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ももつる忠臣蔵

 

ももつる忠臣蔵備忘録

〜ももクロに忠臣蔵は通じたか?〜



※ここに記された内容は
放送内容や
記憶をたよりにつぶやく
あくまでも個人の体験による独り言であり、
番組制作とは一切関係ございません。
半信半疑でご愛読くださいhato





▲楽屋にて

 5月11日。

 笑福亭鶴瓶師匠とももいろクローバーZのみなさんの番組、関西テレビさんの「桃色つるべ」に参加させていただいた回が一部地域にて放送になりました。
 そのおうわさです。

 3月某日、東京・世田谷のスタジオで収録ということでいそいそとおでかけ。

 駅前にタクシーがいなかったんでツッタカターと歩きながら途中で捕まえようと東映映画スターの寄せ書きサインの重たい額ブチと衣装ケースを引きずって歩いてたらスタジオに着いちゃいました。足パンパンで汗だくになりましたが好きなことは苦しくたって努力と感じません(遅刻しかけたけど)



 以下、播州赤穂観光大使として、そして忠臣蔵マニアとしての反省や考察をここに記すものであります。
 なお、関西(ほか)ローカルの番組ですが、オンデマンドで有料でお楽しみいただけます





 人気が落ち目の忠臣蔵について一回仕掛けなきゃなんも変わらないと、大好きな皆さんを前にテレビで想いをぎゅっと詰め込んで魅力を伝えたいという主旨で「スタジオ出演者募集」に売り込んで番組に臨みました。が、ともあれまず
「チュウシングラって言葉自体がわからないんですけれどもそれを教えていただいてもいいですか」
 に対する回答(=事件を元にした戯曲のタイトルであること)と、赤穂事件の単純明快ストーリーを30秒で説明したのは成功したと思う。
 (<30秒はディレクターさんのリクエスト。つたないんだけどピッタリ30秒でイケたはず?)
 ちなみに殺伐とした「あだ討ち」「殺す」という言葉の弾丸はわざと使いませんでした。

 その他、いろいろブザマなそのザマだったところはあれでもいろいろカットしてくださった。
 …いっぽうで、おもしろを優先させるためにももクロさんたちからの質問や鶴瓶師匠と一緒に盛り上がってるところもほぼほぼ放送されてないので、トンチンカンなおっさんが空気を読まず暴走しながら強く溢れる気持ちを届けようと孤軍奮闘しているという構成に仕上がっている(笑)。
 いやいや面白いなら密かな頑張りを誰一人知る事なくても構いませんです。

 ちなみに
 言うまでもありませんが鶴瓶師匠は放送内容の十倍忠臣蔵について造詣が深く、ももクロのみなさんは放送内容の十倍礼儀正しい
(約40分の収録のうち、17分ほどが放送された)


▲僕のこと嫌いですか?声は届きませんか…


 ともかく、絶望的な滑り出しでした。
 目の前にの4人がいるのに、ライブやテレビで拝見するももクロさんたちとはあまりにも彼女たちのテンションが違いすぎる。この空気を自分が作ってるのかと思うとシッポを巻いて逃げ出したい底抜けミソッカスな気持ちだった。鶴瓶師匠が面白がって忠臣蔵の話題を投げかけてくださればくださるほどももクロとの距離がでかくなる。たいへんに不可抗力的運命コースターな状況。まじヤバすぎる。
 もっとも、かぶって行った頭巾で聴覚がいささか妨げられて細かいみなさんのリアクションが音としては実際の半分ほど確認し漏らしているディスコミュニケーション。

 打ち合わせはディレクターさんとだけでリハが無い(<だからピンマイクがシコロ頭巾にあたってしまうことを音声さんが予測できず放送では一部雑音が入っている)ので、我々は現場の雰囲気(主に鶴瓶師匠の言動など)からコーナーの着地点をどこに持っていくのかハイハイハイハイしながら探り進める。リハーサルがあったらもっと準備できた!(言い訳)
 あたしがモノノフでなくて、かつ土産もなかったら10分の放送も耐えられない勝率僅かな戦慄だった。「忠臣蔵」の名の廃れ方が一層悔やまれる。

 もっとも反省すべき点は「わからない」と言ってる人の「なにがわからない」かを読み取る力が無かったことであります。

 ももクロさんといえば昭和人と交流やコラボが多いのでうっかりしたが、考えてみたら「シュプレヒコール」も「ウォーボンネット」も「ギター流し」も知らなかったではないか。あたり前だけどドリフもKISSも少年忍者青影もプロマイドも仕事でやってらっしゃるのであって、世代ではないのだ…!



▲的を射た指摘を連発して背中押したり蹴ったりして
 くださった玉井先生に感謝。


 負けっぱなしじゃ終われない。

 この収録の中でもっとも収穫だったのは、かなこさんから
「でもすごいのが、(もりいを)見ててなにひとつわからないから、早くドラマが見たいと思いました」(註01)
 と、中盤で言ってもらえた点。
 鉄ヲタでもアニオタでも、ノンケの人(それも複数人)を前にしてたかだか40分説明して魅力を理解、共感してもらうのは至難の業でして。いわんや収録中に消化しなければいけないネタがノルマであるとしてあれば言わずもがな。(裏話は野暮かもだが、名場面の立ち回りやアイテム紹介などは、ディレクターさんからのご注文ありきの初体験行動)
 オタクの想いはアメトークのように、愛に包まれたカードをいろんな角度から全身で全霊で感動で本能でたくさん撒き散らすことでとりあえず相手がなんとなく「見てみたい」というところまで届けば上出来。
 したがってかなこさんがとりあえず興味を持ったことや、あるいは未放送だがしおりんが(ビギナーが)見るなら一番入りやすいのは"花の巻雪の巻"ってことですね」と受け取ってくれたのはあの構成上では奇跡(必然)と言ってもいいほどのちょっとクラクラしちゃう成果かと。



▲この顔、未放送w。

 


 また放送では「和をコンセプトにして10年やってきたももクロさんが…」という話からもりいのももクロファンが露呈するという流れで綺麗におもしろくまとまっていましたが、実際あの場ではめんめんと受け継がれてきた(?)ピンクレディ〜おニャン子〜モー娘。〜AKBといったすべてのポップスターと忠臣蔵との伝説のわけや歴史を説いており、で、ことももクロにいたっては「切腹最中を食べるだけとはどうしたこと。」という流れで盛り上がったのでした。(註02)
 …つまり、ももクロ忠臣蔵をやりましょうというのが大きなねらいだったのであります。
「でもメンバー4人しかいなくて、
 どやって忠臣蔵をやればいいんですか?」

「たしかに」

 というくだりもあり、ここで軽く話し合いが持たれました。

(余談だが収録は有安さんの「新しい青空へ」からちょうど2ヶ月後くらい)

 なんだかんだでももクロさんたちは絵本の24枚の絵を限られた時間の中でなんとか頭に入れようとしてくれて、実は最終的に鶴瓶師匠の天野屋利兵衛の似顔絵を見たれにさんが
「あっ。ここ(腿の上)に石乗っけられてた人だ。」(<石抱(いしだき)拷問のこと)
 と、いうところまで理解してくれていました。
(ちょっと脱線するが収録の約一ヶ月ほど前にれにさんは「Musee du ももクロ」のロケで我が校にいらっしゃっている。)


(補遺:上あーりん親分について記述がありませんが、放送よりずっと神対応(=放置するだけしておいて直撃弾を投下するような)であったことはご報告。心臓大爆発。)





 これも放送されませんでしたが師匠が"徂徠豆腐"を演りだしたらこうやってご縁がどんどんつながっていくやんか。46人の方の魂は浮遊しているんです」というこの発言が印象深く、この実感は常日頃に切腹最中の渡辺社長や講談の若林鶴雲先生と共感してよくそう言いあっているのです。あまつさえ、もりいは忠臣蔵のおかげでももクロに会いに行けてMAXなトキメキ。

