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小説「怪異談 忠臣蔵」19

小説

怪異談 忠臣蔵 

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載19)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。  

※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

++++++++++++++++++++


 

 

 十四 出立

 

 待ちに待った、元禄十五年十二月十四日。

 辛酸ここに一年十ヶ月。

 いよいよ討ち入りの当日。

 月は変わっても日は同じ、故・内匠頭長矩公のご忌日。

 亡君の怨霊を慰むべきときがやってきた。

 この日は夜来から、卍ともえと雪が降りしきり、江戸府中は見渡すかぎりの銀世界。

 

 赤穂浪士たちは、手はずに定められた通りに三々五々、本所林町の堀部親子の浪宅や、同じく本所四つ目にある仲間の浪宅、相生町の米屋(これも仲間の店)に集まった。

 夜半九つ頃、弥兵衛や安兵衛たちは、党中の計略通り、戦闘で慣れきったのろま退治の時の黒小袖に身を包んだ。

 両襟、両袖につけた白い木綿の布に「浅野内匠頭家来なにがし 享年なん歳」と袖印をしたため、半弓、薙刀、くだ槍、手槍など、各々武器を持って支度を整えた。

 皆の支度がひと通り終わると、ホリと母・たねが酒肴を整えた。

「これは菜鳥の吸い物!」

 今宵の門出に「名を取ろう」と洒落た、菜と鴨の吸い物。

 一同は喜んでそれをたいらげた。

 

 かねて打ち合わせの時刻となり、おのおの出で立つ時となる。

 皆が傍らを通り抜ける中

「さあ、いよいよこれから、冷光院様のご無念を晴らすため臣なる道を尽くすつもりだ。不憫だが、前世の宿縁と諦めてくれ」

 別れ際に安兵衛はホリにそう言った。

「あっぱれなお心、泉下におわするお殿様も、さぞかしお喜びにございましょう」

 ホリはにっこり笑った。

「父子打ち揃ってこの大事に加わったことは、末代までの家門のほまれです」

 なにか見繕って、立派な言葉をかけようとしているホリに、安兵衛は

「短い間であったが、よく尽くしてくれたな…。礼を言うぞ。堅固で暮らせよ」

 優しい言葉をかけられて、ホリは表情を歪ませると、これが今生の別れになるのかと思わず知らず、こらえていた涙を、ポロポロと流した。

「これを。今宵のはなむけでございます」

 ホリはそういうと奉書紙の包を差し出した。

 それを受け取ると安兵衛は、義理の母、弥兵衛の妻であるたねに向きなおり

「子たる道も尽くさず、お別れを致しまする不孝の段は、幾重にもご容赦くださいますよう…」

 たねはニッコリと、黙って安兵衛を見て頷いた。

 幼い時に実の母をなくした安兵衛と、若くして実の息子をなくした堀部夫婦との相性は、これまでたいそう良かった。

「めでたき門出に涙は不吉じゃっ」

 弥兵衛が割って入った。

「笑えっ」

 無茶な号令に四人は

「うふふふ」

「あははは」

 と、せき来る涙を笑いに紛らわせた。

 いつもの堀部家の戯れ。最後の戯れである。

 

 切戸を開けると降り続いた雪はすっかりやんで、月が寒月中空に冴え渡り、こうこうと積雪の上を照らし、真昼のように明るかった。

 道は凍って足場も良い。

 

「達者で暮らせ」

 弥兵衛はぶっきらぼうに一言だけ家族にそういうと、仲間の集まる蕎麦屋に向かって歩き出した。

 途中、安兵衛がみちみち紙包みを開いてみると、一握りの黒髪と、赤い緋縮緬の扱き帯の布ぎぬが入っていた。

 これぞ高田馬場のえにし。

 安兵衛が堀部家に入る前、高田馬場の決闘において、見物のホリから「たすきに」と扱き帯を差し入れられたのが、出逢いのキッカケであった。

「ホリ。かたじけないぞ…」

「思えば浮世は夢であるのう」

 弥兵衛が独り言を言った。

 

 

 

 

 十五 討ち入 

 

 この日まで、先だって清水一学が言ったとおり、憑依されているのは吉良上野介ひとりだけなのか、それとも邸内は中野の犬屋敷のように、のろまでいっぱいなのか?

 …蓋を開けてみるまで、まったくわからなかった。

 新宿騒動から三年近く経っており、赤穂浅野が改易になって、一年十ヶ月。

 この数カ月の偵察のうちでも、これといった異常はない。

 もっとも、吉良の姿を見知った仲間は、ひとりもいなかったが…。

 つまるところ、吉良邸内は、清水一学ほか、手練れの剣豪が待ち構えているであろう、という予想があらかただった。

 それでも、月命日が討ち入りの日となったのも、亡君のお導きと、みな武運を信じきっていた。

 

 出動した一味の同士の数は四十七人。

 

 時刻は寅の上刻。

 吉良の屋敷に到着した四十七名は、東西に別れ、表門隊二十四人と、安兵衛がいる裏門隊は大石内蔵助の長子、時に十五歳の年若な主税(ちから)を大将として、二十三人から入り込む。

 表門の合図を待ってから、裏門隊が突入する手はずで、門を大鎚(掛矢)でぶち壊そうとする担当が、今か今かとその時を待ち受ける。

 すると不意に通用門が中から開いた。

 ヒョッコリ出てきたのは門番であった。

 赤穂浪士を見てびっくりしていたが、浪士たちもびっくりした。思わず安兵衛が

 「神妙にいたせ。我々は亡君・浅野内匠頭家来…」

 と、静かに言いかけたところで、みなまで聴かず門番が「お助けを!」と言って、邸内に引き返すのかと思いきや、いきなり安兵衛に飛びついてきた…が、安兵衛は咄嗟に雪の上へ張り倒して、しがみつかせなかった。 

 まさかの行動にあっけにとられていると、すぐそのあとから、目を真っ赤にした灰色の面相の男がのっそりと出てきた。

「あッのろま!」

 言うが早いか、安兵衛はのろまの腹を思い切り蹴って、邸内に押し戻した。

 裏門隊二十三人は、近くの者と顔を見合わせて、無言のうちにじゃっかんの作戦変更を承知した。

 まずは門を打ち砕くのをやめる。

 

 しかし、もうひとつ状況が飲み込めない。

 ふだんから吉良邸はこういう状況なのか?

 それとも赤穂浪士が来るということを察して、番犬のごとく、かくれのろまでも解き放したのか。

 

 一同は小さな通用門から次々に門内になだれ込んだあと、すぐにあとをピッタリ締めた。 

 堅牢にしてのろまを封じ込めるつもりだ。

 さてこそ庭には、あっちこっちでふらふらしているのろまがいる。

 それが赤穂浪士突入の物音に、一斉に振り向いた。

 襟首を掴まれて邸内に戻される、先ほどの門番は

「どうかお助けを!」

 と、抵抗をした。

「心配いたすな。お前たち下郎の関係したことではない。」

「なんの、あたしが怖いのは、のろまのほうなんで。」

 聞きたいことがあったが、男は門から出られないと知るや、浪士の手を振り払って、こけつまろびつ、庭の奥の方へと駆けて行った。

 半弓に手をかけたものがいたが

「かまうな」

 と安兵衛が言う。

 

 

 

 

〜つづく〜

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」18はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」20はこちら>●

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

++++++++++++++++++++

 

〜解説〜

 

 空前のパロディ小説。

 

さあ、いよいよ討ち入りでございます!

