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小説「怪異談 忠臣蔵」06

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載6)

 

 

 四 新宿騒動

 

「まったく。これでは御囲いの見回り役も、ただでは済むまいな」

 赤穂浅野の安兵衛と郡兵衛は、御囲いから抜け出たのろまについて夜詰めで帳簿を調べたり、壊された箇所を検証したり、逃げたのろまを探したり捕縛したりした。

 筋骨たくましいふたりの顔にも、さすがに疲労の色が見える。

 宿場の方から聞こえたけたたましい半鐘の音を聞いて、いま、それぞれの供人と、江戸府内に向かって歩いていた。

 空は摺る墨を流すかのごとく、泣き出しそうに陰々と雲が立ち込み、時折生暖かい風がどこからか流れてくる。

 まもなく内藤新宿である。

 四人連れが雑木林を抜けると、荒寺に着いた。

 ところが、丘の上から見える宿場の様子がチトおかしい。

 黒煙りが何本か立っており、ここまできなくさい匂いが漂ってきている。 

 火の手が上がっているようだが、逃げ惑う人の姿もなければ、右往左往する火消しの気配も無いのが遠くからでもなんとなく分かる。

「先刻から遠くに聞こえていた半鐘は、やはりあの宿場の失火であったか」

「しかし、いまはその音も無い」

「さては…」

 怪訝な顔をしながら、前へ進もうとしたとき、少し先の道端のこんもり茂ったヤブの中からガサガサという音。

 かがみこむひとりの、のろまだった。

 のろまは倒れている人間のお腹をやぶって、臓腑をひっぱりだして食べている。

 そこら中が血だらけで、すさまじい光景。

「あぁッ勝助ッ」

 歯の根も合わぬほどガタガタ震える新吉が叫んだ。

 食べられているのは、一足先に御囲いの事件のこと(塀が壊れてのろまが大勢逃げ出した旨)を、赤坂の浅野家屋敷に伝えるよう走らせた、郡兵衛の中間・勝助であった。

 少し年かさのこの男には、道中に用心が足りなかったのか、それとも提灯の灯りがのろまの目をいたずらに惹きつけたものか。

 もとよりこの男はすっかり怖気づいていたので、指図する相手を間違えたかなと、いまさら郡兵衛は悔やんだ。

 家来二人は息を呑んで立ち尽くしている。

 郡兵衛には、勝助を食べているほうの、のろまの風体になんとなく見覚えがあった。

 おそらく先刻に、御囲いをふらふらと覗きに来た、あの酔っ払った職人のひとりに違いない。

 あわれ、この男も御囲いを逃げ出したのろまにやられたのだろう。

 そもそも安兵衛たちが中野までわざわざやって来たのは、見回りで足を伸ばした内藤新宿の近辺で、御囲いの中にいるはずの、木札をぶら下げた寝間着ののろまを見つけたからだった。

