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とよおか忠臣蔵(2)

とよおか忠臣蔵(2)


土地にも歴史にも詳しくない忠臣蔵紀行。
大石りくさんのふるさと
「兵庫県 豊岡(とよおか)」後編です。
(とよおか忠臣蔵(1)はこちら。)


大石りくさんの遺髪塚を訪ねたあと、川沿いを南に下りまして、生誕の地へ。

なんだかこの時の気分が良かったなあ。
土手の道。
霧雨がぱらついてるんですけど、広々して、空気が良いような気がいたしました。

地べたを這いずるかたつむりを避けながら
土手をせっせ、せっせと歩きましてやっとこさ陸橋に到着。
渡りまして目指すはりくさん生誕地。







街に出ると途中、すれ違う男性に
「ジャンパーひきずってますよ」と教えてもらって
「ありがとうございます(汗)」
肌寒いかなと見込んで持ってきたユニクロのウルトラライトダウンは、歩いてるのがよほど運動になってるのか汗ばんでるあたしには持ってても手が暑いくらいなんで、それでカバンのひもにかけておくんですが、この前もあとも何度も濡れた路面にずり落ちた次第。
買ったばかりで折り目がついてるので結んでクシャクシャにしたくない。でも、水たまりには落としてる(笑)。
みなさんはシワと濡れるのと、どっちがアリですか?





途中。
ああ。割烹「理玖(りく)」だって。
いいなあ。ここで接待されたいなあ。




さて、生誕地。
おじいちゃまのお墓に行った時とは打って変わって、スムーズに到着。


「ゆかりの地」にはのぼりが立ってるんでほんと見逃さなくて嬉しい。





▲大石陸女生誕之地


忠臣蔵でいう「但馬のさとに帰る」というのは、
ここに帰ってくる、だったわけですね。





さて!これにて予定はひととおり回れました!

これからあの汽車の中から見た看板を探しに行きます。
(パート1参照。事前にチェックしてなかった
 車窓からたまたま目撃した墓所)
てがかりは「線路沿い」。


適当に線路を目指して進んでまいりますと目の前に図書館が。





こちらはりくさんのお父さんがお勤めになってた豊岡藩の陣屋のあとだそうで。

あっそういえば、りくさんと大三郎くんの直筆の書状がどこかで急遽公開になってるって言ってた!
のぼりが立ってるところを見るとひょっとして図書館で展示してたりするのじゃないかしら。
そうしたらなんて間がいいんでしょう。

しかし
館内をのぞいてみてもそういう気配はなし…
おまつりのチラシやポスターもない…

んま、とにかく展示はココではないと。
(お祭りのチラシ、ここに置いてなかったが、のちにホテルにも無いことがわかった。実行委員の方のメールでは各戸に投函するって言ってたけれど…)


線路沿いに出て歩き出します。
とぼとぼ歩いて
そーだなぁ。300メートルも歩きましたですかなぁ…







をぉ!?
あれだな!
のぼりがでてる!





そうそう車窓から見えたの、これこれ!



▲この階段を上るんですね!?



▲で、ええっと、あ、こっちですね。



▲さらに・・・・・。



▲あ、あちらで。





ん〜

なんだかこれじゃちょっとさみしくないですか吉之進さん。
修行僧だったからへいちゃらかな。

んまぁ…

ん!?



▲丸で加工=もりい


なっなんです
瑞泰寺てなぁ!?

ああっりくさんのご両親のお墓だあ!
これもノーマークだったあ!
あ〜もう、日が暮れるし体力の限界!
明日行けたらいいがなあ。



▲吉之進さん墓所の高台から駅方面をのぞむ。
どうやらあの踏切の向こうに瑞泰寺がある?



まっぴらごめんください。


さて!
ホテルに戻りまして



▲16627歩。
結局、3時間ぐらい歩いてました。






▲ホテルエントランスには
豊岡の特産品のカバン。



こちらのホテルさん、朝飯込みで5000円!
(もっとも予約した楽天の割引も効いている)
おまけにウエルカムドリンクでビール1缶無料でいただける。
くたびれた体にこれは嬉しかったです!
(駅前にホテルが林立していて競争が激しいのかな)
豊岡スカイホテル!オススメ!


で!!!


台風がやはり上陸しちゃうんですねえ!

夕方、SNSでは実行委員さんによってお祭りの中止が発表されました〜!


