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YouTubeデビューでございます。

 

 もりいくすお、満を持してのYouTubeデビューいたしました!
 広く一般には刺さらない、忠臣蔵のことしか話さない異常な番組です。
(このブログの動画版ですな!)

「忠臣蔵(ちゅうしんぐら)文化ちゃんねる」

 よかったらチャンネル登録をお願い致します!

 

 

 

 

 もちろんチャンネル登録者数や視聴回数は、あこがれますが、なによりも、忠臣蔵なご関係者に見つけてもらって、つながっていけばいいなという、ホームページ、ブログからの「ツールの追加」でございます。

 

 

 

 

 はじめは第1シーズンといたしまして、極力編集を凝ったものを、毎週1作品ずつ(全10回)お届け。

次回は「食器」と「名産品」。

 コロナが明けたら、いろんなところにロケに出かけたい所存です。

 

 

 

 

 ごひいきよろしくお願い致します!

 

 

 

| もりいくすお | - | comments(0) | - |
レビューって…
 
 いや〜それにしても
 「大勢で自由に書き込むレビューサイトって信用できないなぁ」と、思いましたので、みなさまにご報告。

 そもそもあたしは、飲食店のレビューサイトを信用していないのだが、いやもう、あらためてスゴイなと。

 で、今回のウワサは、忠臣蔵をDVDでご覧になった方たちのレビューなんですが、かいつまんで以下に紹介させてください。
 あくまでこのブログ記事は、間違いを正そうとかそういう意図ではなく、大好きな忠臣蔵映画について、見つけたレビューから勝手に抜粋&返答して、バーチャル感想会しよう!みたいなセルフ擬似オンラインサロンなイメージです。

 お題は

赤穂浪士 天の巻・地の巻(1956年)

 某サイトより…。
 (ちなみにみなさん映画に関しては、おおむね高評価)

●2016/08/24 Aさん
 忠臣蔵って題名を付けてはいけない時代に作られた映画です。
 主人公、大石内蔵助役に市川右太衛門
(略)
 衝立に始まってよく色々と苛めるネタを考えつくなぁと逆に感心する。

 いやいやいや、'56年は全然「忠臣蔵って題名を付けてはいけない時代」では…
  この数年前から何本も「忠臣蔵」ていう映画あるし・・
  タイトルが「赤穂浪士」なのは原作の時代小説がそうだからでして…。
  でも、こうすごく堂々と「〜です」って言いきられちゃうと、知らない人はそう思っちゃうだろなあ。



●2018/12/22 Bさん
 (略)春日太一さんの忠臣蔵解説が素晴らしかったので、その中でおすすめされた映画を早速視聴。
 1956年製というまだ混乱期なのにあれだけの大作を作ってしまうところがすごい。作品の古さが逆にリアリティを出してると思う。

 (略)音声が聞きづらくなおかつ現代用語ではないため春日太一さんの解説なしにはちと厳しい作品だと思う。
 人を斬るシーンもあえて見せてないためそこらへんもぼんやりしてしまうところ。


 ほらやっぱり、あたしが東宝の「花の巻雪の巻」を若い衆(忠臣蔵ビギナー)に見せたとき、ウケる理由ってこういうところかなと。
  言葉が古いと、ビギナーにはとっつきにくいですよね。
  ちなみに「1956年」にみなさん、なんだか戦後?みたいなイメージをお持ちですけど、「一億総白痴化」という流行語まである、もはや戦後ではない高度経済成長期で、神武景気のまっただ中。イケイケな時代ですよー
  あと「人を斬るシーンもあえて見せてない」って、なんのことだろう…Bさんは討ち入り始まる前に、鑑賞をやめちゃったのかな?人も斬られるし、矢で射られてます…



●2019/12/01 Cさん
 時節柄ということもあり、再見。
 ヤクザ映画はおもしろい! と改めて。
 忖度の妙技に惚れ惚れ。 やはり、そういう国なのですよね。


 そう言われちゃうと、そうかもですね。笑



●2019/12/14 Dさん
 12月14日。 と言うことで、観てみた。
 
(略)「南部坂雪の別れ」がないのが残念。
 やっぱり、赤穂浪士、忠臣蔵は作り続けて欲しいなあ。
 今が旬のキャストでキチンと作ってくれないかなあ。


 南部坂が無いのは、時代小説「赤穂浪士」が原作だから、しょうがない…と言いたいところですが、「大石東下り」はあるんだものねえ。
  ほかは良かったのでしょうか。つか、なんで、これ見たん?
  新作の件、同感!