 職人たちが度胸試しにやってきた時は、彼らも薄暗い森の中で、多くののろまとすれ違っていたはずであろう。

 しかし幸運にもそれに気づかず、無傷で御囲い周辺まで辿り着いていた。

 職人たちは、郡兵衛に声をかけられた際に留まっておりさえすれば、こんな哀れな姿にはなっていなかったかもしれない。

 また、中間勝助も、命を落とさずに済んだかもしれない。

 それにしても、ゆうべのうちに襲われて、たちまちこうして変異してしまうのだから、尋常ではない祟りの強さ、憑依の速さがうかがえる。

 なにより、目の前のありさまは、御囲いを抜けだしたのろまが、すでにここを通過していることを物語っていた。

「しまった…」

 郡兵衛は無念そうにそうつぶやくと、一刀抜く手も見せず職人の頭部を「エイッ」と一喝して、横一文字に切り払った。

 安兵衛が

「あ」

 と、小さく言った。

 眉毛あたりから上の部分が宙を舞い、頭が無くなったのろまが、バタリと勝助におっかぶさるように倒れる。

 横たわる勝助は、真っ赤になった目でこっちを見上げ、燃えてしまってツルばかりになってる提灯の棒を握ってか細く「あーうあーう」と言いながらユラユラと持ち上げている。

 おなかを破られているのに、無表情で平然としているようすは、もはや勝助とは認められない。

 だが郡兵衛の目には

「ドジなことで相済みません」「殺してくださいまし」

 …と言ってるようにかすかに映った。

 郡兵衛は持っている槍の穂先を、勝助の額に定めると

「覚悟いたせよ」

 と、小さく言って頭に突き立てた。

 

 

 

 

 勝助の髷ッ節(まげっぷし)には、託された書状が雑に巻い付けてあった。

 どのような経緯(いきさつ)で、腹を食い破られるにいたったかはわからないが、ともかくこの男はとっさの判断か、なにがあっても大事な書付が血で汚れてはいけないと、ここまで逃げながら、懐から取り出したに違いない。

「暗夜の礫は防ぎがたい。傷つきながらあっぱれのものだ」

 安兵衛が手を合わせる。

「我らが見つけたから良かったようなものを、大切な密書をこの様にさらしおって。不心得者め」

 郡兵衛はそう言って仏を諌めたが、書付を取り上げてから手を合わせるその姿には、深い憐憫の情があふれていた。

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」05はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」07はこちら>●

 

++++++++++++++++++++

〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

更新はだいたい、土曜日とか日曜日です。

 

どうぞごひいきに!

 

 

もりい

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小説「怪異談 忠臣蔵」05

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

本編には、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載5)

 

 三 赤穂浅野家の活躍

 

 幕府が事の収拾に手間取っているさなか、特別な機動力を与えられて、のろまの捕獲や退治を奉書を以って命ぜられたのが、播州赤穂の外様大名・浅野家であった。

 ほぼ各地に広がっていたのろま騒ぎであるが、特に江戸ではほとんどの面積が武家地であり、大名屋敷が広大な敷地を占めていたことから、その対応は大名から動員されたのだ。

 

 天下泰平の元禄の世の中では、腕っ節よりも、勘定方に使える武士が重宝されたこの時代に、太閤秀吉時代から活躍している、武勇を誇る、猛々しい家柄の芸州広島の浅野家。

 大鬼の酒呑童子退治で有名な、源頼光と関係が深い、清和源氏の流れをくんでいた。

 その分家の中でも、とりわけ五万石の大名赤穂浅野は山鹿素行の兵法、軍学を尊んでいる。

 なによりこれまで、江戸府内においては火消し、城警備など幕府の用事を幾度も務めおおせてきた、輝かしく、勇ましい経験と実績があった。

「万事それがしへおまかせを願いたい」

 当主・浅野内匠頭長矩は、胸を張って下知に承知をした。

 外様が持ち回りでかかりを務めたが、品行方正と言われる赤穂浅野の働きぶりは、評判がすこぶる良かったものだった。

 

 しかしある日、内匠頭長矩も、憑依した。

 …と、内匠頭本人はそう思っていた。

 それは内匠頭が直々に、馬に乗って供の者と警ら中のことであった。

 槍持ちが、不意に現れたのろまに食いつかれたのを見て、側にいた家来がその場でのろまを無礼討ちにした。

 ズバッと肩先から斬り込まれたのろまからは、思いの外に大量の血が吹き出し、その家来はまともにそれを喰らい、馬と、馬上の内匠頭にも血しぶきがかかった。

 のろまの血が粘膜にこびりつけば、たちまちに憑依するのである。

 供の家来と周囲のものが、すぐにそばの用水で内匠頭らに水をかぶせ応急処置をしたが、抜き打ちをしたその家来は、憑依を逃れられず、すぐに変化した。

 内匠頭の愛馬も狂った。

 その様子をじかに見て、内匠頭は自分もそのうちに、ようすが変わるのではと心配を極めたのだった。

 それからたびたび、つむりが痛くなったり、腹痛を起こすことがあったが、それが憑依によるものかは不確かだったし、ついに内匠頭は、他者を襲うような乱暴は働かなかった。

 それでも内匠頭は、胎毒のような障りがあるのを恐れ、ついに事情を知らない妻のあぐりとの間には、世継ぎを設けなかった。

 

