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小説「怪異談 忠臣蔵」17

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載17)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 
BGMに、「死霊のえじき」のサウンドトラックをBGMにして(53min18s分強経過したあたりからでもいいかも)いただくのがよかろうと存じます。


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

++++++++++++++++++++


 

 安兵衛が颯爽と道場を飛び出し、郡兵衛が続いた。

「隣の爺婆(じいばあ)だ。ホリ!子どもたちを!」

 安兵衛に言われてホリは子供をかばおうとしたが、正太郎がすり抜けて壁にかかった木刀を取り上げると、安兵衛たちの後を追う。

 さっきはうろたえて手も足も出なかった少年だったが、ここで師匠に勇ましいところを見せたいというのであろう。

「あッ!正太郎さんッ!」

 安兵衛が、隣の糊屋のばあさんの家の戸を開けると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 天井からは、まじないの切り紙がまるで満開の藤の花のように、どっさり垂れ下がっており、壁には、魔除けのものだろうか、お札がそこいら中、ところ狭しと張り巡らされている。

 すわ火事か?と思うほどに香が焚かれて、視界が遮られ、煙たい。

 だんだんと煙がはれる中に、中央でそこのうちの主人らしき老人が、髪もぼうぼうでさしうつむき、力無さそうに突っ立っているのが見えてくる。

 腰に巻かれていたと見えるじいさんの足もとの縄には、たくさんの御幣が挟み込まれている。

 その灰色い顔は、明らかにのろまに化けていた。

 郡兵衛は安兵衛を押しのけて、じいさんにまっしぐらに飛びついていった。

 なにやらたいへん積極的である。

「なんだい安さん。出て行っておくれっ。おじいさんは今日は具合いが悪いんだよ」

 裸足で土間で立ち尽くしているばあさんを、安兵衛はなだめるように肩を軽く叩いた。

 ところがこのばあさん、間もなく入ってきた正太郎にハッとすると、彼の小さな体にむしゃぶりついた。

「うわあ」

 てっきり悪漢かのろまを退治てくれようと勇んだ正太郎であったが、まさか、煙幕の中から再び、ばあさんに襲いかかられるとは、思ってもみなかったので、不意をつかれてたじろいだ。

「坊や!おしっこだよ!お前さんのおしっこをおくれな!」

 ばあさんは正太郎の急所あたりをまさぐり始めた。

「血まよったかッ!不埒なばばあだッ!」

 安兵衛は正太郎から、年寄りの帯際を掴んで引っぺがす。

「わあん!」

 と、尻餅をついたばあさんが年甲斐もなく、また泣いた。

 郡兵衛のほうを見ると、なにやらまだ、じいさんともみ合っている。

 かつての、のろまに対する容赦無い態度を思えば、なんだか手こずって見えるのは、正太郎の目を気にしているからか?

 安兵衛が割って入り、郡兵衛に掴みかかってる爺さんの足もとの縄紐(おそらく、これで動きを制限されていたのだろうが、それが解けて、ばあさんはおののいたようである)を掴むと、爺さんの腕と胴体を縛り上げた。

 爺さんの腹からは、いつの間にか、血が流れ出ている。

「かくれのろまだ」

 血のついた刀を収めながら郡兵衛が言う。

「爺さんはのろまなんかじゃないよっ」

 ばあさんが叫ぶ。

「後生だから、坊やのお小水を、爺さんにかけてやっとくれ…」

 正太郎に懇願するばあさんは、のろま対策の間違った民間療法を未だに信じていた。

 いつか回復するだろうと、かくまっていた爺さんは、すっかり化け切っている。

 先ほど人さらいのまね事をしようとしたのは、正太郎の小便が薬になると思っての事だったらしい。

 茶箪笥の上を見ると、仏壇代わりのそうめんの木箱に燈明が上がっており、そばにいまでは廃れた奇薬の袋が何服か乗っている。

「手荒なことをしてすまなかったなばあさん。じいさんは手遅れだよ。おまえさんもこれを飲んでたならお医者に診てもらったほうがよい」

 

 

 

 