 ちゅーことは忠臣蔵を知ってもらいたい切望の向こうには物語を好きになってもらうだけでなく、この良い因果応報の果てにある神秘体験の感動をみんなと分かち合いたいと思っているのかもしれません。
 とはいえ、あくまで体験に基づくそんな突拍子もないこのようなイタダキを目指してだれかに説明しようとした場合、宗教の勧誘みたいになってしまいかねないが、わたしは終わらぬ試練に立ち向かってまいります。





            ふたつともえ
 

<あとがき>

 今回の収録でももクロさんたちを一層好きになったのは、この素人を相手にテキトーにわかったふりや愛想笑いであしらったりせず、ただ真っ直ぐ真剣にガップリと組んででっかいハテナをぶつけてくれたその態度であります。
 それでこそ、終盤の楽しいムードに感動がありました。


 果たして、絵本は持ち帰っていただけたろうか。
 あのあと義士の名前を検索してくれたでありましょうか。
 控室でモニターしてらっしゃった川上マネージャーさんには、なにか刺さったろうか…

 おみしりおきっ。

 今年10周年のアニバーサリーのももいろクローバーZにこれからも変わらぬ声援を贈り、いっそう注目をしたいところであります。

 関係者の皆様、ありがとうございました。
 https://www.ktv.jp/momotsuru/


P.S.
放送の中にありました「忠臣蔵早わかり絵本」は忠臣蔵ゆかりの地で売っておりますが、忠臣蔵問屋「わたや」さん(兵庫)の通販でもお買い求めいただけます。
http://akowataya.com/item/morii_kusuo/777/





▲しおりんを強調するためにほかのみなさんをふざけたが
 特に「捨身飼虎」れにさんはもうちょっと本人に寄せて
 美人に仕上げてもよかったなと後悔…。

「悪意ありすぎでしょ(笑)

 ちなみにこの絵は「極楽門」「労働讃歌」ごろに
 描きたいと思っていた絵で、そのときかなこさんだけは
 もうこの顔で描くと決めていた。
 が、リリースに至らなかったのはほかのメンバーの配役
 を決めかねていたから。

(ちなみに俵星玄蕃あかりんで配役してた)
 今回の新体制でなにか吹っ切れて完成。



註01

 さらに最後、自分が大石内蔵助にキャスティングされてるのを受けてあらためて「でもちょっと見てみたいと思っちゃいますよ、なんか」いただきました。

 で、
 どちら様が権利をお持ちか存じませんが「決闘高田馬場」のDVDリリースを強く希望します!

 せっかく「見たい」とおっしゃっていただいたのに…
「決闘高田の馬場、DVD出てんの?ちゃんと出てんのかなコレ」
「…でてない…」
「出てない!?」
「ええっなんだあ!」
「出てないねやったらなにしてんねん。そんな」
「見れないじゃん」
「見れないじ…見れないですね」
「どうしたらいいんですか」
「決闘高田馬場」のDVDリリースを強く希望します!


註02
見ようによっては「天手力男」の振付に「仮名手本忠臣蔵」十一段目のカタチを見ることができるし、「ももクリ2015」の雪の中の衣装には討ち入り装束を彷彿とさせるものがある。…と、言えなくもない?



 

Momoiro Clover Z are a very famous popular awesome idol in Japan.
I recommended myself to a TV production company in order to talk with them about Chushingura with MCZ.
That's right! I'm a big fan of MCZ.
The company accepted my Sales promotion for my appearance, but there were many problems.
MCZ didn't know Chushingura at all!!!
It's just like I was having a conversation with a foreigners.
"It dramatized the incident that actually case.
I guess that it was KODAN that was completed as entertainment for the first time. And..."

"Oh my gosh!Oh my gosh!Oh my gosh!..."
"I can't understand anything! I can't make out at all what you say!"
It hurts that they heard the word ”Chushingura" for the first time there life.
They have accepted lots of things as a work at any time for generations they don't know about themselves.
I mean..., they don't have old ones by default.
I was a little misunderstanding about it.
And yet...
While talking for 40 minutes, they were to know that many of the stakeholders and seniors surrounding them worked about Chushingura.
(After they receive their own portraits ...) As a result, they told me to...
"I wish you provide us a script. Please write a script for us."
"a script."
"Please make something for us."
"(for TV_crue)Are you listened to their this comments now!?"
"What the hell? lol"
"Everybody is listening."
I have to do something for them and Chusingura!!!!
Even if it was a kind of misleading lip service.....

When they initially seemed bored, ultimately they gave me the same pose as my drew pictures in turn one by one..(It was from Ārin who started doing the pose.)
"So happy I could die..."
It was the happiest happening event for me (and may be for Chushingura).

The director deleted some comments considering various factors.
I think his judgment is correct.
 

 

 

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あこう忠臣蔵


あこう忠臣蔵


播州赤穂の春の義士祭におでかけ。

2018年4月7日…桜は東京ではもうすっかり花びらが落ちておりましたが、一晩目の赤穂では夜桜の花見を予定。
赤穂の桜やいかに!?


              ふたつともえ


昼時分に到着してホームに降り立ちますと、東京よりちょっと寒いなと。こんな気候なら桜の花は東京ほどは散りきってないかも?と期待。
今回の旅、実は先ず赤穂御崎(みさき)の展望台広場で開催中のさくらまつりに出かけたかったんです。
午後二時までだってんで間に合うようにホテルのチェックインよりも早めに参りました!

駅ビル「ぷらっと赤穂」で塩ラーメン赤穂らーめん麺坊をかっこんで薄着による冷え込みをカバーしてから駅前でバスを待ってたらばったりと船曳商店のオイスターシスターズしょこさんが「せんせい!」とお母様運転のクルマからぴょーんと飛び出してまいりましてこれから京都にお出かけになるという、ま〜相変わらずフットワークの軽いことで素敵。そんな軽いやりとりでさらに体温が上昇hato







それにしても播州赤穂駅。初めて来た時からあったお蕎麦屋さんとお土産物屋さんが無くなっておりましてちょっとしょんぼり…。




▲ヘビーユーザーではなかったけど、
 いつもあったものが無くなってしまうのは
 ノスタルジーですNAKI-SOH



しょんぼりしてまた体温が下降して薄ら寒くなったところで、待ってたのとは違うけど目的地に行ってくれそうなバスが到来。
その名も、周遊バス陣たくん号!100えん!
このバスに乗ると一発で赤穂の名物あちこちを把握できます。
乗りたかったのよね〜ん。初めてなんです。

陣た号じゃなくて「陣たくん号」
接尾辞がふたつ続くというユニークな名前です。
(義士娘、という言い方もするし赤穂のお家芸ですなw)







さつき町の前あたりでしょうか、車内に歌がかかります。
「きーみのめーぐみーにくぅーらぶーれば♫」
唱歌「四十七士の歌」であります。

ホントは長い歌ですがバス停とバス停のあいだの時間内に終わる感じになってます。
同乗客はあらかたおばあさんなのですが(なぜだ?)、リズムをとったり一緒に口ずさんでる人もいますし放送が終わると
「ああ、懐かしい歌聞かせてもろうたなあ」
と言ってる人も。
な〜んだか、いい感じだなと。
こんど10周遊ぐらいしたいと思います。

陣たくんバスは唱歌を使ったり、名所めぐりといい、軸足のしっかりしたご当地自慢の輪郭がハッキリとしております。
また、在来の路線バスを観光用にするより、観光用の小型の乗り物が単独で活躍しているのは、押し付けがましくなくていいのじゃないかと。
各地がそうですが、地元の人が必ずしもみんなが地元の名物や名産を推すわけじゃないって傾向、あるでしょう?
そういう方たちの気持ちを逆なでしないよう気遣いするのはむずかしいですな。




赤穂御崎(みさき …ほんとは東御崎)に到着〜
 そう。これぞ陣太くん号 全貌。



午後14時までこちらの展望台広場でさきほど申しあげた「さくらまつり」がございまして播州義士太鼓の演奏や、お獅子やバンドが出るということで…

おぉっとお!?

その太鼓が帰ってゆく!
まっ待ってくれっ!