 憑依の疑惑に内匠頭が心を痛めているのを知っているのは、側用人で小姓頭の片岡源五右衛門をはじめ、当時警らに出ていた、ほんの数名だけである。

 彼らは殿さまと一蓮托生と思っていたので「おいたわしい」と、そばを離れず体調を見守りながら、神仏への祈念を忘れないようにして、警備の仕事を励んでいた。

 

 

 

 

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」04はこちら

小説「怪異談 忠臣蔵」06はこちら>●

 

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

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もりい

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」04

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

また、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載4)

 

・治療や祈祷

 いっぽう下知が下った医療畑のものは、こぞって研究を重ねたが、絶望的に成果を見せなかったし、どう祈祷しても離(お)ちない。

 治療については、はじめこそ梅干しと南天が効くなどとされたが、次第に手立てがこみいっていった。

 たとえば「噛み付かれた瘡口から血を吸い出して、童貞の小便で洗い、灸をすえるのがよい」などという療法は、ずいぶんと広まった。

 のろまの正体を妖怪として空想で描き、小便を掛けられて、悶え苦しんでる様子に、治療法を添えて記したかわら版も出た

 しかし、それを鵜呑みにして、血を口にしたものが、たちまち乗り移られたりしたものだから、このやり方はやがて廃れることとなる。

 しまいには「毒をもって毒を制す」という発想や、人肉が妙薬として効くといった、一部の迷信もあったことから、自らのろまの犠牲になって死んだと言われる高僧の、ひからびた内臓のミイラから採取して調剤したと言う、怪しげな奇薬が予防に良いとされ出回ったこともあった。

 が、これも寸分の効き目も無く邪毒にしかならなかった。

 心臓部分の粉末が効くとか、やれ肝臓だ胆嚢だと、健康体の人間に能毒もわきまえず振る舞われたのだから、たまったものではない。

 薬効があると信じられてしまった一時期に、粉末はやたら流通してしまい、どの部位の毒を服用した者も、あまねくのろまに変異してしまった薬違い(くすりたがい)。

 だが注目すべきことに、服毒の場合は、直接に噛まれた時とは症状に差異があった。

 つまり、のろまに似た行動(朦朧としたり噛み付こうとしたり)は見せるものの、意思疎通はぼんやりと出来たり、ときどきは正気に帰ることさえあった。

 また、そんな状態の患者に噛まれた者の憑依も遅い。

 それでも次第に容態が悪くなって、しまいには息を引き取る。

 そして、立派なのろまとしてよみがえることには違いはなかった。

 

・民間の取り組み

 難を避けたいと願う庶民は、そこかしこで禁厭や巫呪(ふしゅう)を行ない、鬼神の怒りを退けようと、あちこちで盛んに祭りや豆まきのような、おにやらいを行った。

 こうしたことに乗じて、どの寺社にも所属しない民間の宗教者、祈祷師、占い師が生まれ、彼らは札などを売ってはインチキなまじないをして、荒稼ぎをしていた。

 

 また、噛まれたにせよ、毒を服用したにせよ、変異した者が現れたら、必ず届け出るお触れがあったが、回復を期待して家の奥に憑依者を隔離しかくまう、「かくれのろま」という愚行も流行した。

 噛まれた部位や歯型=噛み跡の形状を祈祷師などが察して吉凶が占われ「そのうちに変異が解ける」と判断されたのろまは、経過を見るために押入れや奥座敷、長屋などにかくまわれたのである。