 

2月のリリースに季節感もなにもあったものじゃございませんが、とはいえ四十六士のご命日近くでございますので、功徳になったらいいなあ。

お話はこれからが面白くなるわけですが、なんとなんと、お時間がやってまいりました。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(2) | - |
小説「怪異談 忠臣蔵」18

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載18)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 

※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 十二 内蔵助江戸下向

 

 松之大廊下事件から一年と四ヶ月ほど経って、ついに内匠頭の舎弟・大学が広島は浅野の本家に左遷…という厳命が下った。

 大石が念じていた家の再興の希望は絶たれたのである。

 腹わたをズタズタにちぎられる思いで、内蔵助はあらためて討ち入りの快挙を急がんと決心した。

 京都山科に浪宅をかまえ、敵の目を欺くために酒色にふけっていた大石内蔵助が、いよいよ討ち入りのために江戸下向を決心したのは、この時である。

 

 十一月初めになると、大石は江戸に入る前、川崎の平間村の友人宅に、京都や大坂から先に変名して暮らしていた、忠義に熱い府内の同志を集めた。

 寄ってくる者はみな、武士であったり町人、医者というふうにさまざまな風体をしている。

「これまでの内蔵助のとってまいった行動には、さぞかし不満足もあったことでござろう」

 内蔵助は一同を見回す。

「我らは世々浅野家の禄を食み、御恩を蒙ったものでござるから、どうしても一縷の望みを捨てきれなかった…。しかしこの度のご沙汰にて、まったくお家は絶えもうした…」

 部屋に緊張が走る。

「おのおのがた!いよいよ亡君の無念を晴らしたてまつるぞ」

 来る時が、来た。

 列席の面々はいずれも、喜色満面にあふれた。

「江戸表にあるものはみな満足でございます。 大夫なくして軽輩だけで無理をし、仕損じれば実に末世の笑いもの。忠義が却って不忠となっていたことでございましょう」

 安兵衛は内蔵助の前へ進みいでて、興奮気味にそう言った。

 

 赤穂で誓紙血判をした百名ほどの浪士は、その半分たらずに減っていた。

 それでも彼らは、苦心に苦心を重ね、あらゆる手段をめぐらし、吉良邸内のようすを探って、確実に上野介が在宅している日取りを探りだした。

 

 

 十三 疑惑

 

 ある晩、ひさしぶりに十二分に酔った安兵衛が、居酒屋の木戸を開けて出てくる

「じじい、また来るぞ」

 すると軒先で安兵衛に声をかける者がある。

「安兵衛…」

 声のするほうを向くと、そこには清水一学の姿があった。

「おお…。…一学ではないか…」

 よくよく闇夜にヌッと現れる奇っ怪なやつ。

 だが今夜の一学は、いつぞや再会した時とはなにか違う、妖気のようなものをはらんでいる。

「どうだ。ひさしぶりに」

 安兵衛は取り繕うように、いま出てきたばかりの店に一学をぎこちなく誘ってみる。

 黙ってあとから、店の中へついていく一学。

「じじい、また来たぞ」

「アレ安さん、なにか忘れ物で」

「なんの。朋友と酌み交わすのだ。どんどん持ってこい。肴の一両と酒を五升持ってこい」

 冗談を言っても、いっこうに二人の空気は変わらなかった。

 酒が運ばれてきても、安兵衛がお互いの一合枡に酒を注いでも、慎重の態度でどちらも容易に口を開かない。

 特に一学は枡を盛ったまま、ジッと安兵衛を恨めしげに、また睨むがのように見てなにやら思いつめている。

 内兜を見透されるようで、なんともきまりが悪い。ともかくいつもの、この男ではない。

 安兵衛は一気にガブリッとやると、一学を見てニコリと笑ってみせる。

 笑顔にひっぱられて一学が、重たく口火を切った。

「やっぱりのろまは、退治をせず、役人に突き出すのが良いか?安兵衛」

 出し抜けに何の話だろうと思いながら

「なんだ、またそれか。良いとか悪いではないよ。お役目の時は言いつけを…」

「じゃあ、じゃあいまは?お前は、浪々の身だ」

「…いま?さて、どうかな」

 続けて、小さく絞りだすような一学の声。

「貴様は…吉良様を殺そうとしているのか」

 酒を口に運びかけてた安兵衛の動きが、一瞬止まりかけたが、またそのままガブリ。

 こういう誘い水に乗っかって、郡兵衛は去って行くこととなった。

「なにを言うのかと思えば」

 酒をつぐ。

「隠すな。…吉良様は…、生きておられるぞ」

 安兵衛はこの言葉を挑発と受け取った。

 乗るまい。

「…そうか。なにしろ上杉家ではもう、屋敷内はのろまでひしめいておる、病家トンビなどという妙な評判も聞いておったが。息災とは重畳、重畳…」

 かぶせるように一学は

「どうして上杉家でご病中なのは、綱憲様たったおひとりだけじゃ」

 これには安兵衛の動きが止まった。

 興味のある話である。

「ただひとり?これは異な。てっきり…」

「綱憲様と吉良様のご容態は、進むのがちと遅い。噛まれて化けたのろまとはわけが違うのだ。…知行に長けた、ご家臣のお陰でな」

「ハテ。そんなに当てになる、祈祷か医道の心得のある者が、上杉家にあるのか?」

 安兵衛が話に引き込まれていく。

 一学は子供がいやいやをするように首を横に振ると

「キリのほうじゃない。ハナのほうなのだ…」

 一学はここで酒をグイッとやって、また酒をつぐ。そしてまたせわしなくグッとやる。

「…ハナ??」

 一学はなんだか悔しそうに、壁の隅を睨みつけながら小さく

「綱憲様と大殿様は…一服盛られたに違いないのだ…」

 と言うと、真っ直ぐ安兵衛の眼を睨んで

「のろまの毒を、な」

 突拍子もない話に、安兵衛は固まった。

 

 

 

 