時計を見たら13時45分あれー!?
昼に到着したはずなのにどういうことだ!?
南無三。ラーメン食って20〜30分バス待って、のんびり周遊バスを堪能してたのがアダとなったか!




▲うわっ!ちょっちょっ陣太くんも帰るっ!
 陣太くんとハイタッチできたのはなにより。




▲そんで、義士娘さんと写真撮れたのもよかった。
 (不思議な写真。平地に立ってたはずだが
            背景がずいぶん斜めっている)





▲ここで演奏会やってたんですね。



なんか、なんにも見られなかったけど、ダイジェストで残像は見られた(笑)。


気を取り直しましてあたしゃ、海に出てみることに。
実は何度となくうかがってる赤穂の、海に出たことは今回が初めて。







山を降りてまいります道すがら、上の桜は思ったよりもほぼほぼ散っておりますが足元は満開でございます。
そんなに大勢が行き来してないと見えてたいへん美しい。
そしてフワフワとした踏み心地。




▲ざぶ〜〜ん・・・おだやかやな瀬戸内海。  
 釣り人ちらほら。



また上へ上がりまして、桃井ミュージアムでお茶。
ここでは赤穂雲火焼(あこううんかやき)や織物の赤穂緞通(あこうだんつう)が見られます。






▲雲火焼きのカップでアイスコーヒー。


▲帰りのバスを待つくすお(中央)



さて
もうひとつ、前から気になってたけど行きそびれていた赤穂玩具博物館へ。


なんでも鑑定団で有名なブリキのおもちゃ博物館館長・北原照久さんをこよなくリスペクト&ご昵懇の鈴原義経館長が独自のセンスで構築するおもちゃハウス。




▲赤穂城大手門前から少し西に行った道沿い。



一見パラダイス(©探偵ナイトスクープ)と思しき圧力がわたしを数年寄せ付けなかったが(笑)、鈴原館長は愛にあふれるいたって親切な御仁で、赤穂のあちこちのイベントにも貢献しておられます。

コンセプトも見せ方も、博物館というよりインスタレーション。




▲館長と。



さて、いったん東横イン(宿泊所)で一息入れて…
ジモ友・イラストThe 47Black Catsのマエカワ先生とナースminaさんのお誘いでとなり町・坂越(さこし)まで夜桜見物へ。
銘酒・忠臣蔵をリリースされてらっしゃる400年つづく造り酒屋の奥藤さん(おくとうさん)の屋外パーティです。
新種のお酒ご披露を兼ねた花見だそうで!(会費制)
あちこちから、参加表明のお酒好きが20名強ほど集まってまいりました。







大避神社(おおさけじんじゃ)の横っちょの船岡園展望広場でテントが設営。
(翌日はここで坂越さくら祭りがあります。)

日が暮れますと…

こぉ〜れが寒いっ!ase2




▲なかなか花見どころではありません。


▲赤くストーブが灯る。


▲風が無きゃあなあ…



美味しいお弁当は闇夜に隠れて口に入れるまでなにをいただいてるのかわからず、おのおのスマホのライトで手元を照射。

美味しいお酒に、思いのほかあたたかな粕汁に人気が集まりました。







舌鼓を打ちながらもブルブルと体を丸めて会場を後にし…

赤穂に戻って心膳 みさきやさんで温かいものをいただきます。
(なんだか食べ直しみたいですいません。)

そのあと、あの、名前忘れちゃった。
赤穂書房さんとでっかい写真屋さんの間入って川の手前左に入ったアソコで塩ラーメン。

締めを食べたのにそのあと、お城通りスナックのリリアンさんへ。






▲スナックのリリアンさん。



リリアンのママはあたしの母くらいの世代の方上写真には写ってません。ちなみに)ですが、着付けの先生で義士祭とか赤穂情報物産館でのコスプレに一役買っておいでです。

じつはこちらのお店の入ってるビルにご注目なんですが…
よそから来た観光客としてはお城通りのこの建物。気になります。
なかでもリリアンさんの入ってるビルは両隣が更地になってひときわ目立ちます。
全盛期は呑みの殿堂でしたろうなあ。
あたしゃなんかもう、このたたずまいが大好きでして。
リリアンさんのほかにどちらが稼働しているのだろう。




▲昼間のようす。


いろんなお店が入っていたのです。



▲いや、コレはアウトだろう(笑)。
 ブラックジャック7巻「シャチの詩(うた)
 「見て!ピノコでも背が立つわのよ」
 のシーンと、お見受けいたす(要確認)


▲「ヨンナナ」というネーミングは
 すごく良いと思うんですよね。四十七士でしょう?



さて
翌日、日曜日はあちこちで催しがございました。
駅周辺はいろんなウォーキング企画の待ち合わせの様子が見受けられます。

あたしゃ
浅野家の菩提寺・花岳寺さんでちょっと打ち合わせがございましたのでおでかけ。

お庭では書道パフォーマンスの真っ最中。
同時に開催中のオルガン&琴演奏がいい感じのバックグラウンドを演出しております。




▲待機してる学生のアリサマのかわいいこと。



花岳寺さんで取材したあと、赤穂大石神社さん主催の「春の義士祭」
女人義士行列見物へhato

その前に腹ごしらえ(11:30ごろ)
これまた一度も体験していない巴屋さんの討ち入りそば。




▲赤穂城大手門前。


▲店内は居心地が良くてひろびろ。

槍や赤穂緞通などがさりげなくディスプレイされていて、これまで赤穂を訪れたスターたちの写真なども飾られている。
わたしより前に来ていたおじさんが落ち着かず立ったり座ったり。
「おそいなぁ」(<関西のイントネーションで読んでください)
いやいやおじさん、せっかちだなあ。
と、心のなかでほくそ笑んでたが、…た、たしかに遅い(笑)!
待つこと30分
やっとありつけた「討ち入りそば」




▲具には赤穂義士にまつわるコンセプトがあるのだろう
 と予測されるが、
 持ってきてくれたおねえさんの説明はなかった…



東京の立ち食いそばはスピードがモノを言うから比較してもアレかもだが、たった5分でも「ご注文を受けてから茹で始めるので5分ほど時間をいただきます」と、わかりやすいところに表示してある。そういうサービスがあってもいいかな〜と思いました。
老婆心御免

最初にお茶とお菓子が出されるので、これがもしかしたらおまたせ御免のサインだったのかも。
それならそれで出す際におねえさんから「ちょっとお待ちいただきますのでごゆっくりお茶など」とヒトコトあったらずいぶん違うのだがなあ。
せっかちな客と鉢合わせると藪蛇になるから言わないでおいてるのかな。
ただ、あたしゃ食前にはスイーツはよう食べまへん。NAKI-SOH

義士行列に間に合わなくなってはいかんとそばをかっこみ(おいしかったです)、境内へ。




▲飯尾宮司



募集をかけるとすぐに定員になってしまうという、人気を誇る女子版。
子供からオトナまで参加です。

飯尾宮司さん「もりいさん、一緒に写真撮りましょう」と隊列から呼んでくださった義士ふたりは「姫路のほうでアイドルやってらっしゃるそうです」っておっしゃってたけど、大阪発祥のFiore(フィオーレ)というダンスボーカルアイドルユニットから、黒田あやめさんと中村栞菜さんが一緒に写真撮ってくれました。

パレード前に武田千優(たけだちひろ)さんによる『忠義の桜』が披露。
今回人前で初披露ということでございました。
これあの〜、配られたチラシにも総門の立看にも名前が無い。
も〜ちょっとアプローチしたげてもいいんじゃないかなあ〜と思いました。
老婆心御免。




▲ノリの良い女子義士は歌に合わせて左右に揺れる。







じじいが言うとほんとに気持ち悪いかもなんですが、頭に桜刺しちゃったりしてね、ほんとかわいいんですよね!女子の義士行列!
どんどん盛り上がったらいいなと思います。

であの〜…

あとからツイッターとかで見てみると、女子に渡された刀の柄巻きが解けちゃって半分くらい中身がむき出しになってるのが多く、アレなんとかならんものでありましょうか。
なんだかお気の毒で、巻くなら巻く、巻かないなら巻かないとしてはいかがかなーと。
動画とかに巻き方が上がってるんで、あたしも手伝いますから、ここ、修繕できないものでございましょうか。
これは貸衣装ですかな。それだと手も足も出ませんが。