ガ〜〜〜〜〜ン


残念無念TOHYO--ase2





いやはや、朝は9時半頃から15時すぎまで、いろんな演奏やパレード、出店、ゲストには池乃めだか師匠までお迎えしての第20回のアニバーサリー。もよおしたっぷり用意されておりましたのになんとも残念。
苦渋の決断には断腸の思いであったろうことはお察しするにあまりありすぎ。
お気の毒としか言いようがありません。
(んま、あたしもたいがい気の毒だけど)


それでも、そもそも屋内で催しが予定されていた、りくさんと大三郎くんの書状の展示。
市役所でやることが判明したんですが、これは決行ということで。

ただ、帰れなくなったらコトだってんで、この日のうちにあわくって帰りの切符の時間を夕方から朝に変更しちゃったんですよね。
何時から展示やってるのかどう検索しても出てこなくて、市役所なんて8時半からだろうと予想して手配。
そしたら切符の手配の後になってSNSのほうに問い合わせのお返事をいただいて、なんと展示は9時半から。
んわちゃ〜っ!あたしの帰りの汽車はその数分後に発車…

ん〜〜、いいや。朝飯食べたら押しかけてみよう!


雨<翌朝>雨


雨脚は前日より強くなり、どうあがいてもステージイベントやパレード、屋台村は無理。
逆に未練も断ち切れるというものですわい。

ホテルの朝飯は和食バイキングで小柄なおばさまが愛想よく切り盛りしていらっしゃる。
(レストランの名前が「くすくす」っていうんで上機嫌)

「お冷はどれですか?」
「えっ? ああ、お水ですか。お持ちいたします」

「これはこのお出汁でいただくんですか?」
「えっ?」

「旅先でいただく朝食は格別ですな」
「えっ?」

この人、耳が遠いわけではなくあたしの言語形態が性に合ってないらしい。

「アサメシうめえやっ(^^)」
と言い直したら「ああ」と言ってニコニコおかわりをよそってくれた。



▲ホテルの朝ごはん、だいすきっ!


チェックアウトして、雨の商店街を行って市役所に着くと、9時をすこし回ったところでこの日やっていた衆議院選挙に雨の中パラパラと人が集まってきていた。



▲レトロな復興建築の市役所(選挙の投票所だった)。


隣接する棟の展示場では、準備が昨日のうちに済んでいるようでスタッフさんは何人もいたがせわしない感じではなかった。
開場前だが、お願いするとこころよく入れてくださった。
言ってみるもんですなあ!



▲中央の「生花こども作品展」を囲むように歴代「りく娘」さんと忠臣蔵資料が掲げられています。




▲実物があるけど写真もある「りく寄贈の磬子(きんす)」


▲そして、どーーーん!!!

りくが弘前・大石家の親戚(大石庄司)に宛てた大三郎の仕官とるりの結婚のあと押しへの感謝と、内蔵助のおじさんが亡くなったことなどに触れている。(だそうだ)
手前は大三郎の手紙で、やはり庄司に宛てた内祝いのお礼と姉るりの結婚祝いのお礼。(だそうだ)


資料など熱心に見ているとスタッフのかたが、もちまき大会に使用するはずだった紅白のお餅をくださった


こちらの運営の皆さんからは「仕方がないや」という感じの脱力感を読み取ろうとすればできないこともないが、存外どーんと落ち込んだ感じでもなくピリピリもしておらず、淡々とやるべきことを進めている様子。(もちろんはらわたが煮えくりかえってる方もいらっしゃるはずですが)
「生憎でしたねえ」と声をかけると
「ほんま、よりによってねえ」と答えが返ってきた。

あたしが帰ったあと、こちらでりく娘さんの撮影会や、スタンプラリーの景品交換などがあったそうです。



りくまつりは今年を最後に来年からは休止すると噂で聞いた。
でもこれ、なんとか来年リベンジせんものかなあと思う。



ふたつともえ



さて
以上が豊岡さんぽの顛末なのでございますが…
今回、出かける数週間前から汽車の時間など決めたくていろいろ検索するんだけどなかなか欲しい情報が得られず困った。
結局、直接お電話やメールでやさしく対応していただいたが基本的に「他府県からわざわざ客が来る」という想定が無いような印象の応対だった。
このことは自分が今後、なにかを企画する上でたいへん参考になりました。


今度は海のほうにも行きたいな。
名物も食べたい。
行ってないりくさんのご両親のお墓もリベンジしなきゃ。
そそ。
また来たいと思いました ちんべえ




▲パレードがあるはずだった商店街通り。
もらったモチをナマでぱくつく。



BLIGHTさようござらば
みなさん、ごきげんようBLIGHT




▲和風の内装がイカす、はしだて2号。
(KTR8000形を改造した(の?)「丹後の海」)


 
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とよおか忠臣蔵(1)
とよおか忠臣蔵(1)