 もともと吉良上野介の妻は、上杉家の女子であり、三代当主が逝去したところで跡継ぎがいなかった上杉家に、吉良夫妻の実子・綱憲を養子に出している。

 ところが成長した綱憲がなかなかの浪費家で、藩の財政が苦しいにもかかわらず書院の造築や、趣味で能舞台を新築したり、高額の装束を新調したりした。

 そしてたびたび実父で派手好みの吉良に、上杉家の蓄えを資金提供していたのだが、これがなかなかに膨大であった。

 さみしかった上杉家の財政は、逼迫に輪をかけたものだった。

 家督問題は解決したが、米沢の貨財をかすめる厄介な荷物まで背負い込んだものだと、代々仕えている上杉家家臣たちは、業を煮やしていたのである。

 それがためなのか、そもそも三代当主を毒を盛って殺したのが、吉良上野介ではないかという悪い噂まで内部から立っていた。

 そもそも上杉家には毒殺にまつわる話はすでにあって、吉良上野介と妻・富子とを取りなした会津藩主・保科正之の娘も、毒殺によって不帰の客となっている。

 真相はあきらかではないが、正之の妻・聖光院が側室の子を毒殺しようとしたのが、誤って自分の娘がその毒を飲んでしまったと言われている。

 この件の重要な容疑者である聖光院は、事件から三十年ほど経って他界するが、弔問に来た三代目会津藩主・松平正容の袴の裾を、死の床からヌッと手を伸ばし掴んで離さなかったという逸話もあった。

 それがおよそ十年ほど前の話であり、東北にのろまの噂が立ち始めたころと合致する。

 

 一学は上杉家ではなく、吉良から雇われている男である。

 前に会った時から今までの間に、一学は一体なにを掴んだのか。

 それとも妄断しているのか。

「謙信公以来の名家ではな、強欲でややもすると悪計をめぐらす親子には、ほとほと手を焼いておるのだとよ」

「…」

 一学は安兵衛に向き直ると

「ともかくわしは吉良様を守るぞ。士はおのれを知るもののために死す…だ。いざというときは、真剣勝負だぞ、安兵衛!」

 一学はそわそわと、思いありげに物騒なことを言うだけ言いおいて勘定を台に叩きつけると、店を出て行った。

 残った安兵衛は、黙って、飲み続ける。 

 一学はまだなにか言いたげだったが、安兵衛もほじくり出さなかったので、その真意はわからず仕舞。

 上杉家には自分の殿様である吉良上野介に、たいへん不利がかかる陰謀があると言いたげで、それがために吉良が生命を付け狙われるのは迷惑だと、それを切歯しているようす。

 しかしその真相は、踏みにじられた赤穂浅野の武士の一分とは、かかわり合いのないことである。

 安兵衛には、なんの頓着も無い。

 おれがそれを聞いて、どうする?

 自分のやろうとしている大義は、ビクともする了簡ではない。

 殿の意趣を継ごう。

 

 このように、決心を試すかのように、討ち入り決行日の引き伸ばしや仲間の脱盟、今夜のような意外な内情…うわさ話や盲説は、事欠かず次から次へと湧いて出てきては、目の前でフワフワと煙たくただよう。

 それはそのつど、江戸詰の浪士たちの、結束をおびやかす種となっていたが、安兵衛はもうたくさんだとばかりに、風に柳と受け流す。

 吉良上野には死んでもらうしかない。

 ただそれだけなのである。

 

 かつて郡兵衛は「人の命は天にあり」と安兵衛に言っていた。

 その時応えなかった安兵衛は、実は

「命は天にあるにあらず。ただその人に在り」

 と、思っている。

 振りかかる難儀は因果づくとあきらめるとして、自分の道は自分で選ぶ。

 そうして行き先が決まる。

 なにごとも自分次第なのだ。

 その時その時「それが正しい」と信じるままに道を選ぶ。

 正しい道を選ぶには、正しいと思う生き方をする。

 一本気な安兵衛は揺らがない。

 胆の座った男だった。

 

 ただ今夜の一学は脅しでもなく、かどわかしでもない、忠義一途の表れである。

 あいつは今宵、俺を付け狙って待ち受けていたのか?それともたまたま出くわしたのか…。

 ともあれ、運の悪さは、自分の殿様も吉良上野介も、なにやら似たようなところがあるのかもな、と安兵衛は感じた。

 上杉家にしても、とんだとばっちりなのかもしれない。

 

 安兵衛は残りの酒を煽ると、ひとり微苦笑をたたえた。

 

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」17はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」19はこちら>●

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

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〜解説〜

 

その日から、300年の時がうつろい…

物語で言いがかりを付けられている、山形県・米沢市。
(すみません汗)
米沢城の本丸奥御殿跡には、上杉家のご霊廟があります。
かつては「忠臣蔵は見ない」とされていた米沢。
上杉神社のガイドさんが殊の外、赤穂浅野が大嫌いで、言い争いにならないように会話をするのに、骨が折れました。(もちろん、たまたまその人だけがそうだったのでしょうけれども)

 

 

▼上杉博物館には、本文に出てくる能舞台が再現され、ときおり、お能のライブもあるそうです。

 

 

そして、お越しの際には米沢牛に舌鼓をお打ちあそばしまし。

 

 

 

 空前のパロディ小説。

 

 謎の多い赤穂事件を作家がフィクションを加えてドラマ化すれば、必ずとばっちりで割りを食うキャラクターというものがございます。
 大悪人にされてしまった吉良上野介。
 殿様の側近で、松の廊下事件のキッカケのように描かれる赤穂藩家臣の藤井&安井のご両人。
 近年では映画「決算!忠臣蔵」において、美濃大垣藩がワルモノになってます。

 え〜…。本作品では、たいへん面目ないのですが、米沢藩に申し訳のない疑惑を背負っていただくことにいたしました。

 実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

 どうぞあしからずご容赦願います。

 あ、あと、「のろまの毒」、につきましては「怪異談 忠臣蔵04」(リンク)にて、触れております。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

| もりいくすお | - | comments(4) | - |
小説「怪異談 忠臣蔵」17

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載17)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 
BGMに、「死霊のえじき」のサウンドトラックをBGMにして(53min18s分強経過したあたりからでもいいかも)いただくのがよかろうと存じます。


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

++++++++++++++++++++


 

 安兵衛が颯爽と道場を飛び出し、郡兵衛が続いた。

「隣の爺婆(じいばあ)だ。ホリ!子どもたちを!」

 安兵衛に言われてホリは子供をかばおうとしたが、正太郎がすり抜けて壁にかかった木刀を取り上げると、安兵衛たちの後を追う。

 さっきはうろたえて手も足も出なかった少年だったが、ここで師匠に勇ましいところを見せたいというのであろう。

「あッ!正太郎さんッ!」

 安兵衛が、隣の糊屋のばあさんの家の戸を開けると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 天井からは、まじないの切り紙がまるで満開の藤の花のように、どっさり垂れ下がっており、壁には、魔除けのものだろうか、お札がそこいら中、ところ狭しと張り巡らされている。