●2020/03/09 Eさん
 忠臣蔵といえば、浅野内匠頭の切腹と吉良上野介が往生際悪くジタバタするシーンの印象(プラス谷村新司とかベーやん)だったが、本作にはどちらもなかった。 80〜90年代の年末年始長編時代劇の過剰な演出だったんだね。

 (略)

 いや、こっちのほうが変化球なのだけれども…
  田村邸の別れはあるんだけど、切腹行為そのものがご所望なのかしら…。

 
 このレビューサイトには、何人も、春日太一さんのラジオトークの影響でこの映画を見た人がいるのだけど、放送はあたしも聴いて、お気に入りですが、「赤穂浪士 天の巻地の巻」を「ベーシックなものが全部詰まってて完璧」って、おっしゃってたんですが、それは同感で、構成には情緒もあって、すごく良質の作品なんですが、現代のビギナーには、トレッキングから始めないと、いきなり路上教習わぁ〜…、じゃっかんキツいかもなと。

 ともあれ
 それと、あらためて、どうぞみなさま忠臣蔵映画をご覧になったら「くすや」もご笑覧&ご参考になさってくださいませ。
 1933年(S.8)の映画を「明治時代の映画」と、堂々と間違ってることを言ってたりする、愛嬌のあるサイトです!笑
| もりいくすお | - | comments(9) | - |
世間のイラストへの意識

 

 いま、仮名手本忠臣蔵をモチーフにした仕事をしていて、資料で、演劇のとある雑誌(平成11年リリースのもの)「忠臣蔵ゆかりの江戸史跡図」というイラストMAPが載ってて、内容を見てビックリした。

 縮尺がめちゃくちゃなのは、イラストマップの愛嬌と百歩譲るとして(?)、地図として機能していない(簡単に言うとテキトー)のです。これについて、かなしかったのが…

 
ショック その1
編集部に、ミスを指摘する人が誰も居ないこと。

 
ショック その2
イラストレーターさんは有名な美大出身で、
堂々と「絵地図師」を名乗って、いまもご活躍でらっしゃること。

 
 自分も、不得意分野の雑誌の仕事で、釣り道具についてリサーチをおざなりにしてしまい、猛省したことがあり、誰にでも間違いはあると思う。
 芸人さんの2丁拳銃さんの「拳」の字を間違えて、ファンの方から脅迫状をいただいたなんてこともございます。
 皮肉でもなんでもないのですが、先生がその後も「絵地図師」でご活躍であるところを見ると、この演劇雑誌の仕事にかぎっては、なにか深い事情があった(すごく急かされたとか、なにかすごくイヤなことでもあったとか。もしくは平成11年現在では、この種の仕事では駆け出しの頃に当たるのかもしれません)のかなと・・・
 ご本人がこの仕事を自分で恥じたからこそ、その後は挽回して現在、イラストマップの第一人者としてご活躍なのだと推測いたします。
 
 とにかく、かなしいのは「その1 指摘する人が誰もいない」件なんです。
 以前に、講談で大きくなった会社のくせに、ヘンテコリンな忠臣蔵漫画の本がリリースされたことをこのブログで嘆いたりしましたが、ほかにも、先日お亡くなりになった山本博文先生は挿絵に関してのディレクションは、はなはだフワッとしてたりします(努めて控えめの表現)
 こういうことは、テレビでもまま、あります。ディティールがいいかげんな絵でも平気で放送しちゃう。

