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きら忠臣蔵(2)


<きら忠臣蔵>
その2:気にしない極意。


前のアップで申しあげませんでしたが出かけましたのは9月23〜24日。

お彼岸。
泊まりがけでございます。

で、え〜〜

花岳寺(かがくじ)と、華蔵寺(けぞうじ)に参ります。
おとなりどうし。

花岳寺前に到着し、駐車場にまた吉良像を発見!
ブロンズ像は同じ型だがさっきの円融寺と掲げてる文言が違う。
同じ尾崎士郎先生の小説の抜粋が掲げてあるが今度は「吉良の男」より。







もしかして
これがあちこちにあるの!?
コンプリートたいんですけど!
ポケモンGOより高まる!!

そう、べつに吉良領だからってあたし、テンション低いわけじゃないんですよ。


そしてご覧くださいこの公衆便所!

昭和57年に設置とある。こりゃああきらかに「峠の群像」人気のブームにあやかってだろう、とは三左衛門さんの推理。
げにも!ワクワクいたしますねえ!







わー、あと
この看板のお菓子屋さん行きましょう!
赤馬の殿様の民芸品とかあるんじゃないかしら。




▲「お車で3分」


目の前にお寺さんがあるのに、この一行は足をべつの方向に向けます。

「陣屋跡に行きましょう」

ほどなく歩くと「岡山陣屋跡」ございました。
「吉良義定は家康からここに200石拝領して館を建てた」
そうで…







おあっっと!
吉良さんまたゲットだぜ!







とことこ花岳寺へ戻りますと
おあ!またありました!







文字盤の内容がいちいち違います。
(ずっと「吉良の男」からの抜粋)
これしかし、陣屋行ったおかげで見つけましたが駐車場から正面切ってダイレクトに来てたら見逃してたんじゃありません?


まずは
東条吉良さんの菩提寺・花岳寺にお出かけ。
(そのむかし三河では吉良氏が川を挟んで東西に分かれて長いこといがみ合ってたとか)

亡くなられた前のご住職と三左衛門さんはご昵懇だったそうでまずはご無沙汰のご挨拶。
我々を歓迎して下さり、特産の吉良抹茶をごちそうしてくださった上に柿のおみやげまでいただきました。
ありがとうございました。











三左衛門さんとAさんはそれぞれ吉良町は今回が三度目だそうで、くちぐちに
「吉良町の人たちはやさしくて温かい」という。

それは初めて訪れたあたしにも、畑仕事中のおばさんと挨拶しながらわかる気がした。


そしてここにも吉良邸で討ち死にした斎藤清左衛門の墓があるが、「芝居の悪評のゆえか法名を削りその跡を隠す」なのだ。
ふむぅ…







孟宗竹のヤブを左に見て華蔵寺に抜けられます。







吉良上野介のひいおじいちゃまが新たに菩提寺として創建した華蔵寺。
ここに吉良上野介一家の墓があります。
(吉良さんの墓は東京都中野区)

ここには有名な吉良上野介の木像があるが一般公開はされていない。(図A)
レプリカが両国の吉良邸跡=本所松坂町公園にあります。




▲図A タウン誌「西尾くるポン」より



▲華蔵寺。正面。
竹やぶの横を通ってもここにダイレクトに
出るわけではありません。




▲劣化が危険で登れない石段。(横の坂から行きます)



吉良上野介の先祖義安公、義定公の木像修理に一口1000円の寄付を募っていたので、気持よく払ったら寺務所にいたクロヤナギさんがたいそう喜んでくださって、ご本堂の中と自慢の庭園を見物させてくれました。




▲上野介が作らせたという枯山水観賞式庭園。


「この氏寺はすべて吉良家。いま無縁さんです。
 一般の人は入っていません。
 吉良家のお寺っていうことでやってくる人が大半。
 ふだんは研句会とか研茶会とか寺と関係ないことで
 利用されてにぎやかです。
 うちの檀家はお墓の下で黙っとってくれるので。」



思えば吉良上野介はずっと黙っている。
生前の悪評はともかく、松之廊下事件の元凶は作家の腹から生まれている。
家来、家臣の遺族が墓の法名を削るほど悪評が轟いても墓の下からなにも言わない。


「ほめられたって、けなされたって知らん顔。
 背伸びしたって大したことないです。
 正直にやっとれば助けられる。」



庭が見られるコーナーはここで会合する名古屋や岡崎のお偉いさん(千葉・館山の人だったかな?)が音頭を取って雨漏りだらけだったのを修繕してくれたそうだ。



風評に耳を貸すなとは、モリシゲもかつて渥美清にアドバイスしていた。
あたしも軸足をブレさせないためにも世間の評判というやつは黙殺しようと思った。気にしない極意はブレない極意だ。
仏様が観ていてくれていずれ助けてくれる。
いいことを言うなあクロヤナギさん!