 すわ火事か?と思うほどに香が焚かれて、視界が遮られ、煙たい。

 だんだんと煙がはれる中に、中央でそこのうちの主人らしき老人が、髪もぼうぼうでさしうつむき、力無さそうに突っ立っているのが見えてくる。

 腰に巻かれていたと見えるじいさんの足もとの縄には、たくさんの御幣が挟み込まれている。

 その灰色い顔は、明らかにのろまに化けていた。

 郡兵衛は安兵衛を押しのけて、じいさんにまっしぐらに飛びついていった。

 なにやらたいへん積極的である。

「なんだい安さん。出て行っておくれっ。おじいさんは今日は具合いが悪いんだよ」

 裸足で土間で立ち尽くしているばあさんを、安兵衛はなだめるように肩を軽く叩いた。

 ところがこのばあさん、間もなく入ってきた正太郎にハッとすると、彼の小さな体にむしゃぶりついた。

「うわあ」

 てっきり悪漢かのろまを退治てくれようと勇んだ正太郎であったが、まさか、煙幕の中から再び、ばあさんに襲いかかられるとは、思ってもみなかったので、不意をつかれてたじろいだ。

「坊や!おしっこだよ!お前さんのおしっこをおくれな!」

 ばあさんは正太郎の急所あたりをまさぐり始めた。

「血まよったかッ!不埒なばばあだッ!」

 安兵衛は正太郎から、年寄りの帯際を掴んで引っぺがす。

「わあん!」

 と、尻餅をついたばあさんが年甲斐もなく、また泣いた。

 郡兵衛のほうを見ると、なにやらまだ、じいさんともみ合っている。

 かつての、のろまに対する容赦無い態度を思えば、なんだか手こずって見えるのは、正太郎の目を気にしているからか?

 安兵衛が割って入り、郡兵衛に掴みかかってる爺さんの足もとの縄紐(おそらく、これで動きを制限されていたのだろうが、それが解けて、ばあさんはおののいたようである)を掴むと、爺さんの腕と胴体を縛り上げた。

 爺さんの腹からは、いつの間にか、血が流れ出ている。

「かくれのろまだ」

 血のついた刀を収めながら郡兵衛が言う。

「爺さんはのろまなんかじゃないよっ」

 ばあさんが叫ぶ。

「後生だから、坊やのお小水を、爺さんにかけてやっとくれ…」

 正太郎に懇願するばあさんは、のろま対策の間違った民間療法を未だに信じていた。

 いつか回復するだろうと、かくまっていた爺さんは、すっかり化け切っている。

 先ほど人さらいのまね事をしようとしたのは、正太郎の小便が薬になると思っての事だったらしい。

 茶箪笥の上を見ると、仏壇代わりのそうめんの木箱に燈明が上がっており、そばにいまでは廃れた奇薬の袋が何服か乗っている。

「手荒なことをしてすまなかったなばあさん。じいさんは手遅れだよ。おまえさんもこれを飲んでたならお医者に診てもらったほうがよい」

 

 

 

 

 まもなく役人が来て、年寄りふたりが召し捕られ連れて行かれるのを見送ると、郡兵衛は正太郎たちを道場の中に誘った。

 ホリは、正太郎たちの仇が元赤穂の武士だと言ってることについて、安兵衛にいろいろ聞きたいことがあったが、日をあらためようと思った。

 そして帰ろうとした時、郡兵衛が正太郎に向かって

「正太郎。お前の腕前なら人の首も一刀のもとに斬れるだろう」

 と物騒なことを言い出すと、腰の長いものを少年につきだした。

 なにが始まるのだろうとホリは、表戸を途中まで締めたところで止め、思わず見入る。

「はいっ」

 よくわからないが、なんとなく胸を張って刀を受け取る正太郎。

 初めて持つ本身はズシリと重たい。

 すると郡兵衛はその場にベタリと座り、襟首をガッと押し寛げた。

「さっ、俺の首を斬れっ」

「えっ」

「郡兵衛。なにを」

 神棚に手を合わせていた安兵衛がハッと振り返った。

「ここを少し汚すぞ。お前たちふたりにあらためて申すが…俺はな。俺は、御ん身らのためには父の仇だ」

「ヒェッ」

 姉弟は驚いて郡兵衛の顔を見る。

「内藤新宿で下坂十太夫殿を斬ったのは、俺なのだ。…こうしてお前たち姉弟と会ったのも、親父殿のお引き合わせだ」

 郡兵衛は息が荒くなっている。

 ただただうろたえるばかりの姉弟。

 安兵衛もホリも固まっている。

「早くしないと、俺はのろまになるぞっ」

 郡兵衛はそういうと袖をまくって血にまみれた二の腕を出した。

「先ほどのおじいさんが…?」

 思わずホリが言う。

 どうすることもできない姉弟。

「さあ、抜くのだっ」

「郡兵衛ッ」

 姉弟には、いままで郡兵衛が足りない生計(くらし)の中から、彼らをを養ってくれていたことは、子供ながらにもわかっていた。

 そんな恩のある男を出し抜けに親の仇と言われて、どうして恨むことが出来よう。

 子どもたちは、三人の大人の顔を交互に見ながら、混乱を極めた。

「おい郡兵衛。もしや内藤新宿でも、その下坂殿はこうであったのではないか?」

 安兵衛の言葉にハッとする姉弟。

「どういうことですか」

「言うな。安…長左衛門」

「話してわかることなら、あたら命を落とすこともあるまい」

「そうですよ郡兵衛様。この子たちにはあんまりです」

 ホリがなだめるようにして口を挟んだおかげで、張り詰めた空気が少し変わった。

「おそらく、お前方の父上もあの騒動でのろまにやられたのであろう。コレと同じように懇願されて、郡兵衛は仕方なく下坂殿をあの世に送ったのに違いない」

 郡兵衛は決心が揺らぎ、その場にガクッと両手をついてうなだれた。

 姉と弟は父親の勇気と、郡兵衛との関係、そして郡兵衛の恩情に感動したが、これまで父のかたきを討つことが心の支えとなっていたので、複雑な心持ちであった。

 仇を討ち果たす事こそが、郡兵衛への恩に報いることだと、ソレを一途に来たのに、恩師が仇なのだ。否、仇は仇ではなかった。

 ふたりは戸惑いを隠せなかったが、おそるおそる郡兵衛に近づくと、なぐさめるようにソット肩や腕に手をやった。

「せんせい…」

 小雪は泣いていた。

「お父上は、俺をのろまから助けてくださった。でもその時、とうにお父上は化け物に食いつかれておったのだ。済まぬ。御身たちの孝心を知ったら、さぞかしお喜びになるぞ」

 郡兵衛は姉弟を抱えるようにして、三人はしばし涙に暮れた。

「それからお前…」

 安兵衛はそう言って、郡兵衛の腕を取ると傍にあった雑巾で血を拭った。

 噛みあとは、無かった。

「隣の爺さんの歯は土手ばかりなのだ。なんだってこんな真似まで」

「…ふたりで、話させてくれぬか」

 ホリは姉弟を外へ連れだした。

 

 

 

 