 
 イラストって「ユーザーはどうせ真剣に見ちゃいない」ということなんでしょうか…。

 
 するとね、あたしも、自信を持って仕事をしているつもりなんですが、ご覧のみなさんは「もりい、ものすごく間違ってるけどなぁ」と思いながら大目に見て?放置してる大失敗もあるのかなあ…と、疑心暗鬼になってしまう。

 もっと言うと「そういう低いステージのものには、そんなに支払わなくても、かまわないだろう」という意識にも通じてくるとしたら、それは、あまりにも悲しすぎるのであります・・・。

 
※地図上のポイントについて、もりいくすおの認識が間違っていたら、それはそれですいません。

 
▲左が件の先生の失敗。右が正解(着彩byもりい)。
もりいがかつてやった、引き揚げルートネタの資料なので、ルートから遠い毛利邸がハブられております。だいたいミドリのあたりが毛利邸。
| もりいくすお | - | comments(4) | - |
やまがた忠臣蔵(3)

やまがた忠臣蔵(3)


 2018年秋。
 もりいくすおは、仲良しの忠臣蔵友達・山三さん、そして隊長とともに山形県の米沢などに出かけました。
 途中、東北某所在住の史料コレクター・オヤビンとも合流し、4人でぶらり。

 その半年前に、もりいくすおは雪の中に墓参りに出かけて、お墓が雪に埋まってたので、さっぱワヤだったのを、山三さんが憐れに思って企画してくださったのです。
(春の本来の目的は地芝居を見に行くことにありましたもので。その顛末はこちら>やまがた忠臣蔵
 

 


▲簡単に言うとこういうこと(雪のあり&なし画像)


 さて、この旅、忠臣蔵友だちの山三さんの運転するお車に乗せていただいてあちこち出かけます。
 いつも本当にありがとうございます。

 これから向かいますのは、吉良さんゆかりの、あちこちの墓地。
 もともと、奥様が上杉家(米沢藩)のヒト。そして自分の息子を米沢の上杉家へ養子に出しましてな、たいへんご縁が深い。
「吉良は名高家であって、名君ではない。と、内海定治郎さんは言ったな」てなことをウワサしながら、まずやってまいりましたの が「上杉博物館」。(MAP 

 山三さんが館内のお知り合いにご無沙汰のご挨拶というので、一緒にぞろぞろと、無関係な大人、わたしたち3人も事務所の中まで付いてまいって失礼いたしまして、それからゆっくり館内散策。

 特にこの当時、あたしは「ゾンビ忠臣蔵」の小説を書きたがっていたので、ネタになりそうなことを、いろいろジロジロ。
 そそ。あたしにはこの米沢旅行は、観光のリベンジとともに、ネタ探しの旅でもございました。

 米沢の鉄砲がでっかくて特徴的だったので、清水一学に与えて、一学がハマっちゃって、江戸城警備の鉄砲隊と仲良くなるっていう、それでゾンビをぶち殺すエピソードも考えましたが、結局。ボツに…。
 オートマチックに次の弾が次々に装填されないと、ゾンビ相手に火縄銃ではいろいろ限界があるんですよね。
 でも、江戸城警備の鉄砲隊と「グループ」で活動するなら話は別。
 その独立エピソードでいろいろ膨らまそうという体力は無かったんですねえ。
 

 


▲ぶっとい!でか〜い!
敵キャラがこんなの持ち歩いてたらかっこいいでしょ!