 回復の期待のほかに、大名家では「身内の恥」として、外聞や面子を第一に考えることから、広い屋敷の奥に「かくれのろま」をする悪習慣が多く見られた。

 ともかく民間療法が役に立たないと知れ渡るまでは、恐ろしいほど多くの犠牲者が出てしまい、騒ぎが済んでひと安心したところで、また不意にのろまが現れるというのを、繰り返したものだった。

 結果的には、うわさ話には耳を貸さずに、ともかく憑依者はふんじばるのが肝要とされ、それから祈祷師か町方役人を呼ぶという手順が次第に主流となる。

 概してどの憑依者も、鉄球を足かせではめて、引きずってるかのように動作がのろいのが特徴で、彼らをふんじばるのは、野犬を取り捕まえるよりもあるていどやさしかった。

 とはいえ噛み付いてくる連中は、たいがいはおそろしいチカラで相手を捉えては生き血を吸ったり、肉を噛みちぎってムシャムシャと食べてしまうことが多かったから、油断がならない。

 

 

 

 

・派生の態様

 いっぽう、祟りを恐れない者たちもいた。

 不幸にも、真相があいまいな「お化け」として処理されるのろまの扱いは、一部で次第に酷薄なものになっていく。

「どうせ娑婆ふさげだ」

 と、のろまをとっ捕まえては飾り立てたり、ひどいのになると人体改造手術をして、上野や浅草などの見世物小屋で出し物にする、心ない一座があった。

 あろうことか岡場所の場末の裏店には、轡をはめた女ののろまの頭に、頭陀袋をかぶせて、娼婦として羊頭狗肉の商売をしていた輩もあったという。

 また、捕獲したのろまを御用でもない武士たちの、刀剣の試し切りのために売りさばく業者も現れた。

 生き胴を斬ったことのない好奇心旺盛な使い手から、思いのほかの引き合いがあったのである。

 

 いっこうに気の利いた対処法が見つからない中で、街にあふれるのろま騒ぎに関して、業を煮やした担当役人のほとんどは、のろまを捕獲しなかった。

 多くの場合、人目に触れないところへ引きずって行って、先述の高田郡兵衛のように、とぼけ澄まして退治してしまうのだった。

 担当の者はみなそれを「慈悲だ」と思ったものだ。

 ところがのろまと誤認されて、斬り殺される酔っぱらいや、耄碌した老人の犠牲者も後を絶たず、日本開闢以来、もっとも厄介な事件となったのである。

 

 ともかく一撃で確実にのろまの運動にとどめを刺すには唯一、急所を頭とし、霊天蓋に強い衝撃を与えてぶち壊せば、相手の運動を止める効果があるということだけは確かだった。

 

 

●<小説「怪異談 忠臣蔵」03はこちら

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

忠臣蔵はどないしたんじゃー一いっ!(笑)
次回「赤穂浅野家の活躍」に、ご期待ください。

さて

維新や敗戦から遠い、江戸庶民の同時や倫理道徳の感覚というものはこうしたステージにあったのではないかというのが、著者のイメージでございます。

 

ゾンビへの対処法は、ロメロルールを採用させて頂いております。

なんかこれ、怪奇モノというより、SFなかんじだなーと、思っております。

 

 

もりい

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」03

 

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

この作品はフィクションです。文中に出てくる名称と、実在の個人名、団体名とは一切関係がありません。

また、暴力的なシーンが含まれてございます。
また、たいそう昔の設定なので、現代では不適切と思われる表現が含まれることもございます。
あらかじめご了承の上、ご覧くださいませ

 

(連載3)

 

 二 元禄ゾ●ビ事件

 