 道場にふたりきりになると、郡兵衛はゆっくり話し始めた。

「俺は卜一の隠居(吉良上野介)の件が終わったら、腹を切るつもりだった。本当はそのときに、正太郎に介錯してもらおうと思っていたのだ」

「良い考えではないか」

「事情が変わった。俺は仲間から、抜ける」

「なにっ?」

「世話になってる伯父が、こんな素浪人に婿入りと、再仕官の話を持ってきてくれた。亡君三回忌までは心苦しいと考えを話したが、聞き入れてもらえん…」

「似たような話は、仲間連中にいくらもある。みんなじょうずにあしらっているではないか。その日まで方便をつらぬけ」

「ところが伯父は『其方は吉良殿を討つ心底があるから不承知なのであろう』と、こうなのだ…。それを公儀へ訴え出るとまで言い出した」

「伯父御はどうしてそれを」

「迂闊だった。カマをかけられたのだ。俺はうっかり驚いてしまって、挙動を見ぬかれた」

「…」

「『縁談を受け入れれば、決してこの儀は口外いたさん』と、こう申すのだ。もう、受け入れるしか無い」

「それでお前、このところふさいでおったのだな」

「これも前世の悪縁か。ああ憎い太夫だ。さっさと松坂町を訪ねれば良い物を。もたもたしているからこんなことに…」

「なにも死のうとせんでも…」

「不忠武士。犬侍。臆病未練な奴と仲間から後ろ指をさされるのは、たまらん」

「…お前が卑怯な人物でないことは、党中の者はみな知っておるよ」

「…」

 郡兵衛は悔しそうにげんこつで床を叩いた。

 

 高田郡兵衛はやがて、いたたまれなくなってみんなの前から姿を消したが、一緒に連れて行った正太郎たちは、件の伯父の世話で、某家に召しだされて下坂の家を残したという。

 

 友人がそうと言うなら、そうなのだろうと、その時ばかりは疑いもなく、高田郡兵衛の脱盟を素直に飲み込んだ安兵衛ではあったが、日に日に、なんだか化かされたような、少し白けたような気分をひきずるようになった。

 時が経つほどにモヤモヤしたものは膨らんでいき、気が付くといつの間にか

「もとよりあいつは一人きりで腹を切る覚悟は、無かったのだなあ…」

 とか

「はたしてあいつは本当にあの子に介錯を任せる気があったのだろうか」

 などと、フと思いおこすのだった。

 安兵衛は、度々そういうつまらないことまで頭に浮かべる未練な自分自身に苛ついたものだったが、高田郡兵衛の脱盟は仲間たちをはっきり色めき立たせた。

 討ち入りを強く推し進めていた最右翼であった男が、不意に抜けたのである。

「斬ればカタナの汚れ。踏み殺せ!」

 と、なじる者さえあった。

「安兵衛。お前、くやしくないのかっ」

 焚きつける仲間もあったが、そんな時でも安兵衛は黙っていた。

 そして仲間と解散したあとは、稽古場でひとり、汗びっしょりになって剣道修行に励んだ。

 そうしているといつの間にか、安兵衛の中のモヤモヤはどんどんと小さくなっていく。

 

 この頃は高田郡兵衛のほかにも、弓矢八幡に誓詞血判した仲間がひとり、またひとりと抜けていったのも事実だった。

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」16はこちら

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

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〜解説〜

その日から、300年の時がうつろい…
両国の、堀部安兵衛の道場跡と言われている場所は、現在公園になっています。
近所には四十七士、堀部弥兵衛や前原伊助の住んでいたという場所もあると言われています。
この近辺には吉良上野介邸あとの本所松坂町公園や、回向院など、忠臣蔵ゆかりの場所がいくつもあります。

 

 空前のパロディ小説。

 

正太郎くんたちと、浪士のお話。

まんまじゃありませんが、講談のネタが元になってるのを、とっくに気づいた人もいらっしゃることと存じますが、吉川英治先生も池波正太郎先生もやってるので、そういうのやっていいんだと思って、やりました(てへ)。

 

講談ネタとあっちゃあ、「隣人ののり屋のババア」は必須ですが、このお話では旦那がおります。

 

さて

史実でも脱盟者の高田郡兵衛は縁談で抜けたと聴いております。

この小説よりも、討ち入りを推し進めていただけに、抜けた時の周囲からのブーイングもひときわだったようです。

これ、長編にする才能や体力があったら、こどもの正太郎くんが腕を上げて、かっこよくのろま退治をするシチュエーションがあっても良かったかなあなどと考えます。お姉ちゃんのほうが活躍するんでもいいかなあ。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」16

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載16)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 十一 脱盟

 

 両国橋のそばに居を構える堀部弥兵衛は、元・浅野内匠頭の留守居役。

 八十歳にもうすぐ手が届こうかという、高齢だが血気の壮年。

 留守居といえば、いまで言う外交官である。

 現役の時は相当な働きぶりで、年分千両ほどの豪快な交際費を取っていた。

 世知に長け武術の心得もある、頑固一方、大勇猛の、やかましおやじである。

 安兵衛が堀部家に入ったのも、この老人の猛烈な情熱があったからであった。

 弥兵衛は、安兵衛の高田の馬場における決闘を、たまたま目撃した。

 十八人をやっつけて、自分は薄傷一箇所も負わないという、その立ち回りにすっかり惚れ込み、安兵衛宅に日参して「我が婿に」と口説き落としたのだ。

 安兵衛が闘っていた時に、一緒に現場で見物をしていた娘・ホリが、平打の銀のかんざしを前頭部の保護に、扱き帯を「たすきに」と貸してやった…あれが結納だったというのが、安兵衛に付け入る得意の口実であった。

 それが安兵衛の、赤穂浅野に仕えることになったきっかけでもある…。

 

 この日、ホリが夫・安兵衛の道場まで出かけようとすると、老人は底を抜いた桶を頭から被り、頭の上半分を出して目だけキョロキョロさせ、たんぽ槍を持って庭に立ち尽くして何やら「ウ〜ン」と唸っている。

 肩で支えられたその桶からは、何本かの紐が胴回りにぶら下がっている、これまた底の抜けたたらいにつながっていた。

 まるで庭園の松の枝に装飾された裾縄吊りか、牡丹の霜よけのようである。

「マア、お父様。その格好はいかがなさいました」

「いや、のろまというやつは柔らかいところを狙って来よるでな。特に顔じゃ。侍であれば虚無僧笠でもかぶっておればよいものだが、町民になにか、よい手立てはないかと思案したが…」

「でもそれでは、動くたびに鼻の頭をぶつけやいたしませぬか」

「それなのじゃ。よいところへ心づいたな褒めてやる。お前、なにかよい手をいますぐ考えろ」

「そんなものより、帯でも首に巻いたらよろしいのじゃございませんか」

「タワケめっ。この仕掛けの良い所がわかっておらん。桶の幅は噛もうとするのろまに間合いを取れるのだ。ああそれ、ちょっとお前、のろまになったつもりでこっちへ掛かって来い」

