしている。

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」07はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」09はこちら>●

 



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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

23日は著者のお誕生日ということで、「餅まき」気分でボリュウミーにいたしましてございます。

安兵衛と郡兵衛のバディは、映画「ゾンビ」('78)の、ロジャーと、ピーターでございます。

お読みの際にはサウンドトラックをBGMにしていただくと、良いかもしれません。
お聴きの曲は、ダリオ・アルジェントじゃないほう版でございます。
そして、未掲載(ボツにした)挿絵がこちら。
更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」07

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載7)

 赤穂浅野家家来の高田郡兵衛(たかだぐんべえ)は、二百石十五人扶持の槍術の名人で、子供の頃から、竹槍で雀や川の魚を突くという妙技を持っており、若いうちから宝蔵院流の槍の師匠のところへ弟子入りし、めきめきと腕前を上げたのだった。

 異名を「槍の郡兵衛」。

 積極的でまことに頭が切れる男だが、短慮が玉に瑕。

 活発な者はとかく粗暴に流れたがるもので、仲間からよく心配をされた。

 父の代から浅野家に仕えているが、年頃も背格好も似ている新参の安兵衛とは、たいそううまがあった。

 御用に槍を使うようになったのは、のろまと距離をおけるからで、これは高田郡兵衛からの提案である。

 

 もうひとりの武士は名を堀部安兵衛(ほりべやすべえ)と言い、越後の生まれだが浪人し、武芸の修行のために江戸に出てきて、数年前に高田馬場で、義理の伯父の決闘の助太刀をして、ひとりで相手を十八人も斬り倒した豪傑であった。

 元禄の世にあって、珍しく勇ましい侍であり、おかげで江戸では、ちょっとした評判になった有名人でもある。

 そもそもはおっちょこちょいで、気随気ままな大酒飲みであるが、仕官してからはそれを自分で諌めるために、努めて身を慎み、すべてを控えめにしようとこころがけている。

 元来、無欲であるにもかかわらず、そのくせ他人から羨まれるほどに、なにかと評判が立つ男であるが、お世辞にも「運が良い」とは言いがたい。

 神仏に好かれているのか、試されでもされているのか、不思議な難題と良縁がつねに入れ替りにやってくる。

 高田馬場の一件は災難であったが、それがきっかけで、いまの主君に二百石の馬廻り役で召し抱えられたし、良縁にも恵まれ所帯を持っている。

 しかしそれがまた…

 これから彼らに振りかかる災厄は追って話すとして、ともあれ安兵衛は生来肝が太く、腹もできているところに武芸が備わって、その上明るい性格で洒洒磊落としている。

 このふたりはなんの因果か気が合った。

 

 

 

 