 まもなく役人が来て、年寄りふたりが召し捕られ連れて行かれるのを見送ると、郡兵衛は正太郎たちを道場の中に誘った。

 ホリは、正太郎たちの仇が元赤穂の武士だと言ってることについて、安兵衛にいろいろ聞きたいことがあったが、日をあらためようと思った。

 そして帰ろうとした時、郡兵衛が正太郎に向かって

「正太郎。お前の腕前なら人の首も一刀のもとに斬れるだろう」

 と物騒なことを言い出すと、腰の長いものを少年につきだした。

 なにが始まるのだろうとホリは、表戸を途中まで締めたところで止め、思わず見入る。

「はいっ」

 よくわからないが、なんとなく胸を張って刀を受け取る正太郎。

 初めて持つ本身はズシリと重たい。

 すると郡兵衛はその場にベタリと座り、襟首をガッと押し寛げた。

「さっ、俺の首を斬れっ」

「えっ」

「郡兵衛。なにを」

 神棚に手を合わせていた安兵衛がハッと振り返った。

「ここを少し汚すぞ。お前たちふたりにあらためて申すが…俺はな。俺は、御ん身らのためには父の仇だ」

「ヒェッ」

 姉弟は驚いて郡兵衛の顔を見る。

「内藤新宿で下坂十太夫殿を斬ったのは、俺なのだ。…こうしてお前たち姉弟と会ったのも、親父殿のお引き合わせだ」

 郡兵衛は息が荒くなっている。

 ただただうろたえるばかりの姉弟。

 安兵衛もホリも固まっている。

「早くしないと、俺はのろまになるぞっ」

 郡兵衛はそういうと袖をまくって血にまみれた二の腕を出した。

「先ほどのおじいさんが…?」

 思わずホリが言う。

 どうすることもできない姉弟。

「さあ、抜くのだっ」

「郡兵衛ッ」

 姉弟には、いままで郡兵衛が足りない生計(くらし)の中から、彼らをを養ってくれていたことは、子供ながらにもわかっていた。

 そんな恩のある男を出し抜けに親の仇と言われて、どうして恨むことが出来よう。

 子どもたちは、三人の大人の顔を交互に見ながら、混乱を極めた。

「おい郡兵衛。もしや内藤新宿でも、その下坂殿はこうであったのではないか?」

 安兵衛の言葉にハッとする姉弟。

「どういうことですか」

「言うな。安…長左衛門」

「話してわかることなら、あたら命を落とすこともあるまい」

「そうですよ郡兵衛様。この子たちにはあんまりです」

 ホリがなだめるようにして口を挟んだおかげで、張り詰めた空気が少し変わった。

「おそらく、お前方の父上もあの騒動でのろまにやられたのであろう。コレと同じように懇願されて、郡兵衛は仕方なく下坂殿をあの世に送ったのに違いない」

 郡兵衛は決心が揺らぎ、その場にガクッと両手をついてうなだれた。

 姉と弟は父親の勇気と、郡兵衛との関係、そして郡兵衛の恩情に感動したが、これまで父のかたきを討つことが心の支えとなっていたので、複雑な心持ちであった。

 仇を討ち果たす事こそが、郡兵衛への恩に報いることだと、ソレを一途に来たのに、恩師が仇なのだ。否、仇は仇ではなかった。

 ふたりは戸惑いを隠せなかったが、おそるおそる郡兵衛に近づくと、なぐさめるようにソット肩や腕に手をやった。

「せんせい…」

 小雪は泣いていた。

「お父上は、俺をのろまから助けてくださった。でもその時、とうにお父上は化け物に食いつかれておったのだ。済まぬ。御身たちの孝心を知ったら、さぞかしお喜びになるぞ」

 郡兵衛は姉弟を抱えるようにして、三人はしばし涙に暮れた。

「それからお前…」

 安兵衛はそう言って、郡兵衛の腕を取ると傍にあった雑巾で血を拭った。

 噛みあとは、無かった。

「隣の爺さんの歯は土手ばかりなのだ。なんだってこんな真似まで」

「…ふたりで、話させてくれぬか」

 ホリは姉弟を外へ連れだした。

 

 

 

 