 ほど近い上杉神社さんで柏手を打って、いいかんじにくたびれるほどに散策を済ませ(博物館ってけっこう体力使います)、ホテルの近所の居酒屋で、雑に米沢牛を食べて、就寝。


 翌朝、ホテルのバイキングでご飯を頂いてる時に思ったこと…。
「高校生くらいの若い男子の中には、バイキング方式の朝ごはんの盛り付けに手をこまねいている者がいる。これは日常の、料理担当者への依存度が見て取れる(この場合、ママのイメージが強い)
 トレイに盛られた、アンバランスな食材に見かねて、おじさんが横からアドバイスしてやりたくなっちゃうが、通報されるといけないので、やめる。
(泊まったのは、アルファ・ワンだったかな)
 

 


▲ホテルの朝飯大好きです。


★★★


2日目
 メインその1は、あちこち吉良さんゆかりのお墓参りに出かけます。

 特にその春、雪に埋もれてお参りできなかった、吉良邸のボディガードたちのお墓参り。

 まずは、千坂兵部さんのお墓。in日朝寺さん(MAP◆
 もうね、先輩方と一緒に来ると違いますね。
「建前が雰囲気が禅宗で、日蓮宗ではめずらしいよね」
「明治のメートル法で作ってるんだ」
 という、もう、聴いてて楽しい。
 上杉謙信と戦をいっしょに戦ってくれた、泥足(どろあし)毘沙門がご本尊です。

 このあと、討ち入りの時に赤穂浪士を相手に最も活躍した山吉新八郎さんのお墓(照陽寺)(MAP)や、(上杉家ゆかりの菊姫、直江兼続夫妻の墓、甘粕備後守のお墓参りも(林泉寺)(MAPぁほか)、上杉家廟所へ。

 で、そうそう!

 上杉のご廟でねっ
 ここにいたボランティアガイドさん(おじさんひとり)が、なかなかでした。
 我々メンバーの誰かが、そのガイドさんとの会話の中で「忠臣蔵の…」と、なにかに触れたのを受けて、
「あ、忠臣蔵っていうコトバは、ここではダメです」
「?」
 息をのむ一行。
オヤビン 「(苦笑)元禄赤穂事件、ですね」
ガイドさん「元禄テロ事件です!」
 と、鼻息が荒い。
 なんか、そのあとも「十二代目の奥さんは浅野ご本家から嫁いでるんですよ。ということは…」うんぬん…と、内容をちゃんと聴いてなかったが、「だから赤穂浅野は間違っている」「赤穂では、浅野内匠頭が死んでみんなで餅をついて喜んだんです」というような持論を展開されていた(ちなみに11代目の間違い?)
 こっちが忠臣蔵マニアだと知れれば、どう火に油を注ぐかわかったもんじゃないので、ニコニコとぼけて感心してみせながら、最後まで一生懸命に付き合いました。
 あたし、早々に集中力をオフにして、ほとんど上の空でしたが、聴いてた先輩方はあとで「あれじゃ上越の林泉寺を無視した話だなあ」つってたけど、どんな内容だったのか、そんなら聴いときゃよかった。


 ちかごろ、あまり出会わなかったタイプの頑固なおじさんでしたが、土地柄がハッキリした、こういう出会いというのも「ならでは」でございます。
 ただ、相手を選ばない、一方的なトークは決して愉快なものではない(こっちは入場料金を払ってるのに)ので、こうしたタイプのおじさんが観光にプラスかどうかは、なんとも言えません。(MAPァ

 


 

 そして前回は、どこにあるんだか全然わからなかった、吉良上野介の奥方・富子さんのお墓にも出かけることができました(法泉寺)。
なんだか、案内とは、道路挟んで逆側のお寺さんにあるんですよね。
なんの案内を観ていたんだか忘れましたけど。(MAPΑ

 

 


 

 

 中心地から、北のほうへ車を走らせまして、上杉家家臣の色部さんちだけのお墓・千眼寺まで。(MAPА

 でも、どれが、色部又四郎さんのお墓なんだかが、わからないんですね。
誰もいらっしゃらなくてお話を聞けず、とりあえず、トンボの止まったお墓を参りました。(ホントは、そんな理由ではないが笑)

 

 

 

 

 

 お墓を後にして、ご近所に見かけた、創業明治25年!のラーメン屋さんへ。(ラーメンの始祖は明治40年代と伝わっているので、創業時はお蕎麦屋さんとかだったのでしょうか。)ひゃほう!