方向音痴で地理もダメで歴史も詳しくない「忠臣蔵オタク」もりいくすおがお届けする、なんとなく歩き出しちゃう忠臣蔵紀行。
このたびは大石りくさんのふるさと
「兵庫県 豊岡(とよおか)」を訪ねます。

出かけた10月21〜22日(土日)が「大石りくまつり」なんです。
りくさんにちなんで毎年行われるこのお祭りも20回目。
ずっと行きたい、行きたいと思ってた豊岡に、このアニバーサリーはお出かけにうってつけと荷物をまとめました。





忠臣蔵では、松之廊下事件のあと赤穂浅野家が解散になって、大石内蔵助一家は京都の山科に暮らしてましたが、ある日内蔵助は奥さん・りくと子どもたちを離別して奥さんの実家、但馬国(たじまのくに)・豊岡に帰します。
忠臣蔵はこのくだりで「豊岡」とか、実家のお父さんの名前「石束源五兵衛」という名詞が出てまいります。

あたしゃこの「実家」郷里にうかがうわけであります。



▲拙著「忠臣蔵えほん」より「山科の別れ」


東京から、京都で乗り換えて新幹線と山陰線に揺られて約5時間弱。
兵庫県豊岡に到着です。
あーっいつも使ってる歯ブラシ忘れたっ!



▲特急・きのさき 287系(ですか?)。京都駅


今回はお祭りもさることながら
やはり、りくさんゆかりの地を訪ねたい。
お出かけは主にお墓です。

…と、まもなく豊岡駅に到着というところで
車窓から雁木模様の横断幕が目に飛び込んでまいりました。
「大石内蔵助次男の墓所」とかなんとか!?

事前に調べてた「赤穂義士事典」に載ってませんけど!?
(載ってたらあしからず)



▲合成によるイメージ図(再現)


到着は午後13時半すぎ。
お寺が閉まるのはだいたい16時とかだけど、
それまでにパーッと回れるかしら。
できればあの車窓から見えたアソコも行きたい。

で、実はこの日、朝9時ごろからりくさんのご法要と、赤穂・大石神社の飯尾宮司さんによる公演がりくさんの遺髪塚がある正福寺で執り行われてたんですよね。
朝、早すぎて東京から行ける列車がなく、前の日は夜21時過ぎまで授業があるし参加が不可能なんですな。
もうちょっとうしろ倒しだったら参加できたんだけどなあ・・・


駅前にはアイティという商業施設がございます。
こりゃ旅行者には頼もしい。
歯ブラシと腹巻きを買いました。



▲豊岡駅


▲アイティ

この商業施設が出来るに当たっては商店街も戦々恐々としたのでしょうかなあ。
「〇〇の奥さんたら、あそこでパートしてるわよ」
「あらまあっ」
みたいなドラマもあったのかなあ。



▲道端に「大石りくまつり」ポスター。


予約したホテルのチェックインは16時(お寺さんが閉まるのがだいたいその時分と踏んだ)に設定してるんで、とにかくその駅前ホテルのロビーに荷物をあずけて散策に出発。



▲回りたいのはこちら。
 りくさんのおじいさんのお墓。
 りくさんの遺髪塚。
 りくさんの実家跡地。
 「?」部のもやもやしたところも回りきれるか?



駅からりくさんの遺髪塔のある正福寺さんまでは、だいたい新橋から有楽町ぐらいかなと思ってましたが(<地図見ろよ!)、事前に観光協会さんに問い合わせてメールで送っていただいてた祭りの内容の中にあたしの回りたいコースとかぶる「ゆかりの地めぐりウォーキング」なる企画があり、そこには全工程「約7キロ」とある…

ななきろ・・?っていうのがまたピンとこなかったんですが、1キロを大体10分位で歩くから(そう?)、全部回って一時間半位っていうことかしら。
まあいいや。
でかけます。


こっちに駅があって、むこうに川があって。…って、すごくわかりやすい立地にありながら、まず、りくさんのお祖父様のお墓がある養源寺に行くのに迷った

これ、あとから思ったんですけど、ちゃんとあってる道のりだったのに途中で「間違えた」と勘違いして前後不覚になった感じ。
ナビを見ててもなかなか埒が明かず、「あった!」と思ったら天理教さんの施設だったり・・自分で「すこしバカなんじゃないか」とこころぼそくなったNAKI-SOH



▲ま、無事に着くんですけども。養源寺さん



▲りくの祖父・石束源五兵衛のお墓

石束家は地元・京極家の国家老さん。
りくさんのお父さんはおじいちゃんと同じミドルネームで「毎公(つねとも/つねよし)」。「石束宇右衛門(うえもん)」とも言う。


で、
画像のお天気、悪いでしょう??
台風が近づいていたんですねtohoho
ずっと小雨が降ったり、止んだり。


さて、おともだちの歴史研究家・三左衛門さんがいませんともう、あたしひとりの散策なんざあスタンプラリーみたいな感じでサクサクしておりまして、徒歩なんで日が暮れちゃいけないし、川を目指して歩き出します。
(あ、実際、こちらスタンプ設置中)

おおきな円山川(まるやまかわ)を渡る陸橋のところまでやってまいりました。







あれに見えるは正福寺じゃないか!?