 さて安兵衛は矢立を取り出すと、ようやく明けてきたのを頼りにして、懐紙に

「右の者、餓鬼患者につき、かくのごとく斬首そうろう事、

 死骸の儀はよろしくお取り捨てくださるべくそうろう。

 尚、役割をしているもの以外 決してさわるべからず

 赤穂浅野家 堀部安兵衛」

 そう書いてそれぞれ二遺体の帯に、文字が見えるように挟んで、松の根方へ寄りかからせた。

 亡骸には、言付けを書き添える…。

 この一晩中、彼らがやってきた作業である。  

 郡兵衛は斬られて飛んでいった職人の「額」部分を、遺体の側まで折れ枝でコロンコロンと転がしてきた。

「あーばよ。きーばよ…。か」

「また、斬ったな。」

 と、安兵衛が諫めるように言う。

「うむ。のざらしにしておけば町方が来る前に、タヌキかカラスの餌食だな」

「そういうことを言っておるのではない」

 安兵衛は死んだ勝助の代わりを、自分の家来に託した。

 書付を渡しながら

「善三郎。大儀ですまんが、できるだけ宿場中央を避けて江戸まで走れ。この書状を持って、御囲いのことを赤坂の下屋敷に知らせ、助勢をできるだけ大勢たのむのだっ」

「へい」

「道すがらのろまがいて、それがたとえお前の見知った顔でもけっして構うなよっ」

「おまかせください。委細、心得ましてございますっ」

 はじめから自分にいいつけてほしいと思っていた善三郎は、死んだ郡兵衛の小物よりも十ばかり若かった。

 健脚を自慢にしており、待ってましたとばかりに書類を受け取ると、猿(ましら)のように、すばしこく飛び跳ねながら、揚々と坂を駆け下りていく。

 のろまと言われるだけに、緩慢な憑依者たちは、敏捷な人間を捉えることはできない。

 安兵衛は頼もしく思って、背中を見送った。

 

 

 宿場は、東西に走る大きな通りに面して、何十軒と宿屋が並んでいるが、どこもピタリと木戸を閉めきっている。

 道には人っ子一人いないが、あちこちにてんてんと、死骸が転がっていた。

 どの亡骸も御囲いの寝間着姿だ。

 そこかしこから念仏や銅鑼、太鼓や鉦の音、赤ん坊の鳴き声などが聞こえてくる。

 そこにフワフワと、ときどき煙が漂い、三人を包むのだが、それが悪い夢でも見ているような、前日に通りかかった時とは、同じ宿場とは明らかに違う、この世のものとは思えない異様な光景だった。

 安兵衛も郡兵衛も息を呑んだ。

 

 宿場の一番手前の、うすぐらい木戸番小屋を覗くと、もぬけの殻。

 安兵衛は、土間に放り出された突棒を拾い上げると、中間の新吉に黙って渡した。

「え」

 という顔で新吉は、安兵衛の顔を見たが、特別な言葉はかけてくれない。

 新吉は生きている心地がしなかった。

 安兵衛は宿場に漂う殺気をうかがいながら、あらためて表に出てあたりを睨みつけている。

 風とともに流れて向かってくる煙が幕となって、ときどき視界を遮り、寝不足の目に染みる。

「内藤家の屋敷はここをまっすぐだ」

 安兵衛は、こんな大事になるのなら、はじめに通りかかった際に、役場なり内藤家に、注意を促しておけばよかったと悔やんだ。

 しかし、明らかに御囲いから抜けだしたと見えるのろまが、遠目に何人も見えたので、それを宿場に近づけまいと気が急いたのと、なによりこの宿場とて、町方や宿役人がいて丸腰でもあるまいと、その時は判断したのだった。

 三人はなんとなく、宿場の奥の方へ向かって歩き出す。

 通りかかった町屋の表窓の格子ごしに、中から安兵衛たちに声をかける者がある。

「旦那がた!火の手は二丁場ばかり先に行ったところでございます!」

 ふたりの風体が、火事装束に見えることから、火の手の報告をしてくるものがいる。

「まかせておけ。みな家を出てはならんぞ!」

「取り憑きものがいるところを申せ!見たものはおらんのかっ!」

 どこからも返事がない。

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」06はこちら

小説「怪異談忠臣蔵」08はこちら>●

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

「槍の郡兵衛」だっつってんのに、前の回で、大刀振り回しております。

あしからず。(*´ω`*)

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

どうぞごひいきに!

 

 

もりい

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とよおか忠臣蔵(3)
ノベル版・講演
「勝手な夫とシングルマザー
〜大石りくという生き方〜」


 大石りくさんの生まれ故郷、兵庫県・豊岡。
 おじゃまいたしました!!
 令和元年。10月のことでございます。




▲豊岡コミュニティセンターにて。


 残念ながら、諸事情で、毎年やっていた「りくまつり」が、一昨年をかぎりに終わってしまったそのあとも、地域ではりくさんを語り継ごうとイベントを続けています。
 新たなスタイルを模索して去年からスタートいたしましたのが、子育てグループや商店街、図書館等にも呼びかけて、バラバラにやっていたイベントを同日開催で盛り上げようという企画。