「いやでございますよ。わたくしは旦那様に弁当を持って行くところでございますから、御免こうむります」

「オオそれは大事じゃ。早く行ってやれ。こんなところで油を売ってる場合か、タワケめ!」

 小柄な老体のどこにこのような活力があるのやら、いつも夕立のようにコロコロと気性が変わる。

 そしてその娘のホリも男まさり。

 子供の頃から毎日のように、男の子とケンカをしては相手をぶん殴ったりと、なかなかのお転婆であった。

 いまでは文武両道は男子も及ばぬ女丈夫である。

 なぎなたの心得もあるから、のろまなどはいささかも恐れるところではない。

 貞節で才色に秀いで、安兵衛によく仕えた。

 ホリは塀の戸締まりに手を添えると、まず節穴から表通りの様子を見てみる。

 このときに平常どおりの通行人があるようなら、あたりにのろまがいないことが確認できる。

 のろまが蔓延しているこの世界では、町民には、あたりまえの仕草となっていた。

 通りには人影がない。

 ホリは念の為に腰を落とし、裏木戸をまずは少しだけ用心深く開けて、隙間から通りのようすを伺った。

 だんだんと大きく開けて、通りに顔を出したそのとき

「うわッ!」

 と、背後から耳元で大きな声がした。

「あッ」

 とビックリして振り返ると、弥兵衛がカラカラと笑っている。

「油断だ。ホリ」

「殺気がいたしませんでしたもので」

「言い訳をするな。死んでるのろまに殺気などあるものか」

 そう言って家の中へ戻る無邪気な父親の背中を見送るホリだったが、その体制は不意をうたれながらも、相手のむこうずねを蹴らんとする、払い蹴りの構えになっていた。

 すんでで、それを止めている。

 着物の前を直しながらまっすぐ立ち上がり、戸を大きく開け、なんとなく漂う空気を嗅いでみる。

 のろまの独特のニオイはないか。

 表にのろまはいないようだ。

 

 

 堀部弥兵衛一家の家から、隅田川を挟んで間もなく安兵衛の道場がある。

 いずれも本所吉良邸の目と鼻の先。

 長屋を改造した、道場とは名ばかりの稽古場が見える角まで来ると、ふだん仲良くしている隣の糊屋のばあさんと、あの姉弟がもみ合っているのが見えた。

「小雪ちゃん?」

 早足で近づきながら様子を見ていくと、どうやら正太郎を取り合って、ばあさんと小雪が腕を引っ張りっこをしているようだ。

 すわ、隣家のばあさんも取り憑かれたかと、通りがかりに立てかけてあった長箒を手に取ると

「おばあさん、その手をお離し!」

 と、父・弥兵衛から仕込まれおいた薙刀の要領で、箒を天地上段に構えた。

 すごい形相で飛んでくるホリに気づくと、ばあさんは

「はあっ」

 と言って正太郎から手を離してオタオタしている。

「ホリさまっ」

 子どもたちの顔がサッと明るくなる。

 ばあさんはのろまにあらず、なにやらただ血迷っただけのようであったが、イタズラにしては度が過ぎると思ったホリは、少し脅かすつもりで、今度は中段の構えで箒の先をばあさんの鼻先にピタリと付けた。

 とたんにばあさんはハラハラとベソをかきはじめた。

「おばあさん?」

 さっきまで乱暴を働いていた者の態度にしては、いかにも弱々しい逃げ腰に、思わずホリは呆れて声をかけた。

 どういう事情なのかさっぱりわからない。

 ばあさんはなにも言わずに、たよりなくよろよろと自分の家の中へ消えていった。

 

 

 

 

「一体どうしたの?」

 茫然としている姉弟にホリが聞く。

「わかりません。私達が道場につくと、出し抜けにおばあさんが家から飛び出してきて、正太郎をさらおうとしたんです」

「先生たちはお留守?」

「はい。声をかけてもお返事がございません」

 ホリは少し心配になったので、ばあさんの家を覗こうかと思ったが

「ホリさんはお強いんですね」

 小雪にそう声をかけられて、振り返り立ち止まった。

「え?」

「私もホリさんのような、道徳堅固な人になりたいんです」

「オヤ気恥ずかしい。どこでおぼえたの。そんな、こましゃくれたことを…」

 ホリは少しのぼせた。

「私にも剣術を教えて下さい」

「姉上の痩せ腕では無理ですよ」

「またそんなことを。ホリ様を御覧なさい」

「ホリ様は別です」

 無邪気に言い争うふたりは、ここに連れて来られたばかりの頃の暗さが、ほとんど無くなっていた。

 ホリも安兵衛と同じく、高田郡兵衛がなぜ彼らに優しくしているのかを知らなかった。

 ホリは持ってきた弁当を二人に与え、三人仲良く軒下の横手に腰掛けた。

「正太郎さんはみっちり稽古をつけてもらって、たいそう腕を上げているそうですね」

「そうなんですよホリ様。弟は高田先生にいつもほめられて…」

「いいえ。まだまだですっ。これではまだ父上の仇は討てません」

 高田馬場の一件で名が売れた安兵衛と違って、郡兵衛は変名をしていない。

「前から聞こうと思っていたのだけれど、仇のあてはあるの?」

「はい。元・播州赤穂の侍です」

 ホリは目玉をまろげて、固まった。

 この子は…なにを言っているのか。

 冗談にしては、たちが悪い。

 いやいや、自分が元・赤穂藩士の妻であることは、言っていないから知らないはずである。

 魂胆があってわざとカマをかけているのか?

 行儀よく油揚げ飯を頬張っている、気散じない、あどけないふたりの横顔からはそうした邪気はとても読み取れなかった。

 ともかくホリは混乱した。

「相手が武道を尊ぶ赤穂浅野では、到底歯が立ちません。ねえホリ様。高田先生は助太刀をしてくださいますでしょうか」

「え?ああ、そうね…。ああいや、でも、どうかしらねえ」

「ちかごろ先生は、元気が無いんですよ。ね、お姉上」

「そうなんですよホリ様」

「ね、ふたりとももう一度聞いてよいですか。アコウ、アサノ?」

「はい。そこまでは、ようやくわかったのです。のろま退治のおさむらい」

「でもわかったのはそこまでで、相手がどこの誰だかは雲をつかむようなお話です。内藤新宿でたいそうのろまが出たときに、駆けつけたおさむらいなんです」

 いよいよ安兵衛たちに籍が近い。

 奇態なことがあるものだ。

 高田郡兵衛はなぜ、赤穂浪士を討とうとしているこの子らを鍛えているのか。

 知らずに鍛えているのか。

 どうやって望みを叶えてやろうというのか。

 ホリの頭の中は散らかった。

 そこへ仲間との密会を終えて、いつもより遅めに安兵衛が道場に現れた。

 懐中から子猫が飛び出して、子どもたちにヒョコヒョコと駆け寄る。

「長江先生!」

 屈託なく子供らが声をかける。

 ホリはまだ安兵衛の変名に慣れていない。

「待たせたかな。中に入っておればよいものを。高田はどうした?」

 そう言いながら先に立った安兵衛が、ガラリと戸を開けると、道場の神棚に向かって正座している郡兵衛の後ろ姿があった。

 四人はギョッとした。

「いたのか」

 最前からいたとすれば、糊屋のばあさんとの騒ぎも洩れなく聞いていたはず。

 ホリは少し、うろんに思った。

 このところなんとなく、この男の様子はおかしい。

「先生、こんにちは!」

 郡兵衛は立ち上がってコクリッとみんなに一礼をすると、安兵衛のほうを向いてなにか言い出そうとした。

 そのとき、隣の家から

「あれえーっ!」

 という年寄りの悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 〜つづく〜

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」15はこちら

 

 

◯< いっとう最初はこちら。

 

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ものがたりはいよいよここからが面白くなるわけでございますが!