▲わかりやすっ!!!!!


橋を渡るとわかりやすい道案内がそこかしこに。





▲スタンプラリーのおかげか、のぼりのお陰で迷わない。



▲このスロープを上るんですね!?


▲スロープを上る途中でふりかえると、おぉっと!
 なんかあるじゃありませんか!ブロンズが!
 いいや、あとで見ましょう。





ごほんどう〜〜〜!
りくさんは討ち入りのあと、お父さんとともにこのお寺に移って、息子の菩提を弔ったと伝えられているそうです。


ここで午前中、大石神社の飯尾宮司の公演があったのですね。
参加したかったなぁ〜。

いまは静まり返って人気もなく、樹に滴り落ちる雨粒の音と、遠くにカエルと虫の声だけが聞こえております。

SNSのメッセージで飯尾宮司さんから
「お会いできず残念
 講演後出石にて名物の出石蕎麦御膳を馳走になりました」

ということで。ふう〜〜ん!

「いいね!」

あたしゃ晩飯はアイティでオムレツ食べましたよtehease2





ご本堂と向かい合わせに平岩弓枝さんの碑が。
平岩先生はハイティーンのりくが結婚して、やがて夫や子供を亡くし自分が息を引き取るまで(だったかな)をえがいておられ、名だたる女優さんがお芝居にしてらっしゃいます。

「華やかにして 慎ましく
 たをやかにして 強く
 凛と咲いた花影の花の人
 大石りくこの地に誕生す」



で、ええっと、あ、こっちですね。




まもなくたどり着きました!





先日は広島にて失礼をいたしました。
ご無沙汰しております。
なんだかこないだは炎天下で今日は雨で…。
いえいえどういたしまして、なにも悪く思うところはございません。こっちのことでございまして(笑)…それよりもいつも汗だくの無作法をお許し下さい。
心ばかりのお賽銭を。
いえいえそれではこちらの気が済みません。
それでは随分ご機嫌よろしく。


周囲はこれ、なかなかの崖でございまして、みなさま酔っ払ってお出かけになんかなさいませんように。


来たスロープを戻ってブロンズ像。



▲ちょっとこわい…

お墓のある広島でも、こちら豊岡でも、見晴らしのいいところに、りくさんいらっしゃって、ようございますね。

どちらも、お子さんたちと仲良く肩寄せ合って。


「とよおか忠臣蔵」

長くなりますのでひとまずこれにて前編の終了でございます。




▲スタンプラリーの正福寺のスタンプ。


(後編はこちら)>★





 
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はこね忠臣蔵

はこね忠臣蔵

 

愛知県の吉良町(現・西尾市)をあとにして神奈川県・箱根に寄り道です。


あたしゃ、とにかく
山の中の甘酒茶屋に神崎与五郎(かんざきよごろう)の堪忍袋で有名なエピソードを物語った等身大お人形があるって聞いて、前から行きたくて行きたくてしょうがなかったんですが、今回吉良町帰りにみんなで行こう!と車を出してくださった三左衛門さんとAさんに無理言いましてご快諾いただきましたtehe

<あらすじ>
江戸下向中の
神崎与五郎が甘酒茶屋で一服していると酔っ払ったタチの悪い馬子に絡まれます。侮辱がすぎるので斬り殺してやろうかとも思いましたがこれがもとで作戦に穴が開くようなことがあってはならないと、土下座をして馬子に謝り、詫び証文を書きます。


忠臣蔵にとってそのほかにも箱根は2つポイントが。

ひとつは大石内蔵助が討ち入り直前まで事細かに作戦にかかった予算を帳簿につけていた「金銀受払い帳(預置候金銀受払帳)」を所蔵している箱根神社。

そしていよいよという時の江戸下向の際に立ち寄った曽我兄弟のお墓。(曽我神社)



▲箱根到着…


なんだか観光客がたいへん押し寄せておりますなあ。

いったん箱根神社を通り過ぎまして甘酒茶屋に向かうため山道に…。
ちょうど昼時分なんで茶屋に到着したらご飯食べましょう!
ああ、でもこんなに混んでちゃあ自動車停められるかしら心配。

だったんですが、山に入っていくにしたがって人が少なくなり・・・



▲怖い話がまつわるお玉ヶ池。


甘酒茶屋、麓に比べるとガラガラでしたー!