 江戸近辺ではこの事件は初め、浅草あたりで「片耳の食人鬼が出た」という、化け物騒ぎから始まって、そいつを退治することに捕り方も集中したものだった。

 が、化け物を捕らえてみると、行方不明になっていた、どこそこの薬売りの行商だということで急遽、狂人による殺人事件として、町奉行は対応を変える。

 蓋を開けてみると、北のほうに行けば行くほど、同じような事例が見つかり「一体こりゃどうしたことだ。」ということになった。

 その人喰い商人は、たいそう聞き分けがなく、対応に当たった役人や医師をやたらと次々に襲い、最終的に無礼討ちで殺された。

 ただこの際、商人は体を斬られても斬られてもなかなか死なず、血みどろちんがいになりながら抵抗しては、担当役人をさんざんに手こずらせたと言う。

 そしてその商人に襲われた者達も、やがて変異して、同じような症候を見せ、また別のものを襲った。

 そうして次第に、被害はどんどん大きくなり、人口の多い江戸では大した騒ぎになっていく。

 

 

 

 

・概要

 そもそもこの事件が蔓延した起因(おこり)についての正確な記録は無く、大きくふたつの説があった。

 まずは元禄時代も初めの頃に、東北地方を襲った飢饉のために、飢えによって一部の者が、動物(やまい狗)の死肉を食べたがため広まった、風犬病のようなうつりやまいと言う説。

 我邦古来の病気ではなく、犬の出処も唐だ朝鮮から渡ってきたものだとも言われたが、どこからが真実で伝説なのかはっきりしない。

 初めこそ同時期に流行ったコロリの一種とまぎれて、間違って扱われていたが、「こっち」のほうは、病気とするには、あまりに人智を超えた奇異な事例ばかりが目立った。

 多くの人々が納得したのは、これが「祟り」によるらしいという説。

 とはいえ、果たしてなにによる祟りなのやら、とんと知れなかった。

 

  いずれにせよ、手に負えないという点では、病気にせよ祟りにせよ、当時は陰陽の傷寒、あるいは流行性なので瘟疫(うんえき)による霊祀邪鬼、悪鬼のたぐいの災いとしておおざっぱに人々に受け止められ、恐れられた。 

 いっぽうで、このころ疫病によって何百、何千という単位で人死にがあるのは、特別珍しいことでもなかった。

 一部の学者は、世の中が豊かになると「相伴ないて現れることが多い」と説いている。

 

 咬傷らるる者は、百発百中で病魔に取り憑かれ、まずは朦朧として口数が減り、次第に脂汗をかき、息が荒くなり、呼びかけても返事をしなくなり、だんだんと白目が赤くなる。

 次第に思考も人柄も、自我も無くなっていき、しまいには誰彼の見境なく、人に食いつく凶暴性を見せはじめ、獲物を求めてあてどなく「不眠不休」でフラフラと、あちこち嗅ぎ回りながら、いやしい有り様で徘徊をはじめる。

 

 そして圧倒的に古来の病気と違うのが、歩きまわり始めた者達が、いっさいの苦痛を訴えないという容態(あんばい)だった。

 先述の行商人のように、噛もうとした相手から激しい抵抗にあって、怪我を負ったとしても、出血などしながら平然としていられるのである。

 「痛みがない」「死なない」となれば、あやかりたい「不老不死」のご利益を期待させるものであるが、これがいっこうにありがたがられなかった。

 それというのも、やたらに食いつきたがる陋劣なみっともなさも含めて、そもそもその有り様があんまり不気味だからだった。

 ねずみ色になった顔に、焦点の合わない血走った目玉をギョロギョロとさせて、敗れた腹から臓物を垂らして引きずって歩くさまは、どんな色男もべっぴんも、台無しなのだ。

 

 「そうなってしまった」者達は初めのころ「犬憑き」と呼ばれたが、いじきたない貪婪さから「のら餓鬼」「餓鬼うさぎ」「食人木偶」「ぬけがら」と呼び名が乱暴になっていったが、もっとも通りが良かったのは

 「のろま」

 であった。

 涅槃無我の境に入ったような、無意識状態のありさまを悪しざまに言ったのと、事件に対する脱力にも似た諦観も、あだ名に込められていた。

 