 まんぎりラーメンなるラーメンが…。

「米沢牛のチャーシューが乗ってます「まんぎり」とは方言で「完全な」という意味です」という説明がメニューにありました。
 きっと、
「チャーシュー(焼き豚)の代わりに米沢牛が乗ってます」と、おっしゃりたかったのだと思いますが…

 わ〜。この金澤屋さん、けっこう検索するといっぱいヒットする。
 おみそれしました。

 

 


▲米沢まんぎりラーメン…900円。

 

 ラーメンのあと、オヤビンはお帰りになりまして、我々は大野九郎兵衛伝説の山を目指します。

 メインその2。
 赤穂浅野の大野九郎兵衛は、事件当時は大石内蔵助と袂を分かち、講談をはじめ、ドラマでも悪役や裏切り者として表現されることが多いです。
 しかしその真相は、大石内蔵助が撃ち漏らした場合の第2陣として、板谷峠で隠れ潜んでいたと言うんですね。

 どこだろう、なんつって、適当に車を止めては、ぜんぜん違う山道を入って行ったりもしましたが、注意深く先に進みますと、あ あっ道端に案内が出ておりました。(MAP─

 

 

 

 

いけどもいけども…


 

▲パッと開けたところがありまして、そこに碑が。

 

 なにもこんなところで寂しく切腹しなくてもねえ。

 このあと、道なりに進みましたら、「峠」というところに出ました。
 そこで休憩。

 

 


▲「峠の力餅」ということで、せっかくですので…

 

▲いただきまして、舌鼓。

 

 ひょひょひょひょひょひょいと
 会津に向かいます。


★★★


3日目

 会津若松で一泊いたしまして、

 翌朝、山鹿素行先生の誕生碑にご面会。

 

 


▲説明書きに「赤穂四十七士の生みの親」とある。
直江兼続さんのおうちだったんですね。
寄りの画像は「くすや」にあるから、
立地のわかる引きの画で。

 

 


▲だれ?毛糸の玉を先生のところに隠してるのは。

 


 からの、
堀部安兵衛 誕生の地」!!

 会津にあるのです。
 

 


▲を〜。この道を入るんですね。
…ていうか、味わいのある呑みの殿堂!

 


▲貴徳寺さん

 

 

 昭和40年代前半から、会津坂下(ばんげ)のライオンズクラブさんが、いろいろご活躍になって建立。

 

 めずらしや。
 やすさんの両親の墓のとなりには、妙海の墓も並び!?、肝心な一人娘ホリのお墓は無く…
 ルール無用の大暴れ。

 

 そうして、我々はなぜか、坂下町(ばんげちょう)は春日八郎の記念公園へ。
 誰が行こうって言い出したんだ?
 おれか。

 


地元のために音頭を作ってくださったりしたそうです。
 

 


 春日八郎先生のお好きだった色は、チャコールグレーだったそうです。
 皆さんもよくおぼえておいてください。


 最後に、大内宿(おおうちしゅく)に寄りまして、ごはん食べました。
 

 


▲こりゃステキ。
行った当座、Facebookに画像あげたら
「いいね!」をたくさんいただいたなぁ。


 

 

 

▲山三さん、ねぎそば食べたんだっけ。

 


おしまい。

 



 

 


 

 

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とよおか忠臣蔵(4)


 大石りくの生まれ故郷、兵庫県豊岡市。
 2019年の、りくさん生誕350年アニバーサリーに呼んでいただけまして、講演とともに、ウォーキング大会がございました。(正式名称「てくてくりくりく」)
(講演の内容はこちら>●)

 そのお散歩ルートは、ご当地の忠臣蔵ゆかりの地をフルコンポ(要確認)しております。
 それではご紹介がてら、お散歩の顛末を。
(けっこうな長文御免…長文っていうか、写真多し)