その名も

「てくてくりくりく」

 あちこち、てくてく歩いて、楽しむイベントです。
(あたしも参加しましたが、そのようすは「観光編」で)

 そしてこのたび、目の利く観光協会の事務局長のHさんが、一昨年、せっかく豊岡に遊びにうかがったのに、台風で「りくまつりFINAL」を見そこなった、哀れなもりいくすおにお声がけ。
 ただもうシンプルに忠臣蔵が好きなだけの男・もりいに出動のご依頼をくださいました。
 それも、りくさん生誕350年というアニバーサリー。
 喜び勇んで出かけた次第でございます。

 講演の時間は1時間でございました。
 以下、概略をお話いたします。




▲約70名のキャパのほとんどが埋まって幸福。



さて近年、
吉良さんっていう人はじつは良い人だったらしいですね」
というような、忠臣蔵にまつわるアレコレが、昔といろいろ変わってとらえられてきてる昨今。
りくさんは、どうか。
これが「決算!忠臣蔵」にいたるまで、りくさんはりくさんなのであります。

ちゃんとした、女性。
それがりくさん。

 まず、エンターテインメントで、「大石りく」は、どう作られてきたか。
 つまり、そのキャラクターは、どう捉えられてきたかを振り返ります。

 有名な登場シーンといえば、まずは講談(や、それをもとにした映画など)の「山科の別れ」が有名どころ。
 これから、だいそれたことをしようと計画している大石内蔵助から、家族は形式的、表面的な離縁をされるんですね。



▲絵本「早わかり忠臣蔵」より



 この、絵本の絵を描いた時のりくさんの表情は、決心を秘め、「あとのことはまかせろ」とアイコンタクトで夫にエールを送ってるようなイメージで描きました。

 明治時代の研究本「豊岡と大石内蔵助夫人」によれば、りくが眠る広島国泰寺(こくたいじ)の墓誌(エピタフ)に貞女、淑女、自己犠牲、良妻賢母の模範みたいに書いてあるそうで、ま、とにかくちゃんとしたマジメな女性であるイメージは、まちがいないと。
 凛としたイメージです。とにかく。

 で、りくさんをモチーフにした、人形浄瑠璃や歌舞伎で有名な「仮名手本忠臣蔵」の「おいし」。
 …あ、ちなみに、明治&大正期の講談本では、大石内蔵助の妻は名前がはっきりしないとしてあり、おいし(あるいはおせき)が有力とも言っている。名前からして、身持ちも硬いの硬くないの。などと紹介していますな。
 仮名手本忠臣蔵の九段目。自分ちの息子との婚約を破棄した相手、元フィアンセの小浪ちゃんと、その義理の母・戸無瀬たちと口論。
 おいしは、彼女たちに「破棄した婚約を取り消してほしかったら」と引き出物を所望。
「この三宝へは、加古川本蔵(小浪の父親)どのの、お首を乗せてもらいたい」
 と、サディスティックなことをいうキャラになっています。

 そして今度は映像メディアにおける、これまでりくさんを演じた女優をふりかえってみて、ああだこうだと、作品と演じられぶりに触れます。
 たとえば、竹下景子さんや「峠の群像」の丘みつ子さんなんかは、ガミガミ奥さんな雰囲気もございましてな。







そして、もりいくすおが選ぶ、ベストりく女優トップ3。
かいつまみましたこのように…







 忠臣蔵が引退作品になった、原節子さん。
 なにもかもグッとこらえて耐え忍ぶ姿は、武家の娘として非常に重みがあっていいんじゃないか。
 大柄だと伝えられるプロポーションも再現出来ているかと。
 ただ、原さん、あまりにも台詞が少なく、存在感が希薄。
 そこで、2位の山田五十鈴さんに水を開けられる。
 山田さんは、映画やテレビで大石りくを演じており、(関係ないけど「必殺シリーズ」でも、りく)演技力と存在感で申し分のない出来栄え。
 ところがですね、山田さんの私生活、男性遍歴を見ますと、芸のためとはいえ、りくさんを演じるのにはちょっと、アレかなと。
 そこで堂々の第1位は、大竹しのぶさん。
 後述いたしますが、今回資料として読みふけった、地元豊岡の考古学者・瀬戸谷晧先生の著書「忠臣蔵を生きた女」によると、りくさん、ひじょうにふつうの奥さんなんですね。
 するとやっぱり、山田五十鈴というようなビジュアルよりも、大竹しのぶさんのあっさり感(演技は熱いけど)が、イメージに近いんじゃないかと。