あっあれだ。柄に平打ち木綿の紐か、白い布を巻きつけりゃいいじゃありませんか!実際そうだったんだそうだから。
老婆心御免。


行列は女人義士のほかにも阿波おどりやカントリーダンス、盆踊り、よさこい踊り、でえしょん踊りもつらなってにぎやかなパレードだったご様子。


あたしゃ全部をつぶさに見られず、花岳寺さんに打ち合わせに出かけ、その後にわたや矢野社長と前述マエカワ先生と会食。そのまま花岳寺周辺の商店街でくりひろげられていた、お店改造して飲み屋にしたりワークショップや展示やったり路上でライブや出店など「カガクジカイワイレトロさんぽ」というイベント…が、すっかり終わっちゃったあと、一店舗だけ不夜城と化してる会場に酒をたかりに参りました。




▲おもしろ好きのヤマグチパイセンによる空間大改造。
 空いてる店がコジャレた飲み屋に変身。
 あたしもこういうこと出来る人になって、
 あちこち忠臣蔵空間にしちゃいたいなあ。



今回は2泊。




▲昨日も今朝も、ウインナーが無かったよNAKI-SOH




帰りの汽車に乗る前に骨董屋さんに寄って物色。
戦利品をせしめて、また塩ラーメン食べて帰りましたとさ。


どっとはらい。




▲お人形さんいらっしゃいませ。



教訓
やっぱ2泊は基本だなぁ〜〜・・・




▲駅周辺の主な登場場所。
 (赤で囲ったり、赤文字だったりのところ。)



 

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やまがた忠臣蔵(2)


やまがた忠臣蔵(2)


 今回、山形に参りました主目的。
それは中山安兵衛の歌舞伎を観る」で、ございます。

 いつであったかSNSに地芝居・黒森歌舞伎が「高田馬場十八番切」という演目をおやりになる(本劇団には17年ぶりの出し物)という拡散があって、そもそも地芝居というと珍しい演目がかかることが多く、先日も「子ども歌舞伎」で立花左近がどっかでかかってて、あたしはそれを見そこなっておりますので立て続けにいろいろ見られなかったとあっては忠臣蔵マニア「くすや」オーナーの名がすたると、勇んで出かけたわけでございます。

 地元の人が演じる地芝居は、もともと江戸時代に神様に奉納するために伝わったインディーズの歌舞伎で、よく落語で村芝居みたいに出てくるアレで、地域の民俗芸能。農民歌舞伎という言い方も今回の黒森歌舞伎公演の場内アナウンスで説明しておられました。
 もちろん落語みたいにふざけたものではなく、演者の皆さんはたいへん真剣で、すごく素敵でした。

 国立劇場制作部の大木さんと飲んだとき、小芝居は各地でいろんな形で産まれ、また進化していたようで、講談を原作にしていたり地方まわりをしていたり義太夫ではなく浪曲で演じたりとバリエーションもあったというお話をうかがいました。
 本が残っているようなものはプロがコンテンツとして取り上げ上演することもあり、「矢作の鎌腹」や、2018年3月に65年ぶりにかかった「本蔵下屋敷」などがあります。







 さて
 マエノリで鶴岡に泊まり、楽しみにしてた朝ごはんはいろいろそつのないアパホテルさん。しかし定番のソーセージがありませんでした。
 でもまっ…美味しかったし、枕が加齢臭じゃなかったので合格!

 開演が13時半からということで11時のチェックアウトはちょうどよい。
 となり町とあって30〜40分で酒田へ。

 後輩Mが朝飯食べなかったというので、昼を早めに!
 山形はそばの生産地としても有名で、牛とともにそばをフィーチャーしてる看板をよく見かけますので、んじゃあランチは評判のそば屋としゃれこみましょう!
 後輩Mがリサーチして評判の手打ちそば・田毎(たごと)さんへ!




▲いえ〜い!!



はしゃまーーーっ



 この旅、なっかなかの空振り度合。

 ま、とにかく会場のそばまで行ってみよう。なんかあるだろう!




▲酒田市民会館



 会館前の無料パーキングは満杯で、誘導をしてるおじさんが近くの駐車場を教えてくれた。そこの駐車場のチケットは会場で料金をチャラにしてくれるという。

 さぁ〜てこのおじさんの案内で一苦労。なんせ実在しない駐車場の名前を教えてくれたもんだから(<もちろん悪意はなく、ただの言い間違い)、探せど探せど駐車場が見つからず、同じ所をグルグル…降りてはあちこち駆けまわり…。いや、そこらへんにいくらもある有料駐車場でもいいんだけどせっかく会場と提携してるならお世話になりたいし。
 で、また車で会場へ戻ると「わがたがっす?◯◯パーキング」(方言:イメージ)
 さっきと言ってる名称が違うじゃん〜!
 とは言わず、後輩Mと笑顔のまま固まっていると
 「あっクルマ一台でたでた!入れてけらっしゃい」(方言:イメージ)
 ということで、まあ、ヨシと。最初に来た会場前のパーキングにめでたく駐車。

 さっいろんな空振りがブンブンと続いたんで開演の時間が思いのほか差し迫っております。
 駐車場を探した際、ついでに界隈にいろいろなお店の存在もチェックしたので、会場のノボリに協賛で名前が載ってた「レストラン欅(けやき)」さんへ。







 これがなんというかもう、いっしゅん高額料金を取られるのでは!?と思うようなおごそかでゴージャスな雰囲気でなによりもそれが、あきらかに昭和から続くモダンなようす…を、あたしも後輩Mも写真に撮らなかったんだなぁ〜!
 そこで後輩Mはハンバーグランチ、あたしゃヘルシーランチをたのんだんですがあたしのは揚げたホウボウにすごくドッサリ野菜(withドレッシング)がかぶさってる料理でした。
 で、コーヒーとケーキを待ってる間にいよいよ時間がやばくなってきたんで(そっかぁ。ゆとりがなかったんでふたりとも写真撮ってなかったのだな)あとはキャンセルして出ようとしたらケーキを親切におみやげにしてくださいました。こういうところが旅に出てきてほっこりするうれしいエピソードですよねえ。
 ああ…もう一回ゆっくり行きたいなあ。

 あとで調べてみると欅さんのそれこそ真裏が、22.5ヘクタールを焼いたあの「酒田大火」(S51)の火元なのだが、風向きのおかげか見事に延焼を間逃れている。ということはほんとにすごく昭和(30年代の高度成長期辺りからある?)なお店だったのだろう。(いろいろ要確認)




▲おおよその延焼ゾーン。



 いよいよ会場に参りますとすっかり見られなかった前半部、昼からの「少年太鼓」「少年歌舞伎」にご出演(だったのかな)のお子さんたちがロビーでなにやら声を張り上げておりましてご案内中(後述)
 なんかちょっと圧倒されて内容を冷静に聞かずに避けるようにすごすごと客席へ tehease2

 お客さんの入りは上々。一階席がほぼ埋まっております。
 あとで調べてみますとこれでも観客動員が近年減っているそうで、お子供集が声を張り上げて頑張っていたのは黒森歌舞伎を盛り上げるために缶バッヂを売ってアプローチしようという運動だったのでした。
 協力して差し上げればよかった〜ase2









 さーもう、ワクワクしどうしです。
 セトリを見るとなんだかもう、気になるところが何箇所もあるんですがとにかく早く観たい!
(たとえば六郎左衛門 妻 娘…て、なんだろうと思いました。そうしたら、ま、うすうす感づいてはおりましたがほんとは六郎左衛門 堀部弥兵衛 妻…と書くべきを端折ったものだからわけわかんなくなっていたのでした)