なんとなんと!

お時間がいっぱいいっぱいでございます。

(なんつって)

 

 

〜解説〜

 

 空前のパロディ小説。

 

講談ファンには言うまでもなくお馴染みの、前原伊助のもじりでございますな。

ていうか、この作文の初稿では、安さんの相棒は前原伊助だったんです。槍の前原。

 

ただ、堀部安兵衛となんだか釣り合いが取れなくて、そもそも江戸急進派トリオである郡兵衛に登場願った次第。(だから奥田孫太夫さんも出てもらっても良かったですが、ここはトリオよりバディみたいな感じにしたかったので…)

ホリの絵は、ものすごい勢いで掃除してるみたいなかんじになりましたな。


 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」15

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜
(連載15)
 

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ。 


※文中の「のろま」とは、ゾンビのことでございます。
 

 

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 十 出会い

 

 


 

 

 安兵衛と郡兵衛は久しぶりに内藤新宿まで来ていた。

 あの凄惨な新宿騒動からちょうど三年が経っている。

 この日にわざわざ、ここまで出かけようと言い出したのは、安兵衛であった。

 異常な事件であったからこの何年か、さすがに豪傑の彼らも、いろんなことが気持ちの上で、整理できていなかった。

 特に郡兵衛は酒量が増え、ときどきわけのわからないことを、うわ言のように口走ったり、そうかと思うと、幾日も布団から出てこないなど、不安定なあんばいである。

 安兵衛はお参りも兼ねて、あの事件の後すぐに建立されたと聞いていた、供養碑に線香をあげに行こうと誘ったのである。

 死者を拝むことで、高田郡兵衛の中でしこった溜飲が下がるかもしれない。

 ただ、以前とは違う、塞いだ郡兵衛とふたりきりでいることに、そわそわと気が張った安兵衛は、なにを思ったか、たまたま足をくじいたミケの子猫を道端で見つけて、拾って懐に入れていた。

 これで安兵衛は、少し気分が和らいでいた。

 

 サテ何ごともなかったように平穏を取り戻した宿場町で、人づてに聞いて辿り着くことのできた供養碑は、あのとき侠客たちと共に闘った四辻に、ひっそりと安置されていた。

 火事を案じた彼らは、線香は手向けず、簡単な供え物だけをして手を合わせた。

 御囲いを逃げ出したのろまたちは、あのあとほうぼうでぼちぼちと目撃されたが、みな一様に町民や町方に首尾よく処置されたものだった。

 このところ風聞も落ち着いている。

 先祖の時代から、災害とともに生きてきたこの国の民衆は、いざというときの足並みがすこぶる揃いやすい。

 正しい行いも間違った行いも素直に、甲斐甲斐しく働いては難を乗り越えてきた。

 

「安兵衛。中野まで足を伸ばして、犬小屋も見て行かぬか」

「ああ、それもよいな。ついでかな」

 これまで黙りこくっていた郡兵衛の、前向きな思い付きに安兵衛は、こころよく合意した。

 ふたりはぼちぼちと、いろんなことを話しながら歩いた。

「夢枕に、化け物が出るよ」

 出し抜けに郡兵衛が言う。

「寝ようとすると出る。無法に出て困る。ひょっとすると、俺は取り殺されるんじゃないかな」

「そういうものは自分の気から出るものだ。気を取り直せば済んでしまうものだ。…なにかうまいもんでも食えばよい。そうだ、食おう食おう」

「安兵衛。お前はのろまを、どう思うか」

「?…どう思うか?」

「いまさらだ」

「…ああいうことは、この世に心が残っているから起こるのだ。命を使いきれば、のろまになってあの世から戻ってくることは無い」

「…業だよ、安兵衛。みな因果因縁。前世の業だ」

「…」

「そして、連中が惨めにあのような姿で我々に打たれるのは、天命だ」

 あれこれと、周りくどいことを言い出す郡兵衛の、色の冴えぬ髭面をした横顔を、黙って見やる安兵衛。

 安兵衛は思わず、懐のミケの頭を弄くる。

「砕いて言えば天の言いつけだ」

「のろまは退治されて、あたりまえだと言うことか?もっともあれは、生きてるのか死んでるのかわからんわい」

 空気を和らげようと、少し冗談交じりに言った安兵衛のコトバだったが、それで郡兵衛の口が急に重たくなった。

「…従うべき天命の道を、どこをどう参ればよいかがわからぬ時がある…」

 安兵衛はちょっぴり声を落として

「討ちい…隠居(吉良)の事を申しておるのか?…」

 答えがない。周りはだんだんと森になっていく。

 郡兵衛はなにやらを、言い出しにくそうにしていたが、やっと

「俺はな。俺はあの時、新宿で、のろまではない男を手にかけたのだ」

 それか。

 それが煮え切らないのか。

 やたらにのろまを退治してしまう郡兵衛には、そういう間違いもあったろうなと安兵衛は思った。

「…今日はその供養をするつもりで?」

「斬った男が言い残したことが、耳について離れん…」

 郡兵衛のきれぎれの独白からは、安兵衛になにも届かない。

「お前はとかく、いろいろ考えすぎる。天命だと言うたではないか。ならば仕方もあるまい」

 そう言ってほしかったのかな、と気を回した。

 元来、弱気になってる者を相手にしては居心地の悪くなる安兵衛であったが、精一杯のなぐさめであった。

「…」

「自分で勝手に気を重くしておる。少し、想うがままに身を任せてみたらどうだ」

 これは経験から来る助言だった。

 安兵衛にも身の上に降りかかった、納得の行かないアレコレが、幼少期からいくらもあった。

 ものごころついた時に、病気で母親をなくしたこともそうだったが、特に男手ひとつで自分を剣豪に育ててくれた、尊敬する父親は、実はお役目中にのろまに襲われ、少年安兵衛の目の前で、余儀なく同役に斬られて死んでいるのである。