 ちょっと横道にそれますが…
 りくさんは、「くすや」でたいへんお世話になってる研究科・三左衛門さんによると「内蔵助や安兵衛とまではいかないまでも、彼女の手紙がたくさん発見されている」ということで、特に、赤穂事件のあとの関係者の消息について知るのに、有力な資料となっているとか。

 くだんの名資料「忠臣蔵を生きた女」には、りくの手紙がたくさん紹介されていますが、その内容には
「辛味大根とおそばを送ってくださらない?宅のが柔らかくゆでて細く切るのに凝っちゃって。手ぬぐい送るから。」
「うちの子ったらほんっとにいうこと聞かないんだから」
「ご赦免のお礼にお役人の方になにを送ったらいいかしら」
「ほうぼうへつけとどけがたいへん」
 などなど、手紙から伺える「りく像」はほんとうに「ふつう」なんですね。
 ほんっっとに、ふつう。

ふつう美。

 安兵衛や内蔵助といった、突拍子もない事をして世間を騒がせた人物を、稀代の役者が演じるのは、我々にその生き様を翻訳するのに有益ですが、りくさんの「ふつう美」を大御所の女優がどっしり演じるのは、どうにも嘘くさい。

 りくの生涯を描いた「花影の花」の著者、平岩弓枝先生は、こう言っております。
「まるで小春日和の中に身をおいてるような、ごく平凡な一家を、とつじょ赤穂事件が破壊した」

 「豊岡と大石内蔵助夫人」の内海定次郎(うつみさだじろう)先生いわく
「世の不条理に泣き、愛する肉親との多くの別れを経験して強い女に変えていった」

 じゃあ
 誰なら、ふつうで、でも強く生きた「りく」を演技という形で体現できたか。

 結論として
 八千草薫さんを一等賞に選ばせていただきました。

 …といって、ここで、「花影の花」出版の2年後に舞台化された、日生劇場、東宝特別公演のときのパンフレットから抜粋した八千草さんのおしゃしんドーン。(見てない作品の似顔絵は、基本描かない)
 あたしが手紙からイメージする「りく」像のイメージを崩さず、見事に小説にまとめられた平岩弓枝先生自らが、それを原作とした芝居の脚本をお書きになったので、先生納得のキャストだろうし、これは良い着地点ではないかと。

 今後、りくさんをイメージするのにお役立てくださいませと。

 さて
 看板にございます「勝手な男とシングルマザー」
 勉強中のわたしのところに、担当の観光協会Hさんから講演の2ヶ月前に「広告の関係で、とりあえずタイトルをくれ」と。
 そこで表題のようになったのですが、資料を読むと、内蔵助×りくは意志がピッタリ合った「一如(いちにょ)」だと、「豊岡と大石夫人」にもあるとおり、めちゃくちゃ仲が良いんですね。
 勝手な男と言っても、パチンコ行ってくると言って出て行ったきり帰ってこないようなヤカラとは違うわけです。

 当初あたしは、元禄のシングルマザーと令和のシングルマザーを比べてみて、そこからなにかを探ろうと思い、後輩のシングルマザーにインタビューをこころみました。
 しかし、大罪を犯して死罪になり、その後「義士」と讃えられる夫を持つ未亡人なんて、早々見つからないんですよね。