つか、それもちょっとさみしい!?



▲あれに見える茅葺屋根こそ目指す甘酒茶屋。


あーそうそう!前に検索したら、たしかにこんなかんじの家屋でした。
これぞ神崎与五郎の詫び証文で有名な甘酒茶屋じゃないかいな!
感激です!




▲人形じゃなく、絵が掲げてある。
 

▲はて?人形は…


囲炉裏端があって(火は入っていない)、毎年、若林鶴雲先生が講談をやりにいらっしゃいます。


しかし・・人形は??

女性スタッフさんに聞いた。
「あのう、神崎与五郎のお人形は?」
「隣にありますよ」

ああ、ココじゃないんだぁ。

で、ココで昼飯と思ってたが、ご飯はメニューになくて…
たしかに峠の茶屋でがっつり食事というイメージは、無いかな。
でも山なんだからカレーくらいだしてもと思うが・・(山だからってなんだよw)

でもせっかくなので…



▲味噌田楽やいそべやき。


いろいろ頼んだけど、やっぱあとでお昼ごはんはどっかでちゃんと食べようっと!

さて
「となり」ってなんだよ・・・

実はあま酒茶屋さんの隣に「箱根旧街道休憩所」が隣接してるんです。そこにお目当てのお人形があると。



▲©Google


▲自作パノラマの合成の関係で道がネジ曲がってますが、実際はまっすぐです。



箱根旧街道休憩所の中に入ってみると、座敷に駕籠とか箪笥が置いてあって…
人形、見当たらず…

 

正直「どないせいっちゅうんじゃい」といった風情。



画像でご確認頂ける範囲が「すべて」で
で、 すぐお別れのご挨拶。下・指さし



▲「またご利用ください」?えーーーーっase2!?


いやいやいや
ちょー待ってくれ
カンザキさん人形わやい!?

まてよ?看板の向こうに奥がありそうな。。。



あったぁ〜〜〜〜〜!!

 

お人形見つけた〜〜〜っBLIGHT





なかなかにカビ臭い空気がこもっている(けど、床掃除は行き届いてました)。

昔の旅にまつわる道具(ミノとかワラジとか)がショウウインドウ(入ってしまって脱出できなくなった虫が死に放題)に、関所事情を説明する年表やテキストがかかげてある。

読ませたい気持ちと照明の明るさが伴っていない・・・

大高源五の詫び状もあるぞー!



▲解説パネルに神崎の逸話はもともと大高源五のものであると説明。


得てしてこうした旅先のモニュメント施設はこういう「やりっ放し的」な風情がよく似合うもんです。あたしゃ大好き。







▲詫び証文が手から落ちてたので戻しておいた。







▲まわしましょうよぉ…
 


「またご利用ください」にあらためて戻ってみるとこの事務所みたいなものはなんだろう??



 


▲事務所内部を覗く。

中から向こうの通路に顔出してモギリしてたんだろうな。
にぎやかだった頃のここの様子を見てみたい。

もともとは有料の施設だったのだろう。とは三左衛門さんの談。


隠し部屋みたいにしていないでこっちのタンスとか置いてあるところに持って来ちゃったらどうなんだろう。お人形さん。

ていうか、表示出しておきませんか?


hatoは〜〜満足満足hato
 

来た道を戻り、箱根神社へ。これまたラッキーな事に無料駐車場に停めることができた。
歓迎されてるムード!?



大石内蔵助が立ち寄った曽我兄弟のお墓…ではなく、曽我神社でお参り。

父親の仇をとった曽我兄弟は武士の鑑として仰がれて、大石内蔵助も本懐成就を願って参拝したといいます。



▲三左衛門さん撮影(感謝)。


箱根神社のご本殿でなく、プイッと曲がって宝物殿に行っちゃうご一行。
曽我神社に参拝したから、もういいのかな。



宝物殿には垂涎の「金銀受払い帳」があるではありませんか。
大石内蔵助のきっちりしたところが忍ばれる直筆出納帳。

「赤穂義士伝 一夕話(いっせきわ)」もございました。
図録を見ると国芳とかの義士の絵も持ってらっしゃるようです。この日は展示されてなかったようですが。

は〜楽しかったっと!