んまぁ、なんの声明も発表もしないでとりつくろわないでいたら首を取られてしまうというパターンもあるわけだが…




▲上野介直筆の書状。
上野介の孫に当たる左兵衛が上野介の養子になったことのお祝いに対するお礼状。
(元禄2年。三左衛門さんご解読による)





▲無造作に掲げられた渡辺崋山の屏風絵や徳富蘇峰の書を見入る一行。



本堂をあとにして
こちらが非公開人形のあるお堂。





そしてお墓








▲上野介が寄進した経蔵。


案内板がそこかしこにございますが
「不幸な元禄事件」
「あの忌まわしい元禄事件」

親しげに「吉良さん」
「おらが殿様慕い続けて三百年」

と、
はっきりとした立場をアプローチしている。

この特徴はご報告しておかないと。



敷地内にある「赤馬会館」







赤馬…
吉良上野介は領地であるこの吉良町を訪れた時は農耕用の赤馬にまたがって領内の村を巡検し気安く農民に話しかけたと伝えられます。

三左衛門さんいわく
「鎌倉時代から続いてる領地だから、いろいろ寄進もしてるし土地に執着はあったはずだが、旗本だし馬にまたがってパトロールは考えにくい」

だが土地ののどかさと、ご当地の人達の優しさから言うと、そういう伝説を大切にする方向性はすごくよくわかる。

で、

こちらは日本全国のお馬さんの民芸品が飾ってあるようでしたが上がりませんでした。うまの人形見ても、ねえ。







そうそうこれこれ!
エントランスに飾ってあったこれ!







これが欲しいのよねえ。

で、お菓子屋さんにゴー!

車で移動中・・・
ああっいま信号機の下のところに吉良ブロンズあったのに!
のがしたー!

けど、いいです行ってください​。

で、到着しましたが…




▲お菓子処 東角園




▲ショウウインドウの吉良さんと黄金堤


…残念ながら民芸品は売ってませんでした。

赤馬のストラップ買ったけど。
ていうか、なんで「馬」なんだ?
乗ってる人のほうをグッズ化してほしい。(どうぶつのほうが売れるか…)
そう店員さんに言ったけど
ニコニコ微笑みながら曖昧に返事する彼女の頭にはあきらかに「?」が乗っていた。
吉良人形を欲しがる観光客がめずらしいのだろう。
同じ顔つきを新潟県新発田で安兵衛の土鈴を探してた時にも、見た。




▲夕暮れの三河湾


ホテル「みかわ温泉 海遊亭」
フロントが普段着のオッサンばかりの珍しい光景だった。

ひとっ風呂浴びて(ちなみに温泉ではない。温泉宿は高い)、家族連れの多い日で、スタッフが客の赤ちゃんを(頼まれもしないのに)かまっててなかなかビール持ってこない晩飯を美味しくいただき、夜は深夜まで三左衛門さんが持ってきてくれたDVDプレーヤーで「忠臣蔵 花の巻・雪の巻 (松竹)」をサカナに大酒盛り。

大坂志郎の武林唯七に非難轟々(笑)。


討ち入りになる直前に旅の疲れが出て全員グロッキー。
光光と明るい部屋で再生し終わってスタンバイ画面になったDVDとともに中年3人はだれも止めることないエアコンに冷やされていった。







<「その3」につづく>




▲「赤いお馬で見回りの

  吉良の殿様よいお方」

 


▲円通寺から華蔵寺のアクセス。

 

 

 

| もりいくすお | - | comments(4) | trackbacks(0) |
コメント
この後、超忠臣蔵の吉良さんのキャラデザインが変更になるのでは?!
| ゆらおに | 2017/09/28 7:12 AM |

あはは!するどい!
でも、領民の気持ちと吉良さんの実像はこりゃまた、別ですからなあ・・
と、自分に言い聞かせております。
(*´ω`*)
| もりいくすお | 2017/09/28 10:38 AM |

 昭和8年にリニューアルしたのは庭じゃなくて、庭の奥に見える御影堂だったのでは…。
 たしか、建て直したとおっしゃっていたような…
| 山三 | 2017/09/28 11:48 PM |

ありがとうございます!
そうでした!
自分のメモにも「お堂←リノベート」って書いてあるのに(笑)。
山からの水を捌ける水みちのハナシに変えようかと思いましたが削除しちゃいました。
(*´ω`*)
| もりいくすお | 2017/09/29 1:08 AM |

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