 というわけで、ふつうのシングルマザーにいろいろ伺いました。



▲協力してくれた後輩に感謝。



 ひとり親家庭への助成制度はもちろん豊岡にもありますが、東京の後輩の例で失礼致します。
 ま、知識も無いのに制度についてアレコレあたしが一席ぶってもアレですが、とにかく扶養手当が出ましたり、ほかにもおむつの支給であったり、有料ゴミが無料になったり、医療費の助成や、子供さんの受験も支援の貸付事業があったりします。

 インタビューした後輩の息子さんは今度高校受験のお年ごろ。
「泣いてるヒマはない」と、独りでがんばる母の姿を見ては
「ああ、お母さんのくちびるにできてる帯状疱疹は、俺を育てる苦労のせいだ。」
 と、そう思ってくれてるそうで、現在、禁マン禁ゲーでたいへん勉強をがんばってくれているとか。

 この後輩のように、飲み屋さんで働いて申告しないで手当を受け取るという(←空想のたとえばなしです)ことをしてまで、がんばるお母さんとは別に、実家に帰るパターンもありまして、りくさんがまさにソレ。
 今回、赤穂から駆けつけてくださったマエカワマサミさんと、講演前夜に名店「バラッド」で一杯やりながら「出戻りのほうが生活が楽」と、人の苦労も知らずに盛り上がりましたが、りくさんの郷里、ここ豊岡では実家のお父さんは藩の重役
 生活のご苦労はとりあえず無かったとお見受けいたします。
 ただ、長男・主税の自害を含め、残った4人のお子さんのうち2人も病気でお亡くなりになってたいへんお気の毒なお母さん。

 そんな折の朗報が、末っ子・大三郎の、芸州広島藩への就職決定のニュースです。
(大三郎は、吉良邸討ち入りの翌年に誕生。就職は12歳で。)
 ここで、りくさんはお父さんも亡くなったし、郷里・豊岡を離れて広島に引っ越しするんですが、こっからがまた、なかなかたいへん。

 「義士の息子」と鳴り物入りで広島に迎えられた大三郎さんでしたが、ゲームを断ってまで勉強に勤しんでいる後輩の息子とは違い、受験も就活も知らずとんとんびょうし。
 ところが、スピード離婚を2回も繰り返すなど、私生活がおちつかない。
 顔を観たこともない、父と兄の名声の余りにものデカさをプレッシャーに感じて、性格までネジ曲がってしまったか…!?
 ウィキペディアには、その性格について辛辣なことも書いてある。

 元・高家筆頭の老人の屋敷に、徒党を組んで夜襲をかけるという人生のいっぽうで、事件に振り回されて、義士であり大罪人である身内として生き続けるところに、りくさんの壮絶なドラマがあります。


 さて最後に、あたしね、
 講演に呼んでいただけたら、今後毎回、「忠臣蔵的、我慢のコツ」を唱えてまとめようと思ってまして、先回吉良さんの時はそのスルースキルを紹介しましたが、今回はりくさんと大石内蔵助のメールのやり取りから。

 内蔵助はりくさんが大三郎の出産を喜んで、近況を述べたあとに日常の苦労を愚痴り、こう結びます。



「とかく因果のめぐり合わせと思うようにしています」


 なんでこんなつらい目に合わなくちゃいけないんだ?
というときに、人智を超えた因果の巡り合わせであると考えることで、とにかく正気を保っていられます。

 おいでいただいた瀬戸谷先生のご家族はクリスチャンでいらっしゃいますが、浅学なあたしにも旧約聖書のヨブ記は印象的でして、神の思し召しであるという考え方に、なにか共通したものを感じます。
 これでずいぶん目の前の難儀に対して前向きに対応していこうとなるものであります。
 手紙のごようすから、大石内蔵助という人物も、三船敏郎のような臨戦態勢ではなかったのかもしれません。

 という感じの1時間でした。

 講演の終わりに、「りく鍋」が振る舞われ、みんなで舌鼓。
 労をねぎらってくださったご参加のご婦人からお菓子など恵んでいただいて、幸せな時間でございました〜。


2017年の豊岡ルポはこちら。
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