次回は、茨城県に出かけたいねと話してたら三左衛門さんが高速の出口を間違えて、たまたまもりいのヤサの近所まで通りがかり、あたしは先に離脱。なんだかすいません。


途中に義士が切腹した毛利邸跡をとおりかかり、あたしにはどこまでも義士好き冥利な旅でした。

 



BLIGHTごきげんようBLIGHT

 
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きら忠臣蔵(3)


<きら忠臣蔵>
その3:最終章。


睡眠時間が5時間ぐらいで起床。
完全に酒は残っている。
あたしゃすこし頭がいたい。





とはいえ、旅先の朝ごはんはいくらでも入りますなあ。
三左衛門さんのごはんもらっちゃった。


さて、一夜明けて本日は「黄金堤(こがねづつみ)」に参って、そこから箱根に寄って帰路という計画です。


黄金堤の紹介だけで終わってしまう「きら忠臣蔵」その3ですが、堤防跡に行く前に「その2」で東角園さんで買ったお菓子をご紹介。
東京・新正堂でお菓子のパッケージのお手伝いをさせて頂いてるわたくしとしては勝手な使命感でいろいろリサーチをと思います。


くわしくはお店のホームページをご覧いただくとして…



▲ちなみに華蔵寺から東角園はほぼ一直線。


さっそく、ゲトりましたお菓子を1つずつご紹介・・

あれ?
ホームページに、この饅頭が載ってないな。
お店のオリジナルじゃないということでしょうか。




「きら万」




はてな?
「西尾 菓子 きら万」で検索しても出てこないな。
夢だったのかな。


▲いや、食べてるしなあ。


美味しかったです。
モチモチしてあたし好みでした。




「吉良の赤馬」




また、馬だよ。

まあ、お殿様に食らいつくわけにはまいらぬか。
モナカの皮の良い香り。
つぶあんと抹茶餡の2種類がございます。
あたしはつぶあんが好きかなー。
抗癌作用あるし。




「きらら鮎」




どら焼きのような風情のお菓子。
…て、なんだよこれも検索しても出てこないなあ。

お店には雲母にちなんだ「きらら◯◯」というお菓子がいろいろございましたが、どうやら一番マイナーなものを買ってしまったような?
包装にはこの店のロゴが入ってるからオリジナル菓子なんだろうに、どうしてホームページに載せないんだろう?

中は餡ではなく白いおいしいのが入ってて…
なんか、店が推してない商品…報告のモチベーション下がるなあ。
(見逃してたらすいません。少なくとも「商品のご案内」には見つけられませんでした2017.9.28現在)




「黄金堤(こがねづつみ)」




こちらは自慢のお菓子のようでして、
開けますとなんと!





こがねが、ほらね!
なんだかもう、まいないをもらったような良い気分にさせられます。
京きな粉をまぶした、つぶ餡入り羽二重餅。

そそ。
アプローチとしては現在皆無の、自虐ネタというかネガティブキャンペーンというか、そういうのもいいんじゃないかと思うんです。
賄賂に目がない上野介にちなんで…って。
新正堂さんの切腹最中だってアレ、浅野内匠頭にしてみれば恥部をふくらませているわけでしょう?
吉良にとって「きらわれる」というのは恰好な材料と思うんです。昔と違ってヒールは魅力でもありますのでねえ。
…メディアが食いつきやすいとは思うものの、やはりゲスいアイデアかなぁ…現地の方たちの吉良さんに対する愛情を考えると…。
地元まで悪党呼ばわりではおかわいそうですかな。

思いつきですいません。
(両国のほうでやらねえかな)


「元禄時代、河川の氾濫から領民の難儀を救うため、
吉良公は築堤を決意。
完成後は毎年黄金の実りをもたらし、
いつしか「こがねづつみ」と呼ぶようになりました。
吉良の殿様善政の証しです。」

(東角園さんの商品紹介ページより抜粋)


というわけで、出かけましょう。
黄金堤へ。



▲ホテルから黄金堤までの感じ。
 

 

古くは沼地で大雨の時は洪水被害にあっていたここらへんに、吉良上野介は180メートルにおよぶ堤防を築いたといいます。

一晩で。

吉良上野介もさることながら、人足衆がスゴイなと。







であのう、
この場所に異口同音の説明書きがいっぱいあるんですが、こりゃアレですかな。ほうぼうにあったのをここにひとつにまとめて、作ってくれた人に敬意を評して処分しないでいるというような、そういうご事情ですかな。





そしてここでもきらさんゲットだぜ!