 まず、イベントの前の晩でございます。
 播州赤穂は花岳寺さん(赤穂浅野の菩提寺)の案内板をいっしょに作った(2018年のこと)赤穂のイラスト仲間、マエカワマサミさんが、講演の前の晩に駆けつけてくださいまして(同じ兵庫でも、3時間以上かかる!)、とにかく祝杯(なんの?笑)
 一泊して、翌日の講演に参加してくださるっていうんですからもう、感激っ!!!!
 このお店がさ〜!あたしが受け持ってるデザイン学校の、豊岡出身の教え子A氏が薦めてくれて〜!うれしいしおいしいし、おかげさまで、よく酔えましてよ。


▲居酒屋・ばらっどさん


 さて
 カラスかあと鳴いて夜が明けますと、歩く気満々のいでたちのみなさんが、集合場所の市役所前に集まっておられます。マエカワさんもいらしった。
 で、あたしゃてっきり、散歩と講演は一緒の企画なのかと思ったら、参加してらっしゃるウォーキングを愛する先輩方は、特に講演をパッケージとして考えてらっしゃるとは限らないそうで(ま、人によるでしょうけれども)、道理で出発を待つお集まりのみなさんは、討ち入り装束のあたしのいでたちを不思議そうにしげしげご覧になって、頭の上にでっかい「はてな」を浮かべておりました。
 

 「そんなら」てんで、ほんとうはあたしは、ちんどん屋さんのように道すがら、すれ違う人に本日の講演のチラシを配ろうと思っていたんですが、出発地点で周囲の先輩方に配りまくったのでありました。
 くだんの教え子が「いや〜。豊岡で70人集めるのはむずかしいでしょう」と、脅かしてくれてたもので。笑
 結果的にお散歩メンバーから何人もが参加してくださったので、甲斐はございました。



▲この看板だもの。照れちゃう。
今回はすべて、こちらの観光協会のハマダ事務局長にアテンドしていただきまして、大感謝。


 いよいよ豊岡市役所を出発いたします。
 まずは「とよおか」という名前の由来があるそうですが地元の人も滅多にいらっしゃらないという御霊神社(ごりょうじんじゃ)を、フワッと通りがかりまして、第62大横綱・大乃國がお好きだというスイーツ・鹿まんじゅうのお店を通り過ぎ、…こりゃ、あくまで「大石りく ゆかりの地を歩く」がメインでありますからして、いろいろ割愛でございます。
 また、しょっちゅう立ち止まっていては、せっかくの運動の邪魔になりましょう。




 最初のポイントは、石束家(りくさんのご実家)の菩提寺・養源寺さん。(MAP1)…一番下にまとめて地図をナニしております。
 地元ご領主・京極家のご家老様です。
 娘を大石内蔵助のところに嫁がせたご縁というか、因縁で、数奇な運命をたどります。

 で、あのう、過去にこのブログでご紹介した場所については説明を端折りまして、画像も貼らなかったりしますので、ご興味のある方は、2017年の記事「とよおか忠臣蔵(1)」「とよおか忠臣蔵(2)(<リンク)を、お楽しみくださいませ。


▲歴史博物館の石原さんの解説をみんなでうかがいました。
石原さんは、大石りくさんの大研究家・瀬戸谷さんの
お弟子さんでらっしゃいます。現在、りく研究の第一人者。


 そして、歩いてすぐの、昔はよく暴れたという六方川(ろっぽうがわ)のむこうに、おおなつかしや!りくさまの遺髪塚!
 が、そっちに向かわずに、水門のある方へ、グ〜ッと迂回いたします。
 聞けばこのお散歩イベント、目標の歩数がおありだそうなんですな。
 それじゃあ、歩数を稼がなきゃ。



 そして、ようやく正福寺さんへ。(MAP2)
 りくさんの銅像や遺髪塔がございます。



 こちらで、りくさんの研究書「忠臣蔵を生きた女」の著者・瀬戸谷晧(せとたに・あきら)先生の奥様と、ご子息・タダシさん夫婦とお会いすることが出来ました。
 故・瀬戸谷先生は歴史研究家とかではなく、豊岡市の文化財管理センターの所長さんでありました。
 その方がこの名著を書き上げるという奇跡。脱帽。
 ともかく、今回の講演は、忠臣蔵文化愛好画家といたしましては映画の話と、先生のご本の受け売りで、面白くまとめたのでございまして、ご家族のみなさまとの対面は感激でございました。