 ちなみに山形新聞さんにはこの演目のことを「後に赤穂四十七士の一人となる堀部安兵衛の生涯を描いたもの」と堂々と間違えておりますがw(2018年3月現在)、ほんとは「中山安兵衛の幼少期から高田の馬場の決闘までを描いたもの」であります。



一幕目
「安之助母おてるあだ討ちの場」

 上手(かみて)に太棹を持った曲師さんと義太夫をうなる出語りの二人組。ときどき録音(?みすうちかな。)になるが基本彼らが演奏。
ものがたりは未亡人(夫は切腹したと言ってた)を口説こうともみ合いの末に殺してしまう大道寺源十郎なるよこしまな侍が、その未亡人の子=誰あろう我らが安兵衛さんの幼少期・安之助にカタキを取られるというおはなし。


 前の席のお母さんがちっちゃい子に「お父さん、やられちゃったねえ」といいながら観劇。なんか、ほんと、いやこれ、正しいなあ。なにこの風景!芝居の原点!?ほんものの「村芝居」「地芝居」。

 お母さんがパシャパシャ写メ取ってるからあたしも追随しましたが、さすがにここに載せるのはやはり気が引けますのでお芝居のようすは「黒森歌舞伎 酒田市民会館 高田馬場十八番切」にてご検索ください。



 20〜30分で終わると舞台転換を待つあいだ、唐突に抽選会が始まります。
 係の人がチケットの右上にある番号を抽選箱から引いて、あたったらほうれん草を二束いただけます。
 たったのしいっ!!!!! 先着7名!当たるかな!?
 後輩M「当たるといいですね!いま葉ものは高いですからっ」







 ところがま〜。ご高齢のお客さまが客席を立って舞台までいくのがしんどいのか、確認をしていないのか、あるいはいまやってることを把握されてらっしゃらないのか、会場は沸いてるのに当選番号をいくら発表してもなかなかどなたも出てまいりません
 ホワイトボードには誰も名乗って出てこない当選数字がどんどん追加されてまいります。

これかーっ!地芝居の自由度。すてきすぎる。

 んま、なんだかんだでほうれん草は7人のラッキーな人達の手に渡り、あたしも後輩もここでは幸運には恵まれませんでした。



二幕目
「松平右京太夫屋敷 兜割りの場」

 安兵衛のおじさん・菅野六郎左衛門が剣術指南をしている松平家で御前試合で出場し打ち負かされた村上兄弟に恨みを買うシーン。

 試合に負けた村上兄弟はかくし芸と称して刀の目利き(鑑定)を始めるが、けちょんけちょんにけなした菅野六郎左衛門の刀が見事にカブトを真っ二つにして恥を上塗りし、「かくなる上は真剣勝負。高田馬場で待ってるぞ」と菅野に決闘を申し込むまでにいたる。

 演者さんのカミシモの紋が無く、代わりに、紋の形に両面テープの跡があったりしてほんとにラブリー。


 ところで一幕目から気になってたんですけど、ツケ(床に置いてある板に拍子木みたいのを、役者の動作などに合わせてふたつ打ち付ける裏方の「パパンッ!」という効果音)がひじょうに心細く、「ほんとは叩いちゃいけないんじゃ?え?いいの?」というようなフワフワしたものでした。これも、味w。







三幕目
「八丁目長屋の場・高田の馬場」

 前半はのんべえ安(安兵衛)と隣に住むコミカルなおばあさんとの掛け合いで大いに観客を沸かす。近年の安兵衛がらみの忠臣蔵テレビドラマで完全にスキップされる(※01)のり屋のババアがいかに大切なキーパーソンか、クリエーターはここで観客が大喜びしてる様子を一度見てみるとイイと思う。そんなモヤモヤが場内の爆笑があるたびに湧いてくる。ちなみにこの芝居では「のり屋のババア」ではなく、おてつという飯炊きババアである。
(※01)…三谷幸喜の「PARCO歌舞伎 決闘!高田馬場」を除く。

 安兵衛がおじさんからの手紙を読んで、講談ではババアの飯をおひつごと横取りしてかきこみ、すっ飛んで出ていく安兵衛さんだがここでは意外にもお行儀よくババアが用意したご飯をいただく。
 しゃもじと納豆(でかい)を包装してるワラに「黒森納豆」と貼ってあった。
 ここで感付けばよかったのだがパートナーの森井ユカ(雑貨屋スーパーマーケットのマニアで大借金して世界中を回る稀人)の著書によれば酒田の塩納豆は絶品だという。ギャグ的に使われてる黒森納豆もいろいろ種類があって、ああ!そういえばロビーで販売してたなぁ!なんだか気持ちに余裕がなかったのか、この度はなかなかロビーに落ち着かなかった。

 いざ高田の馬場へという早駆けシーンでは観客席から「安兵衛がんばれっ」という掛け声も。
 途中で縄のタスキをとおりがかりの娘(のちの奥さん)に呼び止められて彼女の扱き帯に取替え、鉢巻にかんざしをさして再出発。

 でまあ、高田の馬場で18人(も出てきやしませんが)やっつけてめでたしめでたし。
 中津川友範が陣幕の向こう側から襲いかかってくるシーンはここで見られるが、コレがルーツか?




▲黒森歌舞伎の座長・冨樫さん



 いやはや豊かな時間でございました。
 来年11月には日本とポーランドの国交樹立100周年を記念した初の海外公演も計画中だということで、頑張って実現させていただきたい。

 さて、実は思っていたよりも(場面転換の時間も含めて)ランニングタイムが予想をオーバーしており、米沢に帰る車が少しスピードを出さなければ?というあんばいに。
 本当はこれをもって米沢でクルマを返し、そのまま新幹線に飛び乗る予定でしたが後輩Mが車中においてハンドルを握りながら
「山形が気に入ったからあたしもう一泊して帰ろうかな」と言い出した。
 このヒトえらいなと思いましたが、これがね、レンタカーを営業時間中に返せないから自分が残ろうとしてたんです。
 サムライですなっ!え〜らいっ!!!!

 あたしゃそれに気づかず、ノリで「あっじゃ、俺も!ON-PUとはしゃぎまして、なんだかまたいたずらに盛り上がる。

 車中で宿を確保して、米沢に着くと案の定レンタカー屋さんは閉まっておりまして(翌朝返せば良い契約)、列車の切符を変更して、晩飯にまた米沢牛を食べに。




▲たよりになる後輩M。手ぐすねを引いております。



 さ〜またこのお店がなかなかで、食べる気まんまんでコース料理に挑んでいた我々も「えっまだ出てくるの?コレで終わりのはずでわ?」といった具合に次から次に肉まつり。
 メニューを見て把握していた内容と違う感じなので見間違えてたかなと。一度あらためて給仕さんに値段を確認するシーンもあった。
 霜降りが好きな人にはたまらないでしょうが、脂の多さにふたりともグロッキー状態
 デザートのいちごシャーベットを楽しみに、ともかく出されたものはいただこうと後半は死力を注いだ。
ところがどっこい、実は「デザートが底をついてしまったのでお詫びの印に肉を追加してくれた」というご事情だった。

ぎゃふ〜〜ん!