・たたりとして

 ときが経つにつれ、のろま現象が病気ではなく、祟りであるという認識のほうが強まる。

 それには、評判の定着を手伝った要因に、実はのろまには「脈がない」「いつの間にか、いったんは息を引き取っている」という、説明がつかない怪異現象が強く関わっていた。

 人々は、これはどうやら「死なない」のではなく「とっくに死んでいる」それが別のものに「変異して蘇っている」とささやいた。

 憑依されたものはやがて魂が抜けてゆき、その抜け殻状態のむくろに、なにやら神変不思議なものが宿って、怪物通力を以って自在変化するものと評判になった。

 「帰ってこないように」と、北まくらを避けたとて、効果は無かった。

 やがて、これは疫病神、怨霊、魔物の仕業とうわさされるようになり、その魔物の正体は、どうやら「犬」の怨霊ではないか、という噂になる。

 

 この噂が広まるのには、起因が犬なのではという噂があったり、憑依者の有り様が犬のようだったというほかに、間の悪いことに戌の年、戌の刻に生まれた五代将軍・徳川綱吉が、世継ぎに恵まれなかったことが、大きな追い風となる。

 言うまでもなく干支の戌と、畜類の犬とは別なものであるが、将軍家の祈祷をまかなっていた隆光大僧正(狐狸の変化を見破るのが得意だと噂されている)が、事もあろうに犬が将軍家を祟っているであるとか、犬を保護するようにと助言したのだった。

 これに将軍が従ったいきさつが、もともと西日本にあった、犬神伝説などと一緒くたに想起されて、なんとなく「犬」がいけないと、ちまたのうわさとして定着したのだ。

「将軍家が祟られている

「犬公方だ。犬公方だ」

 助言を受けた綱吉は、動物に対する極端過度な保護条例を交付することになる。

 そうすることが、快癒につながると信じたのだ。

 将軍家の事情と、のろまのことは宿業、因縁と捉えるには妙に辻褄があって納得がいったし、そもそも疫病が神の祟りによるものと考え、恐怖することは、知識幼稚ないにしえの人々には、至極当然のことであった。

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

 

「ゾンビ事件」というのは、起因がはっきりしないのが常でございまして、症状も、死ねばゾンビになるとか、噛まれなければゾンビが伝染らないとか、いろいろでございますな。

とにかく、いい加減なもんでございます。

 

で、ちょっと長かったんで、最初にアップした時よりも後半をカットして次に回しました。

 

今後ともご愛読をよろしくお願いします。

 

もりい

 

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小説「怪異談 忠臣蔵」02

小説

怪異談 忠臣蔵

〜ゾンビが出てくるやつ〜

 

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(連載2)

 

 侍が血のついた槍を横に軽く払うと中間は、気を取り直して懐紙を取り出した。

 中間は手覆をつけている。

「そういえば先ほど、ふたりほど、町人と擦れ違いましたが」

「お囲いを見に来た野次馬だ。三人連れかと思うておったら、此奴があのふたりに忍び寄ってきて、危ないところだった」

 侍は死骸を見下ろしたまま、急に笑いだし

「フフフフッ町人め、こいつを恐れてではなく、俺を辻斬りと間違えて、横っ飛びに逃げて行きおった。酒に罪は無いわい」

「…さようで、ございますな…」

 差し迫ったときでも、こうして砕けた態度でいられるこの侍を、中間はたいがいの場合「性根が座っていて、すごいな」と思ったものだったが、何割かはいつも呆れていた。

 この日ときたら、いまのような生きた心地のせぬ、睾丸(きんたま)が縮み上がるようなことが立て続けに起きていて、中間はとびきりこわくてたまらないでいる。

 こわばった笑顔を精一杯に作って、侍に向けてから、つきだされた刃を紙で挟み、両手で注意深く拭いを掛ける。

 