堤防はいまは短く整備されておりまして、周囲も沼地ではございません。

さっきの「説明書き」180メートルを縮める際に、あっちの端、こっちの端の説明書きがだんだん寄ってきたのかな。



▲こういう感じで途中まででおしまい。


生い茂ってる樹木は桜の木のようですから、ここは春には満開で、さぞかし見応えがあるのでしょうなあ。


駐車場にある鉄骨には、目を凝らすとなにやら電球が巻き付いてるように見えます。
離れてみてみると全貌が・・・





配線をたどってお絵かきしてみました…。



▲ライトの配線をたどるとこのような画が浮かぶ。


夜になるとライトアップされるようですが、これたぶん、夜に訪れて酒でも入ってた日にゃあ高確率で転げ落ちる気がいたします。
個人の見解です。





さて
こうして我々は愛知県西尾市(旧・吉良町)をあとにいたしました。


来て良かった。
さようござらば。



<箱根忠臣蔵につづく>





 

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きら忠臣蔵(2)


<きら忠臣蔵>
その2:気にしない極意。


前のアップで申しあげませんでしたが出かけましたのは9月23〜24日。

お彼岸。
泊まりがけでございます。

で、え〜〜

花岳寺(かがくじ)と、華蔵寺(けぞうじ)に参ります。
おとなりどうし。

花岳寺前に到着し、駐車場にまた吉良像を発見!
ブロンズ像は同じ型だがさっきの円融寺と掲げてる文言が違う。
同じ尾崎士郎先生の小説の抜粋が掲げてあるが今度は「吉良の男」より。







もしかして
これがあちこちにあるの!?
コンプリートたいんですけど!
ポケモンGOより高まる!!

そう、べつに吉良領だからってあたし、テンション低いわけじゃないんですよ。


そしてご覧くださいこの公衆便所!

昭和57年に設置とある。こりゃああきらかに「峠の群像」人気のブームにあやかってだろう、とは三左衛門さんの推理。
げにも!ワクワクいたしますねえ!







わー、あと
この看板のお菓子屋さん行きましょう!
赤馬の殿様の民芸品とかあるんじゃないかしら。




▲「お車で3分」


目の前にお寺さんがあるのに、この一行は足をべつの方向に向けます。

「陣屋跡に行きましょう」

ほどなく歩くと「岡山陣屋跡」ございました。
「吉良義定は家康からここに200石拝領して館を建てた」
そうで…







おあっっと!
吉良さんまたゲットだぜ!







とことこ花岳寺へ戻りますと
おあ!またありました!







文字盤の内容がいちいち違います。
(ずっと「吉良の男」からの抜粋)
これしかし、陣屋行ったおかげで見つけましたが駐車場から正面切ってダイレクトに来てたら見逃してたんじゃありません?


まずは
東条吉良さんの菩提寺・花岳寺にお出かけ。
(そのむかし三河では吉良氏が川を挟んで東西に分かれて長いこといがみ合ってたとか)

亡くなられた前のご住職と三左衛門さんはご昵懇だったそうでまずはご無沙汰のご挨拶。
我々を歓迎して下さり、特産の吉良抹茶をごちそうしてくださった上に柿のおみやげまでいただきました。
ありがとうございました。











三左衛門さんとAさんはそれぞれ吉良町は今回が三度目だそうで、くちぐちに
「吉良町の人たちはやさしくて温かい」という。

それは初めて訪れたあたしにも、畑仕事中のおばさんと挨拶しながらわかる気がした。


そしてここにも吉良邸で討ち死にした斎藤清左衛門の墓があるが、「芝居の悪評のゆえか法名を削りその跡を隠す」なのだ。
ふむぅ…







孟宗竹のヤブを左に見て華蔵寺に抜けられます。







吉良上野介のひいおじいちゃまが新たに菩提寺として創建した華蔵寺。
ここに吉良上野介一家の墓があります。
(吉良さんの墓は東京都中野区)

ここには有名な吉良上野介の木像があるが一般公開はされていない。(図A)
レプリカが両国の吉良邸跡=本所松坂町公園にあります。




▲図A タウン誌「西尾くるポン」より



▲華蔵寺。正面。
竹やぶの横を通ってもここにダイレクトに
出るわけではありません。




▲劣化が危険で登れない石段。(横の坂から行きます)



吉良上野介の先祖義安公、義定公の木像修理に一口1000円の寄付を募っていたので、気持よく払ったら寺務所にいたクロヤナギさんがたいそう喜んでくださって、ご本堂の中と自慢の庭園を見物させてくれました。