 彼の故郷、越後新発田の蒲原郡は、事件の起こりを抱えていると言われている、米沢からそう遠くはない。

 東北から越後にかけて、猛威を振るったのろまの災厄は、幼い安兵衛の心に傷をつけている。

 現在にいたり、安兵衛がのろまを出来るだけ斬らないでおこうとするのは、愚直なたちもあったが、実父のことも大きくかかわっていたのだろうか。

 ともかく、業だ因縁だ天命だなどという話は、いやというほど身にしみている安兵衛である。

 彼は、ただただ正しいと信じる道を、生命を的にかけて行くよう心がけ、身を任せている。

 たとえひと目に矛盾と映っても、その都度に、信じる道を選んだ。

 郡兵衛はもっとなにかを話したそうにしていたが、そのきっかけを見つける前に、ふたりは思い出の丘の上に到着した。

「勝助が、ここいらで死んでいたわい」

 ふたりは黙って手を合わせた。

 

 

 

 

 すると、雑木林に囲まれた荒寺のほうから、なにやら騒ぎが聞こえる。

 それが大勢の乞食のようであったから、最初はうっちゃっておこうと思ったが、時折子供の悲鳴のような声もする。

 二人がなんとなくそっちのほうまで覗きに行くと、姉弟らしい子供を、十人くらいの大人の乞食がよってたかってワアワアと罵っている。

 乞食のひとりは竹竿の先と、のろまの首とを結わいつけ、竿を器用に使ってのろまの動作をあやつり、羽交い締めにされているふたりの子どもに、食いつかせようとけしかけていた。

 のろまは目の前の新鮮な子どもたちに興奮しているようすである。

「まったく、とんでもねえガキどもだっ」

「面倒だ。一思いに、のろまのエサにしちまえっ」

「待て待て。なんでそんなことをする!」

安兵衛が声をかけた。

 乞食たちはビックリしたようだったが、悪びれたようすもなく

「へえ。どうぞおかまいなく。旦那がたの出る幕じゃございません。こいつら新米が親分に付け届けもしねえで稼業(しょうばい)をしやがる、ふてえやろうなんで。へえ」

 子どもたちは、なりこそ汚いが、どことなくようすに品がある。

 安兵衛と郡兵衛のふたりは、この子らになにか事情があると思い、とりあえず無礼な乞食たちを脅かした。

「待たぬにおいては貴様ら、なで斬りにいたすぞぉーっ!」

 安兵衛が大きな声でそう凄んで、柄に手をかけ、居合腰になってヂリッと進むと、乞食たちは悲鳴を上げて、子どもたちと、棒のついたのろまを置いて逃げていってしまった。

 残されたふたりは

「…ありがとうございます…」

 恐怖に疲れきって弱々しくそう言いながら、丁寧に両手をついたようすは、確かに仕込まれた行儀作法と見えた。

 ふたりは涙を浮かべている。

 郡兵衛は億劫そうにのろまの棒を引き、適当なたぬきの巣穴にその先を突っ込んだ。

 よたよたと後ろ向きにひっぱられてついてきたのろまは、しっかり突き刺さった棒に結かれた首を支点に、茶店の吊り下げ旗か、てるてる坊主のように、その場でか細く足踏みをしている。

「なにか仔細があるようだな。申してみよ」と、安兵衛。

 そう言われても、娘はすっかり怯えきって押し黙っていたが、安兵衛の懐から顔をのぞかせて、こっちをきょとんと見ている子猫の顔に、一瞬顔をほころばせると

「ご親切のお言葉…お隠しするのも失礼ですので、なにもかも申し上げます」

 と、だんだんと話しを始めた。

「私どもは元・武士の子。私は小雪。弟は正太郎ともうします。親代わりの親戚が急に死んで苦労をしております。これもみな親の敵(かたき)のため…」

「なに親御の敵…」

 安兵衛が思わず前に出る。

「どんないきさつだ」

「三年前の内藤新宿での、のろま騒ぎのどさくさで、父は殺されたのでございます」

 新宿騒動はおおきな事件であったから、話の種は事欠かない。

 こうした孤児(みなしご)の話はどっさりあった。

 安兵衛は真剣に話を聞きながらも、これが泣きの入った新手の乞食商法かもしれぬとも、少し胡散にも思っている。

「父君の名はなんと申す」

「父は薩州島津の家来、下坂十太夫と申します」

 これを聞いて、高田郡兵衛の顔色がサッと変わった。

 下坂十太夫と言えばたった今、安兵衛に話していた、のろまではないのに斬った相手である。

 当座、下坂というその男は、手のひらを噛みちぎられており、もはや手遅れに見えたが正気だった。郡兵衛はいささか不本意ながら斬り倒した。

 安兵衛はそういうことを知らない。

「打つべき相手は、何者か知っておるのか」

 と、さらに聴いてくる安兵衛。

「それがわかりません。でも見たんです。真っ黒ななりで頭巾で顔を隠していてわかりませんでした。でもはっきりこの目で父が殺されるのを見たんです」

「ずきん…!?この間の新宿騒動と言うたな。どのような年格好であった。もっと詳しく申してみよ」

 どんぐりのような眼をふたりに向ける安兵衛をよそに、郡兵衛が割って入ると、二人にそっと話しかける。少し鼻息が荒い。

「どうだ、ご両人。この土地におったらまたどのような目に合うかわからぬ。おれの家でゆっくり休んだら。決して悪いようにはせん」

 突然の申し出にありがたい、うれしいというより、戸惑って顔を合わせてうろたえる姉弟であったが、安兵衛の動揺をよそに郡兵衛は、半ば強引にふたりを本所にある自分の住処まで連れて行った。

 

 郡兵衛が斬った下坂十太夫は、たしかに子供のことを言い残して死んでいった。

 しかし断末魔の男の話はなんだかよくわからなかったし、状況の異常さなどから当時、男の遺言について冷静に深く詮索しなかった。

 おかげで遺子たちは乞食になってしまった。

 聞けば姉の小雪は十二才。正太郎は十才だという。

 幼かったこの子らが、どこの物陰から父親の最後を見たものか。

 放っておけば、かならず化け物に変異していた男ではあったが、下坂十太夫の死には自分が責任があると郡兵衛は思った。

 そう思って、あれからずうっと胸になにかがつかえていたのだ。

 これは間違いなく天の導くめぐり合わせだと思うと、この養い手の無い子らに何かしてやる事こそ、あの男への供養、罪滅ぼしになると思った。

 

 それから郡兵衛は、それは丹精して姉弟に武術を教えた。

「敵(かたき)に会っても、決して敗(おくれ)を取らぬようにしてやるからな」

 これが口癖であった。

 姉弟は郡兵衛がそういう度に

「そうしたら敵が討てましょうね」

「ああ討てますとも」

 と、小さな手を取り合って喜んだものだった。

 

 

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」16はこちら>●

 

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〜解説〜

 空前のパロディ小説。

 

羽交い締めにされているふたりの子ども」つってんのに、挿絵では、はがいじめにされておりませんでした。

これはきっとアレですね、羽交い締めにされて、ゾンビ(あ、ゾンビって言っちゃったよ。のろま)のそばまで来たら放り出されたテイですね。

。。

 

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

 

どうぞごひいきに!

 

 


もりい

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