▲感激といえば、ああた。
りくさんが寄贈したという磬子(けいす?きんす?)
これを叩かせていただいたのです!
ひょえ〜!もったいなや。



▲ 俳人・京極杞陽先生の句碑のシミが、あたかもりくさんが寺の方に向かって拝んでいるかのように見えます。


 さあ、そこからそのままコミュニティセンターに参りまして、一席ぶちまして、みなさんと一緒に「りくなべ」を堪能。



▲瀬戸谷家のみなさまにも、与太話を聴いていただいて恐縮。




▲りく鍋に舌鼓・・


 あたしゃ、討ち入り装束の衣裳のまま、散歩、再スタート。
 健脚の団体様とはちょっと別行動を取りました。
 ハマダ事務局長と、マエカワさんと3人でマイペースにて、てくてくいたします。

 最初に訪れたのが、りくさん誕生の地


▲ここがほんとの、りくさん誕生の地


▲50mほど離れたところでご案内。

 案内碑を建てた方が、誕生の場所と、50m離れた、育った場所を間違えちゃったらしいです。
 ご家老のお家で、お屋敷は広かったことでしょうから、両方正解ということで!
(MAP3)


▲図書館にて、あたしのミニミニ展覧会も
やってくださいました。
ありがとうございます!



神武山公園。このかっこうでどれくらい歩けるか
良い体験になりました。
つか、ハマダさん、ずっと看板持ってるし!笑
(MAP4)



▲街が一望。


 こちらには昔、お城があったんですな。
(但馬の守護・山名氏から始まって、城主の杉原さんの時に断絶して破却。)


 このあと、こりゃ、忠臣蔵と関係ないんですが、平田オリザ先生が今度こちらに移住してくるってんで、この土地に国際観光芸術専門職大学(仮称)ってのを、こしらえようっていうんですな。
(MAP5)




 おどろきましたぁ〜!
 平田オリザ先生といえば、数少ない、「忠臣蔵も、ももクロも、両方ご縁のある劇作家」でらっしゃいますからなあ。
 いま豊岡は演劇の街を目指して、劇場もオープンだそうです。
 成功を心から祈っております。
 つか、大学、聴講生でまぎれこみたいわ。
 先生ときたら静岡で忠臣蔵劇をやるのに100人お参加者を募集中です。



▲仏門に入ってた、大石家次男・吉之進さんのお墓
(MAP6)


 さあ、そして、あたしが数年前にうかがった時に訪ねることができなかった、石束家(りくさんのご両親)のお墓へ。
(MAP7)




瑞泰寺(跡)さんはなかなかワイルドなたたずまい。



▲で、うかつにもお墓を間違えちゃった。
画面左(矢印)が、お目当てだったのに、
正面のでかい方に手を合わせたりして。
失礼いたしました。



▲ご領主・京極家の菩提寺。
墓所がまたなかなか、風情がございます。



 さて、ここでマエカワさんとはバイバイいたしまして、あたしも宿に帰りまして着替え。
 ハマダさんとふたりでコウノトリの郷(さと)公園へ。
(MAP8)

 こちらでは、絶滅危惧種のコウノトリの保護、増殖、野生復帰をもちまえといたしました施設。
 明治時代?に乱獲のために数が減ってしまったコウノトリさんはもう、ここいらでしか生きたコウノトリを見ることができません。



▲うまれた、わたし。着替えを済ませて、のびのび。



▲ごらんください。虹と、コウノトリ(右の白いの)
こんな素敵な場面に巡りあえて、りくさんにねぎらっていただいたような、澄んだ気持ちになりました。


ありがとうございました!