 侍が懐から呼子を出して吹くと、間もなく灯りがいくつもやってきた。

 その侍に似た風体の男がひとりと、役人風が何人か。総髪の男。それに突棒を持った三〜四人の番太だ。

「高田うじ!」

 駆けつけた、同じ火事装束風の男が叫ぶ。

 こちらは鮮やかな朱鞘の大小を、たばさんでいた。

「やったのか」

「うん。…生け捕りにしたかったがな。町人が襲われそうだったので、よんどころなくやっつけた」

 実は「なんとなく」退治してしまったくせに、高田というこの侍は、ちょっと誤魔化して伝えた。

 殺したのは捕縛して、しかるべき場所に戻さなければいけないというお触れの出ている、公的には便宜上「病人」とされている者であったのだ。

 いま駆けつけた、同じ黒装束の男が興奮気味に言う。

「えらいことになったぞ。やはりほうぼうの塀が壊れておってな。長屋の戸が開け放しになっておった。此奴らは、そこから逃げたのだ」

「壊れていた…?」

「我らが到着してからこれまで、とっ捕まえたのと、こいつを入れて十人ほどだが」

「安兵衛。それでは、ことによると何百と逃げ出しているかもしれないぞ」

「それさ」

 火事装束ふたりの会話を聞いていた、役人風の男たちが

「滅相な…」

 と、途方に暮れたように長嘆息して、周囲にきょろきょろと目を配る。

 高田だの安兵衛だのと言い合っている、火事装束風の男ふたりは、播磨の国は赤穂浅野家の江戸詰の家来たち。

 これについては注釈をしなければいけないが、後ほどお話する。

「たしかに。いま詰所で帳面を調べておるところですが、囲っておったものが、いまは半分ほどに減っておるかも…と、内所が言っておった…」

「ばかな」

「半分とは穏やかではないぞ」

「左様。ここには千人ほど収容されていると聞く。五百も逃げ出していたら、これまでにもっと、そこいら中で見つけているはず」

「いや…、おるぞおるぞ。それ、あれに見えるのもそうではないか」

「ああ。さっきから見て知っている。それ、あそこにも…」

「まことにハヤ…長い時をかけて少しずつ逃げ出したようで。面目次第もござらん」

 医者らしき総髪の男が、申し訳無さそうにうなだれた。

 そこに安兵衛が

「くどくは言いたくはないが、近頃ここを犬屋敷と思うて、米を泥棒しようと曲者がずいぶん入っていたというではないか。それを一体どのように用心していたのです?」

「いやまったく、うつけなことで汗顔の至り」

「ただ、実に巧妙でして、見張りも襲われてしまって、いままでよりたいへん悪質。おかげで見つけるのも、すっかり遅くなってしまった次第で」

「これは物盗りなどではござらん。賊はコレがたくさん逃げ出すのに、どこをどう壊せばよいかをわかっているふうでしてな。塀や壁を壊して忍び入るというのは、これまで聞いたことがない」

「では、逃したと言うのか?わざと」

「逃してなんとする」

「いやそればかりはなんとも…。ただ、要害を知らずに忍び込んで狼藉を働くものは、たいていは、連中に襲われるものなんですが、此度はそれも無く…」

「いずれにせよ、たまたま今日はあなたがたが立ち寄ってくださったおかげで、随分と助かりもうした」

 考えもよらない重い罰が、あとで待っていると覚悟して、医者も屋敷の警備をしていた当番の役人たちも気鬱になっている。

「ともかく手分けして、見まわりを続けましょう。」

「キリがありませんから、これからは、こいつを見つけても呼子でいちいち集まらなくてもいいでしょう。見つけたものがその場で処置をする。よろしいか」

「捕まえるときは高手小手にして、捕縛を心がけていただきたいですが、とっぷり暮れれば相手のほうが有利になります。やむを得ない場合は足だけでも」

 と、安兵衛。

「心得た…」

「では、おのおの燈火を持たれいっ」

「われわれも、もうしばらく付き合いましょう」

「かたじけない。よし、じゃ、参るとしようか…」

 集まった者達が、気重い足取りで、提灯や龕灯を持って思い思いの方向へ散る。

 何人かは先ほど、話し中に見つけた、遠くの人影に向かって走っていった。

 たったいま死んだ(?)、上唇の無い寝間着男は、手下たちによって御囲いのほうへズルズルと引きずられていく。

 首から木札がぶら下がっていて、そこには「米 上 馬 田中某 慶五」としてあるのが、提灯の灯りに浮かんだ…。

 それはこの男が、米沢藩上杉家の家来であることと、生年を示していた。

 