 道場にふたりきりになると、郡兵衛はゆっくり話し始めた。

「俺は卜一の隠居(吉良上野介)の件が終わったら、腹を切るつもりだった。本当はそのときに、正太郎に介錯してもらおうと思っていたのだ」

「良い考えではないか」

「事情が変わった。俺は仲間から、抜ける」

「なにっ?」

「世話になってる伯父が、こんな素浪人に婿入りと、再仕官の話を持ってきてくれた。亡君三回忌までは心苦しいと考えを話したが、聞き入れてもらえん…」

「似たような話は、仲間連中にいくらもある。みんなじょうずにあしらっているではないか。その日まで方便をつらぬけ」

「ところが伯父は『其方は吉良殿を討つ心底があるから不承知なのであろう』と、こうなのだ…。それを公儀へ訴え出るとまで言い出した」

「伯父御はどうしてそれを」

「迂闊だった。カマをかけられたのだ。俺はうっかり驚いてしまって、挙動を見ぬかれた」

「…」

「『縁談を受け入れれば、決してこの儀は口外いたさん』と、こう申すのだ。もう、受け入れるしか無い」

「それでお前、このところふさいでおったのだな」

「これも前世の悪縁か。ああ憎い太夫だ。さっさと松坂町を訪ねれば良い物を。もたもたしているからこんなことに…」

「なにも死のうとせんでも…」

「不忠武士。犬侍。臆病未練な奴と仲間から後ろ指をさされるのは、たまらん」

「…お前が卑怯な人物でないことは、党中の者はみな知っておるよ」

「…」

 郡兵衛は悔しそうにげんこつで床を叩いた。

 

 高田郡兵衛はやがて、いたたまれなくなってみんなの前から姿を消したが、一緒に連れて行った正太郎たちは、件の伯父の世話で、某家に召しだされて下坂の家を残したという。

 

 友人がそうと言うなら、そうなのだろうと、その時ばかりは疑いもなく、高田郡兵衛の脱盟を素直に飲み込んだ安兵衛ではあったが、日に日に、なんだか化かされたような、少し白けたような気分をひきずるようになった。

 時が経つほどにモヤモヤしたものは膨らんでいき、気が付くといつの間にか

「もとよりあいつは一人きりで腹を切る覚悟は、無かったのだなあ…」

 とか

「はたしてあいつは本当にあの子に介錯を任せる気があったのだろうか」

 などと、フと思いおこすのだった。

 安兵衛は、度々そういうつまらないことまで頭に浮かべる未練な自分自身に苛ついたものだったが、高田郡兵衛の脱盟は仲間たちをはっきり色めき立たせた。

 討ち入りを強く推し進めていた最右翼であった男が、不意に抜けたのである。

「斬ればカタナの汚れ。踏み殺せ!」

 と、なじる者さえあった。

「安兵衛。お前、くやしくないのかっ」

 焚きつける仲間もあったが、そんな時でも安兵衛は黙っていた。

 そして仲間と解散したあとは、稽古場でひとり、汗びっしょりになって剣道修行に励んだ。

 そうしているといつの間にか、安兵衛の中のモヤモヤはどんどんと小さくなっていく。

 

 この頃は高田郡兵衛のほかにも、弓矢八幡に誓詞血判した仲間がひとり、またひとりと抜けていったのも事実だった。

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」16はこちら

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

++++++++++++++++++++

 

〜解説〜

その日から、300年の時がうつろい…
両国の、堀部安兵衛の道場跡と言われている場所は、現在公園になっています。
近所には四十七士、堀部弥兵衛や前原伊助の住んでいたという場所もあると言われています。
この近辺には吉良上野介邸あとの本所松坂町公園や、回向院など、忠臣蔵ゆかりの場所がいくつもあります。

 

 空前のパロディ小説。

 

正太郎くんたちと、浪士のお話。

まんまじゃありませんが、講談のネタが元になってるのを、とっくに気づいた人もいらっしゃることと存じますが、吉川英治先生も池波正太郎先生もやってるので、そういうのやっていいんだと思って、やりました(てへ)。

 

講談ネタとあっちゃあ、「隣人ののり屋のババア」は必須ですが、このお話では旦那がおります。

 

さて

史実でも脱盟者の高田郡兵衛は縁談で抜けたと聴いております。

この小説よりも、討ち入りを推し進めていただけに、抜けた時の周囲からのブーイングもひときわだったようです。

これ、長編にする才能や体力があったら、こどもの正太郎くんが腕を上げて、かっこよくのろま退治をするシチュエーションがあっても良かったかなあなどと考えます。お姉ちゃんのほうが活躍するんでもいいかなあ。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(2) | - |
コメント
なるほど、
高田郡兵衛+仇討ち姉弟=のりやの婆さん×ゾンビ
の方程式、見事な御解答でございます。
| ゆらおに | 2020/01/25 1:19 PM |

おにさん
べはーっ(*´ω`*)
おそれいりまする!
| もりいくすお | 2020/01/25 4:12 PM |

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