小説
怪異談 忠臣蔵
〜ゾンビが出てくるやつ〜
この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。
(連載7)
赤穂浅野家家来の高田郡兵衛(たかだぐんべえ)は、二百石十五人扶持の槍術の名人で、子供の頃から、竹槍で雀や川の魚を突くという妙技を持っており、若いうちから宝蔵院流の槍の師匠のところへ弟子入りし、めきめきと腕前を上げたのだった。
異名を「槍の郡兵衛」。
積極的でまことに頭が切れる男だが、短慮が玉に瑕。
活発な者はとかく粗暴に流れたがるもので、仲間からよく心配をされた。
父の代から浅野家に仕えているが、年頃も背格好も似ている新参の安兵衛とは、たいそううまがあった。
御用に槍を使うようになったのは、のろまと距離をおけるからで、これは高田郡兵衛からの提案である。
もうひとりの武士は名を堀部安兵衛(ほりべやすべえ)と言い、越後の生まれだが浪人し、武芸の修行のために江戸に出てきて、数年前に高田馬場で、義理の伯父の決闘の助太刀をして、ひとりで相手を十八人も斬り倒した豪傑であった。
元禄の世にあって、珍しく勇ましい侍であり、おかげで江戸では、ちょっとした評判になった有名人でもある。
そもそもはおっちょこちょいで、気随気ままな大酒飲みであるが、仕官してからはそれを自分で諌めるために、努めて身を慎み、すべてを控えめにしようとこころがけている。
元来、無欲であるにもかかわらず、そのくせ他人から羨まれるほどに、なにかと評判が立つ男であるが、お世辞にも「運が良い」とは言いがたい。
神仏に好かれているのか、試されでもされているのか、不思議な難題と良縁がつねに入れ替りにやってくる。
高田馬場の一件は災難であったが、それがきっかけで、いまの主君に二百石の馬廻り役で召し抱えられたし、良縁にも恵まれ所帯を持っている。
しかしそれがまた…
これから彼らに振りかかる災厄は追って話すとして、ともあれ安兵衛は生来肝が太く、腹もできているところに武芸が備わって、その上明るい性格で洒洒磊落としている。
このふたりはなんの因果か気が合った。
さて安兵衛は矢立を取り出すと、ようやく明けてきたのを頼りにして、懐紙に
「右の者、餓鬼患者につき、かくのごとく斬首そうろう事、
死骸の儀はよろしくお取り捨てくださるべくそうろう。
尚、役割をしているもの以外 決してさわるべからず
赤穂浅野家 堀部安兵衛」
そう書いてそれぞれ二遺体の帯に、文字が見えるように挟んで、松の根方へ寄りかからせた。
亡骸には、言付けを書き添える…。
この一晩中、彼らがやってきた作業である。
郡兵衛は斬られて飛んでいった職人の「額」部分を、遺体の側まで折れ枝でコロンコロンと転がしてきた。
「あーばよ。きーばよ…。か」
「また、斬ったな。」
と、安兵衛が諫めるように言う。
「うむ。のざらしにしておけば町方が来る前に、タヌキかカラスの餌食だな」
「そういうことを言っておるのではない」
安兵衛は死んだ勝助の代わりを、自分の家来に託した。
書付を渡しながら
「善三郎。大儀ですまんが、できるだけ宿場中央を避けて江戸まで走れ。この書状を持って、御囲いのことを赤坂の下屋敷に知らせ、助勢をできるだけ大勢たのむのだっ」
「へい」
「道すがらのろまがいて、それがたとえお前の見知った顔でもけっして構うなよっ」
「おまかせください。委細、心得ましてございますっ」
はじめから自分にいいつけてほしいと思っていた善三郎は、死んだ郡兵衛の小物よりも十ばかり若かった。
健脚を自慢にしており、待ってましたとばかりに書類を受け取ると、猿(ましら)のように、すばしこく飛び跳ねながら、揚々と坂を駆け下りていく。
のろまと言われるだけに、緩慢な憑依者たちは、敏捷な人間を捉えることはできない。
安兵衛は頼もしく思って、背中を見送った。
宿場は、東西に走る大きな通りに面して、何十軒と宿屋が並んでいるが、どこもピタリと木戸を閉めきっている。
道には人っ子一人いないが、あちこちにてんてんと、死骸が転がっていた。
どの亡骸も御囲いの寝間着姿だ。
そこかしこから念仏や銅鑼、太鼓や鉦の音、赤ん坊の鳴き声などが聞こえてくる。
そこにフワフワと、ときどき煙が漂い、三人を包むのだが、それが悪い夢でも見ているような、前日に通りかかった時とは、同じ宿場とは明らかに違う、この世のものとは思えない異様な光景だった。
安兵衛も郡兵衛も息を呑んだ。
宿場の一番手前の、うすぐらい木戸番小屋を覗くと、もぬけの殻。
安兵衛は、土間に放り出された突棒を拾い上げると、中間の新吉に黙って渡した。
「え」
という顔で新吉は、安兵衛の顔を見たが、特別な言葉はかけてくれない。
新吉は生きている心地がしなかった。
安兵衛は宿場に漂う殺気をうかがいながら、あらためて表に出てあたりを睨みつけている。
風とともに流れて向かってくる煙が幕となって、ときどき視界を遮り、寝不足の目に染みる。
「内藤家の屋敷はここをまっすぐだ」
安兵衛は、こんな大事になるのなら、はじめに通りかかった際に、役場なり内藤家に、注意を促しておけばよかったと悔やんだ。
しかし、明らかに御囲いから抜けだしたと見えるのろまが、遠目に何人も見えたので、それを宿場に近づけまいと気が急いたのと、なによりこの宿場とて、町方や宿役人がいて丸腰でもあるまいと、その時は判断したのだった。
三人はなんとなく、宿場の奥の方へ向かって歩き出す。
通りかかった町屋の表窓の格子ごしに、中から安兵衛たちに声をかける者がある。
「旦那がた!火の手は二丁場ばかり先に行ったところでございます!」
ふたりの風体が、火事装束に見えることから、火の手の報告をしてくるものがいる。
「まかせておけ。みな家を出てはならんぞ!」
「取り憑きものがいるところを申せ!見たものはおらんのかっ!」
どこからも返事がない。
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〜解説〜
空前のパロディ小説。
「槍の郡兵衛」だっつってんのに、前の回で、大刀振り回しております。
あしからず。(*´ω`*)
更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。
どうぞごひいきに!
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