▲上野介が作らせたという枯山水観賞式庭園。


「この氏寺はすべて吉良家。いま無縁さんです。
 一般の人は入っていません。
 吉良家のお寺っていうことでやってくる人が大半。
 ふだんは研句会とか研茶会とか寺と関係ないことで
 利用されてにぎやかです。
 うちの檀家はお墓の下で黙っとってくれるので。」



思えば吉良上野介はずっと黙っている。
生前の悪評はともかく、松之廊下事件の元凶は作家の腹から生まれている。
家来、家臣の遺族が墓の法名を削るほど悪評が轟いても墓の下からなにも言わない。


「ほめられたって、けなされたって知らん顔。
 背伸びしたって大したことないです。
 正直にやっとれば助けられる。」



庭が見られるコーナーはここで会合する名古屋や岡崎のお偉いさん(千葉・館山の人だったかな?)が音頭を取って雨漏りだらけだったのを修繕してくれたそうだ。



風評に耳を貸すなとは、モリシゲもかつて渥美清にアドバイスしていた。
あたしも軸足をブレさせないためにも世間の評判というやつは黙殺しようと思った。気にしない極意はブレない極意だ。
仏様が観ていてくれていずれ助けてくれる。
いいことを言うなあクロヤナギさん!

んまぁ、なんの声明も発表もしないでとりつくろわないでいたら首を取られてしまうというパターンもあるわけだが…




▲上野介直筆の書状。
上野介の孫に当たる左兵衛が上野介の養子になったことのお祝いに対するお礼状。
(元禄2年。三左衛門さんご解読による)





▲無造作に掲げられた渡辺崋山の屏風絵や徳富蘇峰の書を見入る一行。



本堂をあとにして
こちらが非公開人形のあるお堂。





そしてお墓








▲上野介が寄進した経蔵。


案内板がそこかしこにございますが
「不幸な元禄事件」
「あの忌まわしい元禄事件」

親しげに「吉良さん」
「おらが殿様慕い続けて三百年」

と、
はっきりとした立場をアプローチしている。

この特徴はご報告しておかないと。



敷地内にある「赤馬会館」







赤馬…
吉良上野介は領地であるこの吉良町を訪れた時は農耕用の赤馬にまたがって領内の村を巡検し気安く農民に話しかけたと伝えられます。

三左衛門さんいわく
「鎌倉時代から続いてる領地だから、いろいろ寄進もしてるし土地に執着はあったはずだが、旗本だし馬にまたがってパトロールは考えにくい」

だが土地ののどかさと、ご当地の人達の優しさから言うと、そういう伝説を大切にする方向性はすごくよくわかる。

で、

こちらは日本全国のお馬さんの民芸品が飾ってあるようでしたが上がりませんでした。うまの人形見ても、ねえ。







そうそうこれこれ!
エントランスに飾ってあったこれ!







これが欲しいのよねえ。

で、お菓子屋さんにゴー!

車で移動中・・・
ああっいま信号機の下のところに吉良ブロンズあったのに!
のがしたー!

けど、いいです行ってください​。

で、到着しましたが…




▲お菓子処 東角園




▲ショウウインドウの吉良さんと黄金堤


…残念ながら民芸品は売ってませんでした。

赤馬のストラップ買ったけど。
ていうか、なんで「馬」なんだ?
乗ってる人のほうをグッズ化してほしい。(どうぶつのほうが売れるか…)
そう店員さんに言ったけど
ニコニコ微笑みながら曖昧に返事する彼女の頭にはあきらかに「?」が乗っていた。
吉良人形を欲しがる観光客がめずらしいのだろう。
同じ顔つきを新潟県新発田で安兵衛の土鈴を探してた時にも、見た。




▲夕暮れの三河湾


ホテル「みかわ温泉 海遊亭」
フロントが普段着のオッサンばかりの珍しい光景だった。

ひとっ風呂浴びて(ちなみに温泉ではない。温泉宿は高い)、家族連れの多い日で、スタッフが客の赤ちゃんを(頼まれもしないのに)かまっててなかなかビール持ってこない晩飯を美味しくいただき、夜は深夜まで三左衛門さんが持ってきてくれたDVDプレーヤーで「忠臣蔵 花の巻・雪の巻 (松竹)」をサカナに大酒盛り。

大坂志郎の武林唯七に非難轟々(笑)。


討ち入りになる直前に旅の疲れが出て全員グロッキー。
光光と明るい部屋で再生し終わってスタンバイ画面になったDVDとともに中年3人はだれも止めることないエアコンに冷やされていった。







<「その3」につづく>




▲「赤いお馬で見回りの

  吉良の殿様よいお方」

 


▲円通寺から華蔵寺のアクセス。

 

 

 

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