 ですよねえ!?流れ的にいい感じに締めと思われるようなもつ煮込みのあとからスタートの勢いのある山形牛や米沢牛が出てくるんですから。
 ていうか、で、デザートが無い?というところに狼狽した我々は、余計にいただいているならお気持ちだけ…と、恐縮しつつホルモン類だけちょっと残しちゃって退散。(ま、21時頃うかがったからな〜)
 帰路にあるコンビニでパピコアイスを飼い食いして宿で別れます。




▲ソッと追加されたお肉たち



 翌日、汽車の時間まで地元スーパーのようすをはしごしながら(地元スーパーは「地元」散策に最適。森井ユカ推奨)、また地元ラーメンを食べて東京へ帰りました。




▲ヨークベニマルでラーメン。


ふたつともえ


 自分で運転しての旅は初めてでしたがフットワークはいいんだけど「停めるところ」の問題と「酒が飲めない」ふたつの課題がつきまといますな。

 あと、年がら年中地べたを掘り起こしてる東京に比べるとやはり道路の劣化が激しい。アスファルトに穴っぽコが多いです。こりゃ、スタットレスタイヤなどの影響もあるのでしょう。

 近いうちに、春、また訪れたいと思いますhato



 

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やまがた忠臣蔵(1)

やまがた忠臣蔵(1)


 山形県の酒田市・黒森には、県指定民俗文化財「黒森歌舞伎」という地芝居がございまして、今回『高田馬場十八番切』が上演されるということで見にお出かけ。

 で、せっっかく山形県なら、こりゃもう忠臣蔵ファンといたしましては吉良上野介息子を養子にやった上杉家とその関係者」のお墓参りするでしょう!ということで、米沢〜酒田というひとりツアー計画を立てました。
 討ち入りの夜、自分のお父さん(吉良)が夜襲にあってるから出動しようとする上杉綱憲を家老・千坂兵部(とか色部又四郎)に止められる、あの名シーンのおふたり。そして吉良邸で赤穂浪士に立ち向かう上杉の派遣社員が眠っております米沢。

 結論から申し上げますと、これからご覧頂きますのはおそらく忠臣蔵ゆかりの地を散策したブログが数多くあれど、これほどまでにビジュアル的に抜かりのある内容は無い!という墓参りの顛末でございます。
 これも、このブログならではのことでございまして、3月頭に北国に行くとどうなるかを堂々と道程をご報告するものであります(笑)。







 出かける前に米沢から酒田までの道のりを乗り換え案内で検索したら「新幹線〜在来線」という結果が出て
「いやいやいや。県内を新幹線で移動とかありえないから。また操作ミスをしちゃったかな。」
 と、笑いながら混乱したので、やまがた観光情報センターさんに直接お電話。
 列車の本数や連絡のことを考えるとレンタカーが良いだろうということに。

 で今回、旅の計画中にたまたま別件でラインのやりとりをしていた後輩M(忠臣蔵ノンケではありますが旅好き)が道連れでございます。
「そういえば週末に米沢行くけど、行きます?」
「いきまーす」
 という、気まぐれもいいところの成り行きでしたがこれが結果的に大助かり。一人旅もいいですが相棒がおりますと知恵を出しあえてようございます。特にクレバーで体育会系のMは勘も良く、食事の趣味も合うし喜びと愚痴のセンスもリンクいたしてましてまことに居心地が良ろしゅうございました。東京駅で待ち合わせていざ、米沢へ(約2時間で到着)

 さて、3月頭の米沢にはまだ雪が残っており、…「残っており」と言っても東京者の言う日陰の白いショボいのとはほど違い、ミルフィーユのようになった分厚い身長くらいの雪(とか、腰の高さや山盛りや、いろいろ)が、乗用車をおしつぶしてたりいたしております(こわかった…)
 駅前にある、波止場で船をもやってるビットみたいなオブジェはなんだろうと思ったら、あとで神社にも似たのがあったんで聞いたら「雪灯篭が溶けたもの」だそうで。ミルフィーユがそのくらいの「雪溶け具合」とご想像いただきましょう(わからんわ)







 昼に到着いたしましたので、予約したレンタカーをゲトりましたらさっそく腹ごなし。せっかくですからランチはもちろん「米沢牛」ですね!
 参りました駅前の「べこや」さんに入ると、お女中がたまったま渡してくれた下足札がなんと「四十七」。なんだかこりゃあもう、できすぎためぐり合わせじゃないですか!?ここですっかり上機嫌。









 おでかけルートは画像の通り。
 ひと通り回ったら、その足で酒田へ行く計画。
 色部さんのお墓だけは最寄りが違うので、またの機会にすることにいたしました。







1
 まずおじゃましたのは、映画「赤穂浪士」では大石内蔵助の好敵手=千坂兵部さんのお墓。駅からほど近い日朝寺さんを訪ねます。
 とにかくお寺さんがたくさん集まっております界隈(直江兼続がお城整備した際に寺町を作ったとか)にある千坂家の菩提寺・日朝寺さんはなかなか構えが立派でありまして、…でありますが、それはそれとしてやはりまだなかなか足元が悪い。この日は格別に晴れ晴れしておりましたので上からは総門やら周囲の樹木から雪解けのしたたりが。









 入ってすぐに「千坂家の墓」と看板が出ておりまして、見回すと千坂兵部さんの表示も!
「おお!千坂様!」
 墓に近づこうと致しますが雪のことですので足をズブズブと取られ、思うように進めません。カンジキがほしい!
…で、





…どっちが千坂兵部様の
お墓なんでしょうか!?






とりあえず、両方に手を合わせてまいりました。




▲ズブズブズブ・・・



2
さて、つぎは吉良上野介の奥方、富子さんのお墓参り。





…が、わからない。


 南無三宝!完全な雪解けを待たずに墓参りに来れば、北方ではこのようなことになるのかっ!

 以上。法泉寺さんでございました。



 〜これこそが冒頭で申し上げました
 「ビジュアル的に抜かりのある内容」でございます。
こんなかんじでまだ、続きます。



3
 続いては上杉家のご廟所(びょうしょ。米沢藩主代々のお墓)上杉綱憲のお墓参りでございます。
 綱憲さんは実のおやじの吉良上野介の借金を肩代わりしたりするんで、ドラマなんかでは上杉家代々の家老・千坂兵部が「いやだなァ」という態度の演出の時がございます。






▲上杉謙信を奥に12代目まで整然と並ぶ廟屋(びょうおく)。


▲綱憲さんのお墓の前は雪をどけてございました。



 討ち入りから2年後に42歳の若さで病死。
 米沢藩の財政を傾かせたみたいなイメージですが実際は諸説あるようでございますね。
 真相はともかく、現地では立て直しをしたと言われる上杉鷹山のほうがありがたがられてるようすで、そこかしこに彼の「なせば成るなさねば成らぬ何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」という文字が目立ちました。(下の句にナセルはアラブの大統領。というのが昭和生まれには有名です。)




▲閉鎖中の資料館。



 受付さんが資料館は春まで閉鎖中だという。
 お参りできるお墓が限られて、資料館は見られないけど、入場料は変わらず(要確認)350円です。ぜんぜんオッケーです。はい。



4
 で、ですね。
 お次が、林泉寺さんに眠る新貝弥七郎さんのお墓。
(上杉家、直江家の菩提寺)





▲…が、どこかに!



5
照陽寺さん。
 ケガだらけで赤穂浪士に立ち向かった山吉新八郎さんのお墓。





▲…は、いずこに!



 ああ、どこらへんかなあ。

 もう、後輩Mと笑けてまいります。
「ああ楽しい!なんにも見られないや!」



 新幹線の車窓からドカ雪が見えた時に一番心配したのは「道」でありましたが、到着して駅前に出てみるとその心配はすぐに解消され、それよりも史跡めぐりをしたい人間が一番心配すべきは雪が積もっても構ってもらえない、インフラと関係ない場所=墓地なのでありました。

 これはつまり、身内にご不幸があってもその季節によってはホトケさんは納骨の「待ち」があることなのでございましょう。
知らないことってたくさんあるものでございます。



6
 最後は米沢城跡にございます上杉神社内の福徳稲荷そばの
 「赤穂事件殉難追悼碑」。






▲討ち入りに応戦したお侍もさることながら、その後に病死した上杉綱憲やその正室、吉良の娘や左兵衛など関係者の死にも触れ「赤穂浪士事件のために上杉家の不幸 後年におよぶ」と結んでいる。



 これに手を合わせまして、4月まで見られない宝物館(三左衛門さんが「大太刀とかが見られますから絵の参考になりますぞ。」とおすすめしてくれていた)の外観だけ見て境内を出ました。




▲雪がおっかぶさってなくても、この時期は
「春までは見られない」あれこれを覚悟。



 余談ですが宮坂考古館というところにも義士が吉良邸に脱ぎ捨てたと言われる鎖帷子があるそうなんですが問い合わせたらこれも現在非公開。(もっともこちらは季節とは関係が無いようで)


 この時点で15時すぎ。ちょうどおやつの時間ということで売店で濡れおかきを買って食べ。舌鼓を打ちながらも上顎におもいっきり血豆を作って、そばにあった「米沢ラーメン」という看板に引きつけられて暖簾をくぐる。




▲頭の中にあるもっともオーソドックスな形の「醤油ラーメン」がおそろしいほどパーフェクトに再現されている。
このところずっとこの種を食べたいと思って巡りあえずにいたのでまじ卍すごく高まった!