〜more!more! 豊岡観光〜

      without 忠臣蔵


 忠臣蔵から離れますので、いったんタイトルをあらためました。

 さて
 カバン生産量が日本一の豊岡には、カバンストリートというのが商店街のゾーンにございまして、奥様が「豊岡理玖子会」の会長をやっておられるウエムラさんの工房をのぞかせていただきました。(MAP9)

 しびれるマシンが(素人には用途不明)いっぱい!
 おもてなしのお芋をいただきながら、ご主人より
「カネは追いかけると逃げていく。
 その日食べられるだけの金があればいい。」

 名言!いただきました!
 ウエムラ氏は日本で5人しかいない、
 カバン・マイスターです!



▲かっけ〜〜〜〜!!!!!



▲一緒に写真撮りそこねました。笑


 豊かな1日がおわりまして
 いろいろ泊まったホテルの中でも、近年もっとも、加齢臭の無い寝具で快眠。

       ★

 翌日、ハマダさんの運転で、豊岡巡り。

 途中、瀬戸谷先生のご自宅に寄らせていただいて、なんと「豊岡と大石内蔵助夫人」の表紙のお人形とご対面!
 この本は、赤穂義士研究科の内海定治郎先生の書かれた本を、この本がきっかけで研究を始めた瀬戸谷先生が復刻したものであります。



▲意外に大きい!

 ご子息・タダシさんも連れ添って、3人で城崎(しろさき)マリンワールドへ。
 なんという、ほんわかした日でしょう!
 恐怖に引きつった顔でダイブするアシカ(アシカショーによる)も愛嬌あったし、イワシのダンス(という、映像とイワシの群れと音楽、そして動く客席を駆使したショー)も結構でしたが、こちらは展示物の見せ方が素晴らしかったです。
「展示」というものについて、来館者の居心地をよく考えた、かっこいい空間。



▲見よ!勇気をふりしぼってダイブする
アシカ君を!
この後この子は、お腹からバッシャーン行きます。



▲ちなみにこっちの子は、正しい飛び込み方。



▲沖のむこうに龍宮城が…
(なんでも昔は舟で行けて、乙姫様がいて、一杯やれたとか?<要確認)



▲かっこいい展示。


 そして、平家の落人のかくれ里、田久日(たくひ)にも、連れて行っていただきました。
 時間があったら、あちこち散策したかったなぁ〜〜〜。
 決してご近所迷惑はおかけいたしませんので〜。









 さて!
 豊岡といえばこのおっさんです。


▲玄武岩の玄さん。
(2019赤穂義士祭より。内臓はハマダさん)

 このおっさんが物語るとおり、豊岡名物には、玄武岩採掘跡が見事な芸術品のようになった洞窟、玄武洞がございます。
 いやもう、ほれぼれ。





▲岩に、紅葉が…


 いっしょに玄武洞公園にはミュージアムがございまして、もう、これでもかと、石がございますが、
 で!見つけたぞぉ!
 いたぞーーーーっ!きらら!



▲吉良上野介ゆかりの、雲母ちゃんがいましたよぉ。


 さて!
 以上のようなわけで、豊岡観光案内でございました。

 た〜っぷりと、歴史と自然に恵まれた豊岡を満喫!
 こんどはまたゆっくり遊びに来たいと思います!
 拝むお墓間違えたし。

 ハマダさん、ご案内を本当にありがとうございました!あたしゃ豊岡への執着が倍々増!
 瀬戸谷家のみなさまにも、こんなわけのわからない人間に優しくしてくださいまして大感謝。タダシさん、お付き合い下さり感謝です。
 マエカワさん、またやりましょうね〜!
 後輩Aよ!お礼に一席設けますぞ。



1.養源寺 2.正福寺 3.大石りく生誕の地
4.神武山公園 5.平田オリザさんの大学
6.吉之進のお墓 7.りくのご両親のお墓
8.コウノトリの郷 9.カバンストリート




それではみなさん
ごきげんよう〜〜



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