 

 

 

「やむなく…と言うは、どういういきさつだったのだ。郡兵衛」

 安兵衛という侍が、今度は砕けた呼び名で、あらためて高田郡兵衛に聴く。

 郡兵衛は、死んだ男が刺さっていた幹折れに、提灯の明かりを当てながら。

「どうだ。血がほとんど流れておらん。さっきのは取り憑かれてだいぶ長いぞ、安兵衛」

 と言って、まともに取り合わない。

 安兵衛は、中間の勝助を見やる。

 勝助は、自分に視線をもらってオドオドしながら、高田と同じあたりを「どれどれ」というふうに、とぼけづらで覗きこんでいる。

「さっきのは上杉家の者だ。向こうに納得の行くように、報告せんければいかんぞ。」

「言うな。お前、アレを未だに病人と思うてか。縛って塀の中に戻すのが、情けか」

「それは俺達の考えることではない。捕縛は決まり事ではないか」

「…馬鹿ッ正直にそんなことを言ってるのは、近頃お前くらいなものだ…」

「ん?」

「エヘン。もうよい」

 高田はこの安兵衛という友達と、言い争う気はさらさらなかった。

 考え方の違いがあるのは、わかっていることである。

「報告ならいくらでもするわいっ」

 

 塀の内側にいたのは、一千人あまりも収容されていると言われる、さっきと同じように様子がおかしくなった者達であった。

 犬などではなかった。  

 「祟りにあった(と、された)化身」の者達なのである。

 犬を保護するために、この半年ばかり前に大久保あたりに開設された、広大な敷地の犬小屋があったが、同じたてまえで作られた中野のここは、はなから犬のためのものではなかった。

 先述のように変異した者達の治療と観察、祈祷と扶助、場合によっては腑分け(御用解剖)を目的とした、御救い小屋も兼ねた総合隔離施設であったのだ。

 収容する長屋は、棟が武士と町民とに分けて建てられており、加えて治療の施設などがあって、ひとつの街のような規模になっていた。

 それを「犬小屋」と不自然なウソで公にしたのは、事件が深刻であったため、江戸庶民を脅やかさないよう取り繕ったからである。

 

 元禄の世では、医療に関心のあった将軍綱吉の庇護のもとに、怪現象を「病気のため」として隔離治療に励んだのだ。

 否、励もうとした。

 しかし成果は芳しくはなかった。

 そうしてこのところ、役人たちは治療のあてのないこの患者たちを、こまめにここまで運んでは、収容していた。


「見ろ。あそこにつったっておるのもそうであろう?」

「よしっ。それがしが引き受けたッ」

「斬るなよっ」

 それがいま、どれほどかは知れないが、一度に解き放たれてしまった始末なのである。

 

 

(つづく)

 

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〜解説〜

 

空前のパロディ小説。

次第に人名や団体名が出てまいりまして、まったくでたらめな内容なので、関係各位に於かれましては、あるいは不愉快に思うようなアレコレが(特にこれから)出てまいります。

ほんと、ご容赦ください。

 

さて、御囲いが壊されてなんか逃げ出す際に、見回り役人の数がどれほどなのか、壊された箇所がどのくらいなのか、だいぶ曖昧でございます。

 

あと、これはスマホよりPC版パソコン画面で読んでいただいたほうが、読みやすいかもと思いました。(行間とか)

 

今後ともご愛読をよろしくお願いします。

 

もりい

 

 

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