さっもう、

酒田に向かいましょう!








 さ〜これが遠かった。
 山形県の形は知っておりましたが、うかつにも大きさを捉えてなかった。
 県内移動に新幹線を使うという乗り換え案内の結果はミスでもバグでも無かったんですな。165キロほどあってこっちの事情で言うと東京から富士山と清水港の間くらいまでいけちゃう走行距離です(要確認)




▲めっちゃスッポリ東京都横断!
&トンネルであります。
「ラーメン食っといてよかったね」がふたりの口癖に。



 地元の山形放送を堪能しながら4時間ほどかかって(有料道路だったらもっと速い)鶴岡(酒田のとなり)に。
 なぜか酒田のビジネスホテルは満杯だったので、泉岳寺周辺の景観を傍若無人にアレしている●パ・ホテルさん鶴岡に宿泊。あたしには初アパです。
 いろいろそつがない、良い居心地でございました。

 フロントのおじさんにうかがって近所で魚料理をつつきながら一杯やって解散。



 以上、米沢藩「その1」(「その2」はいつか雪の無いときに)のご報告でございました。

次回は
 
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トークショー顛末

 


12月の討ち入りを記念した播州赤穂(ばんしゅうあこう)のお祭り「義士祭」「忠臣蔵ウイーク」。

このお祭りに参加させていただくと、いつも赤穂ならではの経験をさせていただく。
「ならでは」のほんわかした気持ちにさせてもらえる奇跡。

そんなおうわさです。


              ふたつともえ  


忠臣蔵のふるさと播州赤穂の義士祭の手前の一週間を、いろんなイベントで彩る「忠臣蔵ウイーク」。
その開催2日目にトークイベント
「忠臣蔵談義 忠臣蔵ってどんなお話?」
これを忠臣蔵問屋わたやさんの矢野社長と対談、というかトークショーみたいなかんじでさせていただきました。







このイベントは朝からなので、前の晩に打ち合わせすることを矢野さんと決め、東京からはその打ち合わせに間に合うように午後にでもテキトーに赤穂に入ろうと切符を用意していたが、直前になって赤穂らじおさん(市民有志のみなさんによる地域密着インターネットラジオ)から昼の出演依頼をいただきました。
「ランチをごちそうしてくれる」ということでもう、大快諾!
買った切符を昼入りに変更。

駅前から城までつづく「お城通り」(あれ?お城通りって息継ぎの井戸から城まで?それとも駅からずっと?)の中腹にある物産館の前に特設ステージを設け、公開生放送。
パーソナリティが自分の前を通りすがる人を気にしてるんだかしていないんだか、とうとうと放送を続けるあの独特の有り様はいろんなところで何度も見たことがあるが、まさか自分がそういう経験をさせてもらえるとは(ちなみに翌早朝は春風亭一之輔師匠の「サンデーフリッカーズ」に電話で生出演し、赤穂から中継記者w。番組内でこたびのイベントはノーギャラとうかつに申し上げましたがマチガイですのでご放念ください。この場を借りてお詫び、訂正させていただきます)


赤穂に到着すると、改札でもりいと事前にメールでやりとりさせてもらってたラジオパーソナリティのいちごさんが出迎えてくれた。
もりいの出番の前が着物のテーマの番組だったということで、あでやかなお着物姿であります。
駅から物産館まで向かう途中なかなか寒そうにしてらして、あたしを現場まで歩かせるのを恐縮してくださっていたが、あとでわかったんですが往々にしてこうした都市では(東京郊外もそうだが)人はだいたい車生活(もしくはチャリ)がメインなのでありますな。
そこで、出迎えた客を歩かせるのが忍びないということだったんですが、観光客は歩くのぜんぜん平気です。ていうか、あつがって小脇に抱えてたダウンジャケット貸してあげればよかった。

物産館に到着して今年の夏のゆかた祭りでもMCをしていらっしゃった、らじおのボス:いろはさんと合流&ご挨拶したあと3人で近所の和食「どんぐり」さんでごちそうになって、いざ放送。







話題は忠臣蔵が好きになったきっかけや赤穂の印象。翌日のイベントのことなどについてお話しました。
赤穂らじおさんのブログにもりいの出演のお話がございます。>https://ako-radio.jimdo.com/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/

(お菓子屋さんであらためてやった録音聴けます>http://akoradio-star.seesaa.net/archives/20171225-1.html

ちなみにいろはさんは、物産館のすぐそばの息継ぎの井戸のところにあるからくり時計のところでこの時期は手話の中村さんと、もりいの「早わかり忠臣蔵絵本」を拡大した紙芝居の読み聞かせや「忠臣蔵手話クイズ」を赤穂玩具博物館館長さんによる「忠臣蔵紙芝居」(こちらは実際の紙芝居)とともにパフォーマンスしてくださってます。




▲参考画像
 あたしまだ、演ってるところを拝見していませんのase2



放送が終わったあと、近所の和菓子屋さん「岩佐屋 かふぇ・ど・亜月」さんで磯辺焼きと生姜まんじゅうをいただきながら今度はインタビュー。こちらはたったいま放送した内容をあらためてかいつまんで話して、後日に赤穂らじおのHP『輝け!赤穂の星』へアップされます。そして別口で「FMゲンキ・赤穂らじおのしおかぜだより」 というのに使う(予定)用のさらに短めのインタビューも。







そうこうしているうちにトークショーの相棒・わたやの矢野兄ぃと待ち合わせの時間に。

駅に隣接しているビジネスホテル(今年いろいろ泊まったが、もっとも寝具に加齢臭が無いホテルでした!東横イン播州赤穂!ベスト・オブ・ホテル・アバウト・忠臣蔵。のフロントのところにあるテーブルでアレコレ相談。

今回のテーマである「忠臣蔵のどこがいい」という話をしてたら、内容に感動してひとりで喋りながら2回ほど泣いてしまった。「絵図面取り」とあと、どこだったかな「南部坂」?あっ「天野屋」だw。

笑いながら矢野兄ぃは「明日その症状が出たらツッコミます」

夜はあたしの絵を名刺に使ってくださってる「すし若」さんで飲んだくれて、お勘定を払わずに出てきてしまいました。
矢野兄ぃが払ってくれちゃったのかなあ。今度精算しますので!ごちそうさまですhato


             ふたつともえ


トークショー当日。

 

この日、午後から講談がある若林鶴雲先生(同ホテルご滞在)とともに朝にお車で矢野兄ぃが出迎えてくれて、みんないっしょに浅野家の菩提寺・花岳寺へ。
朝から読経をするためではない。コスチュームに着替えるためであります。
そう。トークショーは討ち入り装束でおこなうのであります。

袴の帯はホテルでネット動画見ながら結ぶにしても、五十肩で不自由な左腕をかかえて、どうやって篭手を装着しようかと悩んでいたので、この「全員でお着替え」はうれしゅうございました!おべべを着せてもらう子のように、鶴雲先生にすっかりお世話になりました。
(ちなみに鶴雲先生はコスプレではなく、普段着から和装にお着替えです)




▲お着替え完了(花岳寺さん)



トークショーは花岳寺から歩いてすぐそば、加里屋まちづくり会館。昔風に言えば集会場なのだが、多目的ホールや会議室を5室備え、設備が超行き届いている。







「忠臣蔵談義 忠臣蔵ってどういうおはなし?」

拙著「早わかり忠臣蔵絵本」を材料に、急きょ1ページ「俵星玄蕃」のページをはさみこみ(実行委員の岩崎さんにデータを送って出力〜裁断〜封入までお骨折りいただいた)、そのエピソードのいったいどこが日本人の心に響いたのかというお話をいたします。
参加費無料。






▲絵本を皆さんに。参加者は四十七士の名入りバッジが…



かっこよく定員47名というふうに整えましたが70人ほどご来場いただき、なにより学童の参加がすごく多いのが嬉しかった。
ご当地は言うまでもなく播州赤穂は忠臣蔵の故郷であり、よそから来たなまかじりの「愛好家」なんぞが「どういうおはなし?」なんて語ろうとすればどうあがいてもしゃべりが幼稚になります。ご年配のお客様にはご退屈なのではと危惧とプレッシャーもあったので、お子達の参加は助かりました。

絵本を受けたとったお母さんの「あっ俵星玄蕃入ってる!うれしい!」なんて声が聞こえると、なんだかもう、百年の知己を得たような心持ち。

赤穂女子最高!




▲なんと先日誤楽座にいらした方も!
 両国劇酒場「忠臣蔵」松元さんのファン。



そしてなんとなく、絵本を持った子供さんからサインのリクエストを頂き、「じゃあ、あたしも」というかんじでいつから、誰からともなくサイン会が始まりました。
「絵本の文言は全部覚えている」というお子さんもいらっしゃった!


hatoここ「アウェイ」ではない!hato


うれしいですっ!
あたしを殺すなら今やってください!




▲さながらサイン会



10時の開催時刻になったので、サイン会(?)をいったん切り上げてトークショー開催!

矢野兄ぃから丁寧に赤穂事件と忠臣蔵が違うという話のご紹介。

それを受けてあたしがいったんさらりと絵本にあるエピソードとともに「あらすじ」を説明し、最初に戻って「いじめ」から、皆さんが共感してくれそうなことや200年以上どこらへんが日本人の琴線に触れて人気がつづくのかを解説。

もちろん全エピソードは無理なのでそのあと
「刃傷(梶川与惣兵衛の立場)
「田村邸
(知らない人の同情)
「大評定
(価値観の違う人との討論ではなく対話)
「神崎与五郎の堪忍袋
(我慢のレベル)
「東下り
(知らない人の同情)
「絵図面取り
(親父の義侠心)
「天野屋
(死生観)
「南部坂
(誤解する方される方)
「くすや勢揃い
(浮世との手切れ金)
「俵星玄蕃」「強敵
(吉良家用人の忠義)
「大団円
(細川家でのAグループの扱いと当人たちの心持ち)
名エピソードを紹介しながら、そのバックグラウンドに秘められた共感できる秘密を紐解いていきながら進みます。

結果、いろんな登場人物の「覚悟」を紹介した感じ。

しゃべりながら泣きはしなかったけど「天野屋」の、息子・芳松が奉行の非道な取り調べの脅迫で熱した鉄板の上を歩かされそうになる時、芳松はわけがわからないで
「おとっちゃん、もうオイタはしませんから堪忍してください」
「死出の旅では手をひいてやるから笑って死んでくれ」

のやりとりで声がうわずりました。

登場人物のそれぞれ独特の自己犠牲の正義が、名声や手柄と関係ないところにしびれるという解説。
実はこうした態度へのリスペクトは、あの厚かましいアメリカにもあるのだ(<舌長し御免)




▲大きなスクリーンがうれしい。



矢野兄ぃとは掛け合いがトントン進み、何人かのギャラリーの方から「漫才みたいだ」というご評価をいただきました。いいですな播州弁と江戸弁の掛け合いって。

一番場内が笑い声に包まれたのは終演近く、コスプレで頑張る矢野兄ぃ(市の職員さんと観光のために衣装を着てお城付近で観光客の記念撮影に応じている)が夏はすごくお暑いということなんで、城の前でに死ねりゃあ本望だろうという不躾なドライヒューモア。



無事にトークが、予定通り1時間で終わりました。よくこれだけの量を時間内に捌けたなと。

11時から 質問コーナー。
もぉ〜〜〜ここでね、ある男子から
超忠臣蔵の新作はいつ出来るんですか?」

もぉ〜〜〜
この質問ヤバイ。
必殺悩殺。
お小遣いあげればよかった・・・・

ええと、らいねん「そば志ぐれ」つくろうと思ってる旨、ご報告。

ここいらへんです。
冒頭にお話した
「「ならでは」のほんわかした気持ち」
この時点でわたしの顔は温泉に浸かってるカピバラみたいになっていたはずです。

以前義士行列に参加させていただいた際も、見知らぬお子さんから「もりいさんですよね?いっしょに写真を…」と言われたものです。日本ひろしといえども、赤穂だけの愛の奇跡。ありがたいことでございます。


その後、その日の朝日新聞をあらかじめ持っていらっしゃってたご年配の男性から(<ご用意があったということはとにかくこの会の内容がどうあれ、その話題は発表するおつもりでおいでになってたのですね)、赤穂事件もお忘れなく、的なご指摘をいただいて、「おっしゃるとおりです」とお応えして矢野兄ぃが補足し、おたのしみの「ニラ雑炊ふるまい」へ!






▲なんて素敵なことでしょう。



サイン会の続きをしながら(うっかりと、後半の何人のお子さんにお名前を聴くのを忘れた。慣れないことですみません。慣れないどころかこんなにサインしたの初めてです。)
あたしも楽しみにしてたニラ雑炊!大石内蔵助の大好物ですって!
お芋も入ってカラダはすっかり温まりました!




▲この画像で珍しいのは、ピースサインである。
 篭手で手の表情に制限があるので。



ネガティブなご意見は届かないようにご配慮いただいているのだろうが、おおむね好評だったようでうれしゅうございました。

「知らなかった裏話に感動して涙しました。来て良かったです」
「対談からふたりの忠臣蔵好きがバンバン伝わってきました。」
「とても息の合ったお二人の掛け合い。M−1級!」
「姫路出身で赤穂事件と忠臣蔵の区別すらわかっていなかった!」
「忠臣蔵から学ぶもの、たくさん有りますね。」

などなど
甲斐あるご意見をいただいたようで、ただただ恐懼感激ですNAKI-SOH



そしてもうひとつ、
忘れてはならない地元ならではもございます。
地元のみなさんは生まれた時からそこが忠臣蔵の故郷なのであり、他府県の人達のように「芝居を見てからハマりました」というのとはワケが違うのであります。
だから「あたしはエンターテインメント専門です」とやんちゃ不行儀に振舞っているだけでは済まされない場合もある。
「忠臣蔵」や「赤穂義士伝」はまったく関係のないことととらえている皆さんからもりいの出禁を言われないようにこのポイントを重要に捉えて「愛好家」をやっていく必要があると思いました。
とはいえ、なぜこんなにまで事件の戯曲化が小躍りしながら「忠臣蔵」のことをまくしたてる東京モノを産んだのか、そもそもの事件の影響力を知っていただくサンプルとして、もりいとくすやのスタンス自体は変わらずにいます。

わたしのやることが相変わらずでも、上記のことが頭に入っているか否かではチョイスする言葉ひとつをとっても大きく違ってまいります。


             ふたつともえ


午後から始まる、鶴雲先生(は、ずっと聴いてくださっていた)の講談「仙珪和尚」「梶川与惣兵衛」鑑賞と、思いのほか暑かった装束を脱ぐために花岳寺へ。




▲安兵衛真観のモデルもやってくださった
 鶴雲先生を挟んで。



対談から講談までお付き合い下さった赤穂の朋友・The 47 Black Cats 黒猫47士のデザイナー前川先生と、銀波荘で温泉に浸かってた湯上がりのみのりさんと焼き鳥で一杯やって、多幸感に包まれながら家路につきました。
…前川先生は朝から付き合ってくれたんだからごちそうしてあげればよかったというのに接待ボケで割り勘にしちゃった!ゴメン!



赤穂はこれから、メイン・イベントに向かって盛り上がります。



品川から乗ったタクシーの運転手さんは西宮出身で兵庫なハナシをしながら23時過ぎに帰社しましたとさ。

これにて大尾。

 

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